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第一話 【覚醒】 9





 瞬発だけに全てをかけたせいで身体中がヘトヘトだ。男を見下ろしながらそう呟いた。


「無茶苦茶だなぁオタク」


 ハッと男の気配に気がついた時には遅い。赤い光が目の前に満ちて気がつけば爆発していた。


「うああぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 今度のはかなりの衝撃がのしかかってくる。一瞬、前後不覚になってしまうと宙に浮き上がった身体は受身も出来ず地面に叩きつけられて転がった。


「あぅ……ぐぁ……!」


 胸部にバスケットボールが直撃した時のように息が出来ずに喘ぐように地面に転がって悶える。


「ヴァァァァカァ!! 魔術師同士の戦いで純物理攻撃が通用するかよ」


 身悶えする空汰を見下ろながら苛立ちを抑えることもせずに言い捨てた。空汰は突如、舞い込んだ苦痛に悶えてまともに話を出来そうもない。男が空汰を軽々と片手で持ち上げると胸に手を当てた。


「“レグルス火山の破砕ファイヤースタン”」


 ズンっと先程と同じ衝撃が胸から背中へと突き抜けていく。悲鳴にも似た叫び声を張り上げながら爆発の衝撃に吹き飛ばされて空汰は再び地面を転がり落ちた。


 地面に突っ伏して砂の味を舌先で感じながら、脳幹は冷静に状況を分析し続けていた。


 ――なるほど。実ダメージは希釈されているのか。


 痛いことは痛いが、耐えられないほどではない。冷静になればちょっと苦しい程度の問題だったりする。身体を起こすと肩で息を整えながら空汰はこの世界のルールを把握し始めた。


 2撃目を食らったのが逆に幸いだったらしい。1撃目は衝撃でパニックになっていて思考が混乱していたのだ。そこに2撃目を投下されたことで痛みはそれ程でもないということに気がつけたのだ。


 ようやく調子を取り戻し始めた脳内で考える。


 いま把握したルールは二つ。一つが“魔術師同士の直接攻撃はゲーム上では無効になる”ということ。そしてもう一つが“LOM世界では現実に相当するダメージを大幅に希釈してフィードバックしている”ということだ。


 普通に考えれば当然だろう。どこまでもリアルに作り込もうと、たかだかゲームでしかない。リアルに相当するダメージをフィードバックするゲームなんて誰が手を出すのかという話だろう。


 ただ身体を投影している世界である以上、動作に対する反動は必要だ。その上で痛みを覚えるギリギリの範疇でのフィードバックという結論に至ったのだろう。


そして――。


“ヴェクター”“HP2000”


「本当にノーダメージか」


 本を一瞥して一言空汰は漏らした。すこしだけでも入ってるかと思ったがそれほど甘くはないらしい。魔術師同士の戦いは完全に“物理ダメージは無効になる”ということを理解する。


“一般魔術師”“HP750”


 目線を移して自分の体力を確認した。数値を見れば“レグルス火山の破砕”のダメージを追える。


「一撃で“500ダメ”か」


 2撃受けて500+500=“1000ダメ”。数値としてはあまりに緩い。カードゲームの知識はないが直接攻撃としては若干、低めに設定されている気がした。それは空汰が持っているデッキの数値を確認しての範囲なので正しい判断であるかは不明だったりする。


 それならさっきの“火球”のほうが直撃無しで250なので数値の上ではうま味がある。


「でもそうじゃない」


 そうじゃない。それ以外の要素があのカードにはある。おそらく防護系効果無視と言ったところじゃないかと思った。空汰は手元に配置されたカードから一つを選ぶ。


“ワイナリーウィップ”


 カードが一瞬で発火すると燐光を帯びたまま消失した。そして光が右手に宿ると手の中に鞭が握られている。


「これか。これを使えば敵を攻撃出来るんだな……!」


 使い方なんてわからないが思考するだけで投影された身体が最適の動作まで導きだしてくれるらしい。そうやってついに対抗手段を見出した空汰の足元に“火球”が直撃した。


「うっ、グッ……うぁぁぁぁっ!!」


 今度はまともに喰らってしまう。急ぎに飛び退いたがダメージを殺しきれず爆風に巻かれて砂塵と共に地面に叩きつけられて転がった。


「悠長に待機してるんじゃねぇっての、オタクよォ」


 やはり身体的ダメージが殆ど無いことを確認すると飛び上がるように立ち上がって鞭を構える。それと共に本の方を一瞥する。


“一般魔術師”“HP 200”


 ジリ、と額に汗が滲む感触まで精巧に作られている。正直、勝ちの目が見えない。“火球”をバラ撒かれるだけで簡単に落ちてしまう。一削りの体力でどう戦うというのか。


「ハッハッハッ。初心者にしちゃオタクもよくやったって思うぜェェ。でもまあ相手が悪かったな。俺が相手なんだから仕方ねえよ」


 クシャっと髪を掻き撫でると鋭い目線で空汰を睨み付けた。

 片手に炎が揺らめいた。


「だがコイツでおしまいだ。コイツはだたの“火球”じゃねえ。火球を同時に5つ食らわすオリジナル連続技コンボ火球連弾ドヴォルザーク”」


 揺らめく炎を濃密な烈火に変わる。それは先程見た火球の5連射の再現。


「さて投了チェックメイトだ。――燃え尽きろ! “火球連弾ドヴォルザーク”――ッッ!!」


 奏でるように放たれる五つ星。同時に飛来する炎の塊は着弾した瞬間に爆ぜて炎の舌で敵手を蹂躙する。それが同時に5つも放たれたということはどこに逃げようとも必ず被害ダメージを負うということだ。被ダメが通るということ、その時点で空汰の敗北が決定するということ。


「く…………!」


 空汰は立ち尽くすしか出来ない。迫り来る“朱の投了”に立ち向かうすべを喪ってしまっているのだ。ただ悔しいという感覚はひどく懐かしいものだったりする。空汰があの日に無くしたはずの感覚が蘇っている。


 だからこそ勝ちたかった、負けたくなかった。だがもう遅い、サイは振られた、火球は空汰の身体を焼き尽くすだろう。完全な詰みである。


 手を下ろす。敗北を受け入れていつものように人形に――。


 ふと、風が吹いた。


「…………え?」


 その目を疑う。飛んでくる火球は空汰の前に現れた屈強な獣によって阻まれてしまう。炸裂する火球、ただその程度の火力では巨大なモノを破壊することは叶わない。まるで火の粉がブチ当たったかのように平然と受け流すと強大な翼を広げてヒョロリと長い首を振り上げた。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!」


 耳をつんざくような咆哮に身を竦めた。その巨体は空汰と男の間に突如現れたかと思うと男の放った火球を受け止めたのだ。その姿、いにしえに聞く幻の魔獣。ファンタジーなどでは定番になりつつあるが、目の前で突如現れた姿は姿はどこまでも神神しい。


「ドラゴン……だと」





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