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5 ダウト

『この話おもろないんじゃ、ボケ』とか、

『テメェ、なろうの機能使いこなせてねぇよ』とか、

小さな事でも感想がいただけたら幸いです。


 廊下を走りながら、俺は携帯電話を操る。

 発信先は喜野。しかし、ヤツは電話に出なかった。

 どうやら話し中らしい。喜野の真意が確認できない。

 次に先輩。こちらも繋がらず、電源が切れているらしい。

 勝負の最中に着信があれば気が散る、と言う事だろう。実にあの人らしい。

 チクショウ、チクショウ、チクショウッ!!

 全部後手に回ってしまった! 全て俺の思い通りに行っていると、どうして過信した!

 相手は俺の何枚も上手なのだ。俺の目論見くらい看破して当然であると、どうして思わなかった!

 俺のミスだ。俺が、もっとしっかりしていれば、ノブコも傷つかなかった。喜野だって何もされなかった。先輩だって一人で全部背負う事なんてなかった!

 悔恨やまず、それでも走る足は止めない。

 もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。先輩と不破の勝負が終わる前に辿り着けるかもしれない。

 部室棟から全速力で、本校舎五階の空き教室まで駆け抜ける。

 階段の上り下りはあったが、それほど時間はかかっていないはず。

 俺は勢いのまま、教室のドアを開いた。

「先輩ッ!」

 飛び込んだのは良いが、何故かそこはもぬけの殻だった。

 誰一人いない、夕暮れの差し込む教室。俺の荒い息だけが響く。

「ど、どういうことだ……!?」

 場所を間違えた? いや、そんなことはない。

 あの挑戦状には確かに、本校舎五階の空き教室と書いてあった。空き教室はここしかないし、間違えるはずはない。

 だとしたら、どうして誰もいない?

 不破が騙したのだとしても、それに騙されているはずの先輩がここにいないのはおかしい。とすれば、何故だ?

 疲労と困惑で頭が上手く回らない。

 一度落ち着け、俺。不破の言葉ではないが、冷静さを取り戻さなければ、勝負には勝てない。

 一つ一つ、事実を確認しよう。

 不破が指定した場所はここで間違いない。だが、ここに誰もいないと言う事は、どういう理由が考えられる?

 一つ、もう既に勝負が終わり、二人とも帰った後だと言う事。

 考えられなくはない。俺がここに来るまで、数分と言ったところか。その間に勝負方法を一つに限定し、それがジャンケンなど、パッと終わる勝負方法で、何の後腐れもなしに二人とも別れたのならば、そういう事もありえなくはない。

 だが、考えにくい事柄でもある。

 あの不破がそんな運に頼った勝負方法を選ぶだろうか? 今回の場合、勝負を挑んだのは不破だが、アイツにも勝負方法を提示する権利はある。それなのにパッと終わる方法で良いとしたならば、アイツはその権利を放棄したと言う事だ。

 不破だってこちらの情報を集めなかったわけではないだろう。先輩の勝負運の強さは知っているはずだ。

 とすれば、この可能性は低い。別の理由を考えよう。

 二つ、俺の知らない『本校舎五階の空き教室』と言うのがある場合。

 それがもしかしたら暗号である可能性はある。それが俺にだけ伝わっていない可能性も更に。これが真実だとしたら、俺にはもうどうすることも出来ない。その暗号の解を知りえる伝などないのだから。友好関係の狭さがここで祟るとは……。

 もし、それも外れで、別の理由があったのだとしたら?

 三つ、ここで不破と先輩が出会った後、別の場所に変更した。

 もしくは先輩がここに来た時点では何かメッセージのようなモノが残っており、先輩はそれに従って新たな指定場所に向かった、でも良い。

 その場合、学校中を駆けずり回ればきっと見つかるはず。学校外に出られたならどうしようもなくなるので、それは考えたくない。

 考えられた三つの内、俺がどうにか出来る可能性があるのは三つ目。

 俺はこの可能性を信じて、突っ走るしかない。


****


「先輩ッ!」

 たどり着いたのは部室棟、ショーブの部室の真上の部屋だった。こちらも空き部屋で、今はどの部活にも使われていない。

「カツベ……くん?」

 そこには確かに、先輩と不破がいた。

 その光景を見た瞬間、俺の頭がカッと熱くなるのがわかった。

 先輩の衣服が乱れている。目は泣き腫れているし、自分を抱く腕が微かに震えているようだった。

 一瞬、視界が暗転しかける。

 先輩は何をされた? 何をされて衣服が乱れている? 何をされて泣いている? 何をされて震えてるんだ?

 不和は先輩に、何をしたんだ?

 考えが嫌な方、嫌な方へと向いていく。

 もしこの考えが当たったのだとしたら、俺は……

「不破……テメェ、先輩に何をした?」

「なんだと思う?」

 飄々と答える不破に、ついに俺は飛び掛った。

「答えろぉッ! 事と次第によっては、今この場でぶん殴るッ!!」

「ははっ、恐ろしいね。だが、そんな事をすれば僕の方も考えはある。君を退学にするのも簡単だ」

 そう言って、手に持っていたカメラを掲げた。

 カメラ……まさか、

「それで先輩を撮ったのか?」

「撮らなければカメラを持ち出す意味もない」

 無意識の内に、俺の右拳が掲げられる。

「やめてっ!」

 その腕を掴んだのは先輩だった。

「カツベくん、ダメ……暴力はダメ」

「先輩……でもっ!」

 不破が隙を突いて、俺の手を振りほどき、距離をとる。

「安心しろよ、勝部くん。僕は別にこれを他人にどうこうするつもりはない」

「なんだと……」

「これはアンティだよ。君が勝負を受けざるを得なくするための、君に課せられる枷だ」

 そう言って、不破は近くにあったテーブルにカメラを置き、そこから離れる。

「勝部くん、いや、ショーブ。尋常勝負と行こうじゃないか。僕が勝てば君たちは即刻解散、君らが勝てば学校側からそれなりの報酬、さらにはこのカメラのメモリを君らに渡すし、君が望むのならば立風さんの前で土下座だってするし、喜野くんにも泣いて謝ろう」

 その言葉を聞いて、先輩が立ち上がる。

「あ、貴方! 他のメンバーには手を出さないって言ったじゃない!」

「これは失敬、菖蒲さんにはお伝えするのが遅れたね。君と勝負をする前に手を出してしまったのだから、仕方がないよね」

「……なんて、なんて人……ッ!」

 力なく倒れそうになる先輩を、俺が支える。

「カツベくん、ゴメン……こんなはずじゃ……」

 クズい……コイツ、とことんクズいぞ……。

 はらわたが煮えくり返る、なんて表現でも生ぬるい。

 全身に熱い血液が巡るのがわかる。特に頭部なんかは大変だ。顔が熱くて死にそうである。

 だが、冷静になれ、俺。

「先輩、謝らないでください。貴女の所為じゃない」

 俺は学ランの上着を脱ぎ、先輩に羽織らせる。

 見上げてきた先輩の目が少し潤んでるのがわかった。

「でも……」

「まぁ、見ていてください。……先輩、トランプ持ってますか?」

「え? トランプ?」

「俺と最初にブラックジャックをした時の、マーパンダのヤツです」

 俺に言われて、先輩は制服のポケットからトランプを一組取り出した。

 裏面にパンダと魚が合体したような、不思議なマスコットが描かれた、この世に四組しか出回っていない幻のトランプである。

「不破……そちらが勝負を持ちかけたんだ、こっちで勝負方法を決めさせてもらう」

「ああ、構わないよ」

 余裕の笑み。どうやら不破は、自分が負ける事を微塵も考えていないらしい。

 俺を格下と見ているのか、それともまだ策があるのか……。

 いや、相手がどんな策を練っていようが知った事か。

 俺は、俺の出来る最善手を取る。

「しかし、君たち勝負研究会の公式戦ならば、僕からも勝負方法を提示するんだったね」

「……確かにそうだ」

 これを公式戦とするならば、ショーブから一つ、対戦相手から一つ、合計で二つの勝負方法が提示されるはず。

 しかし、不破は首を振る。

「まぁ、僕は菖蒲さんとも勝負したしね。時間もないし、君の出す勝負方法だけでやろう。それで勝った方が勝利者で構わないかな?」

「俺は構わんが……アンタはそれで良いのかよ?」

「もちろん」

 立ち振る舞いから『自分が負けるはずがない』と言う自信が窺える。

 その鼻っ柱、へし折ってやる。

「なら、変則ダウトで勝負だ」


 俺の持ちかける勝負はダウトの変則ルール版。

 基本的なダウトのルールは、ジョーカー抜きの五十二枚を全て使用し、プレイヤーが順番に一から十三までコールしながら手札のカードを裏向きに山札へと出して行き、十三まで辿り着いたらまた一からやり直す。手札がなくなったプレイヤーが勝利と言うもの。

 そのゲームの間、全てのプレイヤーは『ダウト』のコールをする事が出来、コールされた場合、その直前に出されたカードを公開する。そのカードの数字が宣言された数字と一緒ならばダウトをコールした人間は、山札のカードを全て手札に加え、もしも数字が違っていた場合は、公開されたカードの元のオーナーが山札のカードを手札に加えると言うゲーム。

 単純だが、相手の心理読み、手札と相談しながらやらなければならない、奥の深いゲームだ。

 今回は二人でやるため、そのルールを一部変更する。

「まず、手札はお互い、十三枚とする」

「……残った二十六枚はどうする?」

「残ったカードは使わない。全て使ってしまったら、相手の手札がモロバレだからな」

 五十二枚全てを配ってしまえば、自分の持っていない手札が相手の手札となってしまう。それではゲーム性が少なくなってしまう。単なる理詰めでコイツに勝負を挑んでも勝ち目は薄いだろうしな。

「次に、ダウトをコールできるのはゲーム中一人一回のみ。ダウトコールが正解なら、つまり出したカードとコールの数字が外れていた場合はそのコールした人間の勝利とする」

「数字が一致していたら?」

「ゲームは続行、ただし、手札は補充されない。山札はそのままどちらかの手札がなくなるか、もう一人がダウトをコールするまで続ける。どちらのコールも外れた場合は最後までプレイする事になるな」

 二人のプレイヤーの手札は合計して二十六枚。一から十三のコールが二順する内に、たった一度しかダウトと言えないのはプレッシャーである。

 これで、俺のルール説明は全て終わった。

 不破は説明を聞いて考えるような素振りを取っている。これが公平なルールかどうか考えているのだろう。俺だって逆の立場ならそうする。

 ルール説明は簡潔だったはず。不破にもしっかり理解できたはずだ。だとすれば、このルールに特別偏った不公平さはないと理解してもらえるはず。

 強いて言うならば、後攻が不利だろうか。どうやってもダウトをコールしなければ負けてしまうのだから、後攻から仕掛けない限りは、先攻の勝利が確定してしまう。

 それ以外は運がモノを言うゲームとなっている。

「質問が幾つかある。まず、使うカードだが……」

「それはこの先輩が持っていたトランプを使う。これはマーパンダのトランプといって、近所の商店街のお祭りで配られた景品だ。同じものは四組しか出回っていない」

「間違いはないかい?」

「心配なら商店街に尋ねてみると良い」

「ふむ、ならば次だ。先攻後攻はどうやって決める?」

「コインで決めよう。トスはアンタにやってもらって構わない」

「僕に任せて良いのかい? 随分余裕だね」

「こちらが勝負方法を持ち込んだんだ。それぐらいはバランス取りの一環だろ」

 不破は冷静にこちらを観察している。

 俺がさっきまでの激昂をなくし、冷静さを取り戻している事にも気付いているのだろう。

 俺の頭は幾分冷えている。焦りもなければ怒りも鎮めた。そうでなければ、この男の相手なんて務まらない。

 悔しいが、この不破と言う男、汚い手を使わなくても俺を遥かに凌駕するだけの力量を持ち合わせている。万全の状態でなければ勝負にすらならないだろう。

 だとすれば、俺が全力を出せなくてどうする。最早ショーブの頼みの綱は俺だけなのだ。俺がしっかりしなければ、全ては水の泡と化す。

「……わかった、そのルールでやろう」

 不破は少し悩んだ後に、そう告げた。

「じゃあ、デッキのチェックを」

 俺はトランプの山札をテーブルの上に置く。

 不破はデッキを受け取り、カードを一枚一枚確認する。

 数分ほどその作業を見届けた後、不破がデッキを置くまで俺は黙ってヤツを観察する。

 不思議な動きはしていない。何かを仕込むような素振りは全く無い。

 何も仕掛けずとも勝てる自信がある、と言うわけか。

 いや、この勝負の場合、今の時点で『絶対に勝つ』とは言えないはずだ。どんなに頑張っても最初の手札によっては勝敗が変動するはず。

 俺にも勝つ見込みはある。

 このルールで大事な所は俺にも勝機があると言う事。知略を挟む隙と運の占める割合が絶妙でなければならない。

 俺は知略においては不破に劣るだろう。策をめぐらせばめぐらすほど、相手の術中にはまる未来が易々と幻視出来る。何せ俺は将棋で喜野にすら劣る。とすれば、ガッチガチの戦術ゲームじゃダメだ。

 かと言って完全なる運ゲーでもだめだ。不破は先輩に勝っている。あの勝負運の無駄に強い先輩に、だ。とすればヤツには強運も備わっていると言う事。先輩に運でも劣る俺はこの点でも勝ち目がない。

 とすれば、そのどちらの要素も含み、更には不破が俺を見くびっている事を計算に入れて、最大限勝ちを取りにいけるルールを選択しなければならないのだ。

 このゲームならそのどちらの要素もクリアしている。

 更に、俺にはダメ押しの一手も付随している。勝率はこれ以上なく高いはずだ。


 デッキチェックが終わった後、俺と不破はお互いにデッキをシャッフルする。

 不破は見事なリフルシャッフルを見せてくれた。敵ながら綺麗な手つきである。

 俺は無難にヒンズーシャッフルのみで応対し、デッキをテーブルに置く。

「カードを配るのは君で良いよ」

「……ほぅ」

 不破の申し出に、俺は片眉を上げた。

「先攻後攻権にコイントスを採用してもらったんだから、この程度はハンディだ」

「その上から目線、後で後悔すんなよ」

 余裕の笑みの不破に、俺は鼻で笑ってデッキをまた手に取る。

 もう一度デッキをシャッフルした後、俺はカードを上から二枚ずつ、順番に配る。

 最後にお互いの十三枚目を一枚ずつ配り、残ったデッキはカードケースにしまった。

「手札を見ていいかな?」

「どうぞ。その後に先攻後攻を決めよう」

 不破と同時に、俺は手札を見る。

 二が二枚、三から八までが一枚ずつ、十が三枚、ジャックとクイーンが一枚。合計十三枚。偏りがあるが、戦えない手札ではあるまい。

 ダウトコールを仕掛けるならば二か十。出来れば十が良い。とすれば、俺が先攻の場合は一巡目、後攻の場合は二巡目に仕掛ける事になる。

 不破の手札にもよるが、やはりここは先攻を取っておきたいところだろうか。

 チラリ、と不破を窺う。当然、ヤツの表情からは何も読み取れない。ポーカーフェイスは基本だろう。元々、あまり何を考えているかわからなかった不和の表情から、更に特色が消える。能面の様な顔をイケメンが貼り付けてるのだから、おかしさと恐怖を覚える。

「さて、コイントスだが」

「十円玉でいいだろう。これを」

 俺は財布から十円玉を取り出し、不破に渡す。

「そちらのベットは?」

「……表。因みに、鳳凰堂が描かれてある方な」

「知ってるよ、それぐらい。では、勝負」

 親指を弾いて、不破はコインを高く飛ばす。

 そして左手で受け取り、すぐに右手の甲へと押し付けた。

 ゆっくり開くと、そこには鳳凰堂が描かれた面、つまり表が上を向いていた。

「では、勝部くん、宣言をどうぞ」

「……俺は」

 定跡で言えばここは先攻を取るべき。

 ……なのだが、一抹の不安を覚える。

 俺の手札にエースがない。二以降ならばある程度は戦えるが、最初の一歩がないと言う事は、その時点でダウトをコールされると俺の負けになってしまう。

「俺は、後攻だ」

「へぇ、面白い判断をするね」

 ククッと不破が小さく笑った。

 嫌な予感が晴れない。

 不破は勝負運の強い先輩にも勝っている。もし、コイツが先輩を上回るような運を持っているのだとしたら、もしかしてエースを四枚抱えているのではないか、と言う不安。

 確率的には低い。だが、全くありえない話ではない。

 俺の判断は吉と出るのか、凶と出るのか。

「では僕から。一」

 コールをしながら、不破は一枚、テーブルの上にカードを置く。

 これが今から山札となり、何枚ものカードが積まれるはずだ。

「……二」

 俺も不破と同じように、カードを裏向きに出す。

 ダウトの基本は、手札に宣言と同じカードがある場合はそれから出していく。極力、ダウトをコールされても問題ないようにゲーム運びをする必要があると言うわけ。

 理想は全てのカードを持っており、自分の手番に何の数字が回ってきても対応できるのが良い。しかしそれも無理な時は無理。ここでダウトを仕掛けるかどうかの駆け引きが産まれるわけである。

 今回、俺が場に出したカードは当然、手札に二枚もある二のカード。もう一つあぶれてしまった二はどこかでダウトとして出すしかない。

 それを刺されれば負け。だが、このカードを処理しなければ負けである。

 そして二よりも厄介なのが十だ。このカードは三枚ある。

 今回のルール上、同じ数字は二度と回ってこない。それなのに、カードがダブっているとどこかで嘘をつかなければならないのだ。我ながら面倒なルールを提案した物である。

 しかし、この十の場合、俺の有利にも働く。

 今回はデッキを一つしか使用していない。つまり同じ数字は四枚しかないわけだ。

 その内、十は俺の手札に三枚ある。そしてカードケースの中には二十六枚のカードが眠っている。そんな状況で、不破が十のカードを持っている確率の、なんと低い事か。

 つまり、俺がダウトコールを仕掛けるとすれば、ヤツが十をコールした時、となるわけだ。それまで、俺は相手にダウトが見抜かれないようにするしかないのである。

 ……くそっ、身体の内側がヒリヒリしやがる。

 相手は完璧超人、不破統司。俺が負ければ先輩もノブコも喜野も、それぞれ苦いといえば苦すぎる思いをしなければならない。

 負けられない戦いだが、相手は強大すぎる。

 身体中が逃げ出したい思いに駆られる。しかし、俺はこんな局面から逃げるわけにも行かない。

 まさに背水の陣、と言った感じ。これは、俺の望む逆境である。

「……三。勝部くん、何か面白い事でもあったかい?」

「四、何故そんな事を聞く?」

「五。口元が上がっている」

「……六。元からだよ」

 笑っている? 俺が?

 ……だったら正常だ。俺は逆境を楽しめている。

 逆境萌えとしての本領を発揮できている。

 ここまで自分を追い込んでなら、この完璧超人すら凌駕できる。

 出来なければならない。俺はこの勝負に勝たなければならないッ!

「七、君は不思議だね。僕と戦っていても、微塵も君の負けを感じさせない」

「八、当たり前だ。俺は勝つつもり満々だからな」

「九、ククッ、それは面白い」


 そのまま静かに一巡目を終えて、どちらもダウトコールなし。

 俺の手札は残り七枚、内訳は二、三、五、七が一枚ずつ、十が二枚、ジャックが一枚。

 対して不破の手札は六枚。何を握っているかは知らんが、プレッシャーだけはハンパではない。

 ここまで不破の挙動におかしいところはない。イカサマをしたなら見抜いてやろう、と思っていたが、そんな素振りどころか、手札が順調に消化されているのか、ゲームを進める手つきに淀みがなさ過ぎて怖い。

 本当はコイツ、初期手札に全てのカードを一枚ずつ持っていたんじゃなかろうか?

 だとすれば、後攻を選んだ時点で、俺の勝利はなくなってしまう。

 信じたくない可能性ではあるが……。

「さぁ、勝部くん、二週目だ。君の一からだぞ」

「わかってる」

 俺は手札を窺う。

 何度見ても、俺の手札にエースはない。このまま手札から適当なカードを切り、不破にダウトをコールされれば負けだ。心なしか、ヤツもそれを狙っているように見える。

 どうする、どうしたら良い? 迷っていればヤツに感付かれる。

「早くしたまえ。……それとも、手札にエースがないかい?」

「うるさい、作戦を立ててるんだ」

 くそっ、手が浮かばない。どんなに考えても、俺の負けのビジョンしか思い浮かばない。

 考えがネガティブ方向に傾き続けてしまう。

 ……いや、落ち着け。俺はまだ負けたわけじゃない。

 手札にエースがないだけ。不破だってダウトをコールしないかもしれない。

 危機的状況には変わりはないが、切り抜けられる可能性だってないわけじゃない。

 一回深呼吸だ、俺。

 深く息を吸って、長く時間をかけて吐き出す。

 そして、

「先輩」

「へぁ!?」

 一度、背後に座り込んでいた先輩に振り返る。

「俺、勝ちますから」

「……うん、私は信じてるよ、カツベくんの事」

 潤んでいた先輩の瞳に力が篭る。俺を射抜く視線が、乾いた俺の心に水を与えてくれたようだった。

 乾いた唇に舌を這わせ、俺は不破に向き直る。

「今の一幕、僕には死亡フラグに思えたけどね」

「へっ、俺には幸運の女神のビッグボーナスだと思ったがね」

 意を決して、俺はカードを山札に叩きつける。

「一ッ!」

 俺の一世一代の賭け。

「ダウト」

 不破はそれにダウトコールを仕掛けてきた。

 俺はゆっくりと手を放し、カードを出す前の体勢に戻る。

 不破を見れば、不敵な笑みを浮かべている。完全に止めを刺したと思ってるんだろう。

「確認するけど、良いかい?」

「……どうぞ」

 不破が山札に手を伸ばし、一番上のカードをめくる。

 ……勝った。

「なん……だと……ッ!?」

 不破がめくった、山札の一番上のカードはスペードのエース。見間違う事もなく、燦然と輝かんばかりの数字の一である。

「バカなッ! 何故、エースがここにッ!?」

「おっと、生徒会長。山札をひっくり返すのはチョンボだぜ?」

 山札に手が伸びかけた不破の行動を、俺が制する。

 ダウトコール以外で裏返ったカードをめくるなんて、ルール違反もいいところだ。

「う、嘘だ。イカサマだ。だって、僕の最初の手札に、エースは四枚あったんだ!」

「それ、証明できますか、生徒会長?」

 恐らく、不破は既にエースを切っている。今この時点で、エースが手札に四枚あったのだとしたら、俺の不正は暴かれるかもしれない。

 だが、そうでないとしたら、全ては可能性の域を出ない。確証なんか一つとして得られないのだ。

「言いがかりはよせよ、みっともないぜ?」

「くっ……」

 悔しそうな喉鳴りが、不破の口から漏れ出る。

 もちろん、俺の手札に突然エースが現れたのには、種も仕掛けもある。だが、この場で優しく教えてやる義理もない。

「ゲーム続行だ、アンタの番だぜ」

「……二」

 必殺だと思っていた策を、思いがけず覆された衝撃はでかかったのだろう。

 それからの不破は『完璧超人』なんて言葉が恥ずかしいぐらいに、動揺しきりだった。

 そして、ゲームは進み、

「さて、俺の番だな。九」

 俺は裏向きにカードを出す。

 次は不破の番である。

「……十」

 そのカードが出された時、俺は勝ち誇った笑みを以って

「ダウト」

 コールを仕掛ける。

 普通に考えて、不破が十を持っている可能性はほぼない。だとすれば、俺がダウトを仕掛けられる最大のチャンスはここしかないのだ。そして、ダウトを仕掛けなければ俺が負ける。

 このタイミングは、俺自身も完全な賭け。これがもしも十だったのだとしたら、素直に負けを認めざるを得ない。人事を尽くして天命を待った結果、天命が背いたと言うだけだろう。俺にはもう、どうしようもない。

「確認するぜ?」

 俺が声をかけても、不破は何も言わなかった。

 山札の一番上のカードに手を伸ばす。そして、カードの端に俺の指が触れた時、カードの上に拳が降ってきた。

「やめろっ!」

 狭い部室に反響するほどの大声。それは不破から発された。イケメン生徒会長とは思えない、余裕のない怒声だった。

「何を言ってる? ルールだ。俺はダウトをコールした。だから確認する義務がある」

「やめろと言ってるんだ!」

「筋が通らないな。いつものアンタらしくない」

 理由があるなら俺にも考慮の余地はある。だが、何の理由もなしにやめろと言われたって、俺は勝利に届きそうな手を引く事は出来ない。

「手をどけろ、不破会長」

「君こそ手を退くんだ! ……でなければ、僕は」

「……僕は?」

「菖蒲さんの写真を、ネットに公開する」

 これは驚いた。

「あのカメラのメモリには菖蒲さんの恥ずかしい写真が何枚も記録されている。それがネットに流出すれば、彼女はどう思うだろうね!? 君は彼女に、そんな思いをさせたいのかい!?」

「語るに落ちたな、不破統司。アンタはそんな事をしてまで勝ちたいのか?」

「ああ、勝ちたい! 勝たなければならないんだッ! 君を、君たちショーブを潰さなければならない理由があるんだッ! こんなところで、躓いてはいられないんだッ!」

 余裕も名誉も体裁も、何一つなくして放り投げ、不破は狂ったように吼える。

「……いや、仕切りなおすだけでも良い。そうすれば写真は返そう。どうだ、勝部くん。もう一度勝負をやり直そう」

「……断る」

「では君はッ! 菖蒲さんに堪えがたい恥辱を味わえと言うのだなッ!?」

「そうじゃない。……アンタがそういうつもりなら、こっちにだって考えがあるって言うんだ」

 まさかこんなところで、こんな形でこの切り札を切るとは思わなかった。

 だが、ここ以外にないだろう。

「不破会長、俺はアンタの弱点を知っている」

「……は? 僕に弱点? そんなものないよッ!」

「じゃあどうしてそれほど切羽詰っている? 生徒会とショーブの勝負は、これまで何度も行われてきた。今回の負けだって部費が少し、ショーブに渡るだけじゃないか。どうしてそれをそれほどまでに拒む?」

「……ぐっ」

 口ごもる不破。どうやら俺の得た情報は的を射ているらしい。

「アンタは俺に、電話で言ったな? 喜野は封殺したと」

「まさか……」

「喜野はアンタに封殺されたふりをしていただけだったんだよ」

 この部室に来る前、より正確に言うなら、俺が空き教室を出たすぐ後ぐらいだっただろうか。俺は喜野に会ったのである。

 吉野は『例の情報の言質が取れた』と教えてくれた。

 喜野は不破に策を弄された後も、それにまんまと引っかかったふりをしながら、情報収集を行っていてくれたのだ。

「不破さん。俺には今回の黒幕も知れてる。アンタのやった事は許せないし、後でちゃんと土下座なりなんなり、償ってもらう。だが、アンタだけの責任でない事も知っているし、アンタ以上に黒幕が気に食わないんだ」

「……君は、何をするつもりなんだ」

「黒幕をとっちめてやる。それにはアンタの協力も必要だ。俺はアンタの負い目も取っ払ってやる。だから、この場は負けを認めろ」

「君に、そんな事が出来るのか?」

「任せとけ。俺は完璧超人に勝った男だぜ? 今ならなんだって出来るさ」

 俺の言葉を受け、不破はゆっくりと拳を下ろした。

 俺がカードをめくると、そのカードはエースだった。


****


 カードを片付けた後、俺は不破からカメラごとメモリを回収する。

「はい、先輩」

「え?」

 カメラを差し出されると、先輩はキョトンとした顔で俺を見た。

「な、なに?」

「えっと、ほら。この中には先輩の……は、恥ずかしい写真が入ってるんでしょ? 俺が見たら何かとダメかと思って」

 俺が来る前、この場では壮絶な事が行われていたのだろう。それは先輩の心に深く深く傷を残したはずだ。その壮絶な出来事と言うのは、他人に知られたくはないはず。

 カメラから写真を削除するのには、データを確認しながら消さなければならない。俺にはそんな事をする度胸はない。

「べ、別に良いよ。私も見たくないし……」

「でも俺に見られたら嫌でしょ?」

「い、嫌だけど、別に……コスプレ写真ぐらいだったら、見られてもいいよ」

「こ、コスプレ!?」

 あっれ、俺の思ってたのと違う!?

 先輩に許可を取って、デジカメを起動し、中身を確認してみると、確かに先輩がアニメに出てくるキャラの衣装を着たコスプレ写真が数枚……。

「勝部くん、君は僕が何をしたと思ったんだい」

「うっ、そ、それは……」

「電話を切ってから君がここに来るまで、それほど時間はかからなかっただろ? 出来る事なんか限られるさ」

 よくよく部屋を見ると、隅っこにカーテンで仕切られた場所があり、不破の近くには旅行に使うようなキャリーケースが置かれていた。恐らく、あの中にコスプレ衣装が入っているのだろう。

「それに、別に中身を確認せずとも、メモリーカードを破壊すれば良いだけの話だと思うがね」

「ぐっ、勝負に負けてから嫌に饒舌じゃないか、不破会長」

 嫌味を言うぐらいなら、少しは負け惜しみの一つでも吐きやがれ。その方が俺のもぎ取った勝ち星が輝きを増すというものだ。

「そんな事より、どうしてあの場面、君はエースを持っていたんだ?」

「……それを話したところで、勝負はついてるからな」

「わかってるよ、これ以上醜態は晒さない」

 釘を刺した後、俺は咳払いの後に種明かしをする。

「たった一枚だけ、このトランプを持ってたんだ。偶然、ここに来る前に、喜野に手渡されてね」

それは空き教室からこの部室に来る間の事。喜野は幸運のお守りにと、マーパンダのトランプのエースを渡してくれたのだ。

 考えてみれば、ヤツが商店街の景品だったこのトランプの事を知っていたのは、自分がこれと同じ物を持っていたからなのだろう。ジャンケン大会に出て四位入賞をするとは、なかなかヤツの運も侮れない物だな。もしかしたらそこで運を使い果たしたのかもしれない。

 しかし、不破は俺の説明を聞いても納得いかないようだった。

「そのエースをイカサマに使ったと? だが、そんな隙は……」

「あったんだよ。ほんのわずかだけ、たった一度だけ」

 そう言って、俺は先輩を指す。

「俺が先輩に振り返った時、アンタは一瞬、俺じゃなくて先輩に注意を向けたはずだ。あんなに張り詰めた勝負の中、ふっと気が緩む瞬間だったはずだからな」

 不破は今回の勝負においても、黒幕から色々言い含められていたのだろう。そうでなくても、これまでに黒幕から次々と重石を押し付けられていては、通常生活においても胃の痛くなるような思いを抱えていたはずだ。

 そして、俺が先輩と話をしたのは、俺が一を宣言する直前。不破にとっては勝利を確信した直前だったはずだ。そんな時にフッと気の抜けるタイミングがあった。更に俺は先輩に振り返り、不破の視線誘導も加えた。

 これで不破がイカサマを見抜いたなら、俺にはもうどうしようもなかった。

「そんな一瞬で、君は手札を入れ替えたのかい?」

「実を言うと、もう一つだけルールにない事をやったよ。二枚同時出しだ」

 気付かれないようにカードを重ねて場に出すテクニックは、ダウトのバリエーションルールとして採用する場所もあるが、今回はその説明を一切しなかった。

 この点は不破もその質問をしなかった、と言う事で不問だろう。

「二枚同時に出すなら、別にカードを入れ替える程の手間もない。だから、俺はカードを出して手を離すまで、ドキドキだったぜ」

「なるほど、そこで僕がダウトではなく、イカサマを見抜けば僕の勝ちだったわけか」

 恐らく、不破はエースを四枚持っていた事で、俺が一をコールする時にダウトを宣言する、その事に重点を置きすぎたのだ。故に、こんな初歩のイカサマを見落としたのである。

「しかし、まだ謎はある。どうして僕がエースの時にダウトコールするのだとわかった? まさか、僕の手札を見ていたわけではあるまい?」

「そりゃもう、勘としか言いようがないな」

 思えば、最初に後攻を選んだ時の勘、あれが全てだった。

 あの時に先攻を選んでいれば、喜野からもらったエースをイカサマに仕込む事すら出来ず、最初の一の宣言をダウトで刺されていただろう。

 俺の勘も腐ってはいなかったようだ。

「勘? そんな不確かな物に頼って、君はこの勝負を制したというのか?」

「偶には運頼りってのもヒヤヒヤしていいもんだぜ」

 負けられない勝負ではあったが、だからこそ俺は自分を追い込む必要があった。

 俺は俺自身の特性を最大限活かす事で、この勝利を獲得したのである。

 まさに人事を尽くして天命を待つ、だ。

「負けたよ、勝部くん。……好きにするが良い」

 勘で勝負をつけられては、もう何も言えないらしい。

 不破は天井を仰いで、少し苦笑していた。

「じゃあ、アンタは明日にでもノブコと喜野に詫びを入れろ。そんで、その後はテメェの事にケリをつけな」

「……わかった」

 不破は自嘲気味に笑った後、そのまま部屋を出て行った。

 その背中に俺は

「安心しろ! アンタの負い目は、俺がキッチリ清算してやる!」

 声をかけたが、不破は軽く手を掲げるだけだった。


「ねぇ、カツベくん。私、よくわからないんだけど、不破会長の負い目ってなんなの?」

「後で教えてあげます。今は勘弁してください」

 一度、俺は椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰いで大きく息をついた。

 本当に、ギリギリの勝負だった。

「俺は今後、これ以上の逆境を味わえる物なのかね……」

 余韻に浸りつつ、俺は携帯電話を操った。

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