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9、10「平穏の終わり」

    9


 桜野の様子が気になったので、僕は一足先に酒の席から抜けた。あまりアルコールに強くないのも理由のひとつだ。

 図書室では桜野が床に座り込み、無邪気に本のページをめくっていた。周囲にはあちこちから引き抜いてきたらしい本が積まれている。

「塚場くん、おかえり。お酒飲んで来たんだね。顔真っ赤にしちゃって。ふふ」

「そ、そんなに赤いか?」

 少し恥ずかしい。頬に手を当ててみたが、自分では熱を持っているかどうか分からなかった。

「それより塚場くん、この図書室は素晴らしいよ。見てよ、これ全部が絶版本なんだ。私がいくら頑張っても手に入らないやつ。至福ぅ」

「楽しそうで何よりだよ。でも、まだ部屋には戻らないのか? きっとその本も持ち出していいんだと思うけど」

「図書室で読むのが風情あって良いんだよ。でもそうだね、お尻痛くなってきちゃったし、もう戻ろうかな」

 桜野は立ち上がると、身体を伸ばした。僕は桜野が集めた絶版本をすべて拾って抱える。

「ありがとぉ」

「このくらい何でもないって」

 一階分だけなので僕らは階段を利用した。桜野の部屋に這入って、背の低いテーブルの上に本を置く。間取りも内装も、僕の部屋とまったく同じだった。

 桜野はソファーに座って本を開くと、先ほどの続きを読み始めた。邪魔をするようだが、僕はひとつだけ質問した。

「獅子谷氏の〈密室からの消失〉、お前にはもう解けてるのか?」

 桜野は本から目を離さないまま「まだ何とも云えない状態だよぉ」とだけ答えた。桜野は自らの推理に確信を持つまでは、途中段階の考えを口外しない。だからまったく分かっていないというわけではないと思う。ただ現段階では推理が完成していないというだけだろう。

「そうか。じゃあ、おやすみ。ちゃんと睡眠とれよ」

「おやすみぃ」

 僕は五〇二号室に戻った。トランクの中を探り、携帯電話を取り出す。いちおう仕事関係のメールなんかが来ていないか確認するためだ。しかし圏外となっていた。桜野が来る途中に述べていたとおり、つくづくクローズドサークルの条件が揃っている。

 続いて一冊のノートを取り出し、テーブルの上で開いた。今日あった出来事、分かった事柄、皆の発言の数々、それらを思い出せるだけ記録するのだ。これは桜野といるときは一日の終わりに必ずやる作業で、云うまでもなく後に小説にできるようにしておくことが目的である。これをやるようになってから、僕は一日分の記憶力が相当上がったように思う。

 一時間弱かけて作業を終えた僕は、シャワーを浴びた後にベッドに横になった。時刻は二十三時。窓がないせいで夜の実感が湧かないが、長旅の疲れもあって、身体は睡眠を要求していた。ベッド横に備え付けられたスタンドの微弱な灯り以外の電気を消し、身体を睡眠へ移行させる。

 僕の領分ではないが、微睡まどろみの中でぼんやりと獅子谷氏が密室から消失したトリックについて考えてみた。僕が読んだ獅子谷氏の小説の中で、あれに似たものはなかっただろうか……たぶんなかったと思う。そもそも獅子谷氏は同じネタを二度使うような真似をしないはずだ。それに、あれは獅子谷氏の仕業しわざではない可能性もあるらしい。やはり、僕如きが考えても仕方がないか。


    10


 このときの僕は、これから起こる凄惨な連続殺人をまったく予想していなかった。

 思えばこの一日目だけが平穏で、しかし恐ろしいことに、その裏では事態が着々と進行していたのだ。もう取り返しのつかない域まで。

 僕らの前に最初の死体が現れたのは、二日目の早朝であった。

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