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6(1)「ナポレオンの血」

    6


「塚場くん、遅かったねぇ」

 桜野はサロンのテーブルにつき、また読書をしていた。そろそろ本腰を入れて事件にあたって欲しいのだが、そういった指図が意味を成さないことはこれまでの経験から知ってしまっている僕である。

「それにしても先生は勇敢だな。藍条さんに会って来たのだろう?」

 枷部さん、桜野の他にも、杭原さんと琴乃ちゃんと出雲さんがテーブルを囲んでいる。これが定番のメンバーとなりつつある。

「はい。でも香奈美ちゃんはだいぶ落ち着いていますよ。それに思考もちゃんとしています。直情型な子だと思っていたので、意外でした」

「そういう意味ではないよ、先生。彼女には一連の犯行が可能だから、犯人なり得るという点で危険なのさ」

「な、何を云ってるんですか。香奈美ちゃんが義治くんを殺したわけないじゃないですか」

「そうかな。彼女達は恋仲であるといっても、藍条さんからの一方通行であるように僕の目には映ったな。そして、霊堂くんが殺されたのは藍条さんが部屋にいなかった間とされているが、これはつまり、彼女が部屋に戻ってから彼を殺し、悲鳴をあげたというケースだって有り得るのだよ」

「ありません。枷部さんは彼女と、それから義治くんのことも誤解してますよ」

 つい前のめりになって反論してしまった僕に、枷部さんはきょとんとした。

「おや、失敬失敬。いまのは軽いジョークだよ、先生」

「…………」

 枷部さんの発言をいちいち真に受けてはいけないのだった。僕もいい加減に学習すべきである。

「そもそも、犯人は僕がさっき断定したではないか。そう、首切りジャックさ! 先生も見ただろう、あの綺麗な切断面を。あれを短時間でやってのけるなんて、素人には真似できない手際てぎわの良さだよ」

 そういえば枷部さんはそんなことを云っていた。その途中で香奈美ちゃんが暴れたために、今まで忘れていた。

「それは冗談ではないんですか?」

 これには杭原さんが「本気みたいよ」と肩をすくめた。彼女は納得していないらしい。

「たしかに君達にとっては藪から棒なアイデアに聞こえるだろうが、あの切断面は間違いなく奴の仕業なのだ。甘施さんも認めていたではないか」

 だがさっき話したときの無花果ちゃんは、首切りジャックの話なんて出さなかった。

「この塔には、はじめから奴が潜んでいたのさ。現実的に考えて、能登さんも協力者だったのだろう。裏切られ、殺されてしまったがね」

「閂はどうなるんですか」

「うむ、問題はそこだよ。霊堂くんが殺されたとき、僕はずっとサロンで玄関扉が見える位置にいた。さっき確認したが、やはり扉は開かないままだ。奴が外から閂をかけているとすれば、霊堂くんの殺害は不可能になる。首切りジャックは単独犯だから外部にさらに別の協力者がいるとも思えないのだが、しかしそう考えないと説明はつかないな……」

 バンバンと机を叩く音がしたので見ると、琴乃ちゃんだった。また何か思い付いたのだろう。杭原さんに発言を許可された彼女は、声高らかに云った。

「熱膨張を利用したのよ!」

 溜息をつく杭原さんの隣で、まだ自信満々の琴乃ちゃんは語る。

「あの扉は鉄製でしょ。さらに二重扉。扉と扉の間のスペースに薪を集めて火を点ける。それから扉を閉める。すると扉は熱され、膨張し、開かなくなるの! これで中にいながらあの扉を、まるで閂をかけたかのように開かずの扉に変えられるって寸法よ!」

 それから満足気に「謎は解かれた」と胸を張るのだった。他の皆は呆れているばかりだったので、仕方なく僕が「違うと思う」と告げた。と云うか、絶対に違う。

「そんな方法なら、扉がこちらから触っても熱くなってないとおかしいよ。それにあの扉は体積膨張で完全に開かなくなるほど分厚くはなかったし」

「琴乃、黙ってなさい」と杭原さん。

 琴乃ちゃんは項垂れた。毎回ちゃんとへこむのは、彼女が本気であるがゆえなのだろう。

「ねぇ、枷部さん」

「何だい、桜野さん」

 桜野は本から顔を上げ、枷部さんを見詰めていた。

「枷部・ボナパルト・誠一って本名なの?」

 重大な発言が飛び出すかと身構えていたが、単なる好奇心からの質問だった。多少気になるところではあるけれど。

「ああ、本名で間違いないよ。ナポレオン・ボナパルトの血を引いているわけではないが、砒素ひそには気を付けたいね。ははは」

 ナポレオンの死因には諸説あるが、砒素による暗殺というのがそのひとつなのだったか。

「ふぅん」

「それより桜野、お前も分かっていることだけでもいいから何か話してくれよ。閂については、やっぱり分からないのか?」

 じれったくなって訊ねてみると、桜野は指の腹で唇を撫でながら「気になる点がひとつ」と云った。

「二重扉って、外側が外開きだったら、内側は内開きにするのが普通だよね」

「ああ……云われてみれば、たしかにそうかもな」

 白生塔の二重扉はどちらも外開きである。

「二重扉はね、外側の扉は雨風に強いように外開きにするとして、内側の扉は内開きにするのが一番良いんだ。蝶番ちょうつがいが内側にきて、防犯もばっちりになるからね」

「ああ、そっか。あの扉が内開きだったら、こっち側から一旦蝶番を外して、閂をかけてから元に戻すってのが可能なんだな」

「ううん、それは無理だよ。たしかあの扉の蝶番は、扉を完全に開いた状態じゃないと付け外しができないタイプだったから」

「えーっと、じゃあ結局どうなるんだ?」

 そもそも外開きなのに。

「うーん……まだ何とも」

 本当だろうか。僕には桜野はほとんどの謎を解いてしまっているように見えるが、それは買い被りすぎなのだろうか。

 根拠はないけれど、僕にも外に犯人――それが本当に首切りジャックなのかは分からないが――の協力者がいて閂をかけたとは思えないのだ。探偵ならぬワトスン役の勘なんて当てにならないが、桜野だってその考えみたいだし……。

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