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第一話 【覚醒】 8






 自分が立っていた地面が突如、消失する感覚をご存知だろうか。

 経験したことがある人間は殆どいないだろう。転落とは死へ飛行動作であり、高所より人は墜落すれば人は死ぬのだ。


 風が殴りつけるように顔中を打つ。気が付いた時は空の上にいた。なにが

なんだかわからない。バチバチと頬を打ち付ける風が痛い。この確かな感覚は現実そのものだ。だがなんで自分が墜落しているのかまったく把握出来ない。そんな状況が嘲笑うように、空汰の理解よりも早く身体が大地に激突してしまう。


「ぁぁぁああああああああああああああああッッ!!!」


 絶叫を上げて地面にぶち当たる。まるで隕石が突き刺さるかのように着陸と同時に砂が波紋のように高く広がった。二度、三度と身体をバウンドさせてそのたびに砂粒を巻き上げると、やがて勢いを失った身体は砂に埋れるように止まった。


「けほ、ゲホッ……な、なんだここ。それにこの格好はなんだよ」


 あれだけ高所から落ちたというのに痛みはない。派手に転んだように思えたが肌に傷ひとつ見当たらないのだ。それどころか服装まで違う、空汰が身にまとっていたのは学校指定の学生服“ブレザー”だったはず。だが今、空汰が身に纏うのはどこかの貴族が身にまとうような儀礼服に足元まで覆うようなローブを羽織っている。


「あれ、俺はさっきまで」


 さっきまでなにをしていたかを思い出そうとする。思考を働かせながら周囲を四方すれば見渡すかぎりの砂丘。都会ぐらしの空汰はこんな光景を見たことがない、たとえば夢だったとしよう。


 握りしめた指の隙間からこぼれ落ちる砂粒と焼き殺すように突き刺さる太陽。息を吸い込むだけで喉が枯れてしまいそうな空気感。


「夢にしては鮮明過ぎる。それに――」


 思い出したのは自転車を漕ぐ自分の姿。そしてアミューズメント施設に立ち寄ってLOMを……。


「そんな……馬鹿なこと」


 LOMをプレイしようとしてインカムしたことを思い出し、自分の状況がどうなっているのかをようやく理解した。


「この世界がLOMのゲーム世界だってのか。この砂もこの太陽もこの風も」


 おおよそ有りえないことだ。ここまで仮想現実な世界を創り上げるゲームがあるだなんて信じられない。空汰は立ち上がると砂丘の高みから周囲を見下ろした。


 誰もいない。見渡す限りの砂漠、地平の向こうまで不毛の黄色は伸びている。あまりにも現実離れした光景。途方にくれて空汰の膝が落ちる。


「なんなんだよ、これ。これがゲームだってのか……」


 自分の知らない世界に圧倒され、打ちのめされてしまう。言い訳も出来ないほど空汰の今まで築いてきた価値観が崩れ去ってしまった瞬間だった。


 ゲームというのを空汰自身知らないわけではない。むしろゲームには人並み以上に付き合いがある気でいた。けれどいつの間にかゲームはここまで進化を遂げて現実と見紛うところまで到達しているとは知らなかったのだ。


「ヨォ」


 突然、誰もいないと思われた空間に声が聞こえて思わず顔を上げる。そこには一人の男が立っていて空汰を見下ろしていた。


「あ、どうも」

「……アン?」


 まさか人がいたとは思えなかったので差し当たりのない挨拶になってしまった。男は空汰の反応に唖然としたように目を剥く。驚いたような、それでいて小馬鹿にしたような表情をつくるとニヤリと好色な笑みを浮かべた。


「へぇ、オタク。もしかしてシロートってやつ?」

「え?」


 男の表情が雀躍に染まる。ギラついた目は肉食獣のそれだ。男が一歩、二歩と空汰を見たまま後退すると高らかに宣言する。


「“行動ターン”」


 そう言った瞬間。男の目の前に洋書サイズの本が出現する。本は勝手に宙に浮かんでいて男の手を煩わせることはない。ちょうどページの真ん中を開くようにして男のほうへ向けていた。そして男の胸辺りの宙には五枚のカードが並べられている。まるで男に選ばせようとしているような布陣に見えた。


 そこで男は一度、空汰を見た。


「ハハ。これでも動かんか」

「? どういうこと、だ……?」


 “火球ファイヤーボール


 空汰の疑問に答えるよりもはやく男の指がカードに触れる。指先に触れたカードは溶けるように解けて消え去った。


「魔術師が本を開いたら闘争の始まりだろうがよぉ! エエェ!」


 次の瞬間、男の指先がバッと開かれて空汰のほうへと向けられる。赤い光が走り抜けたかと思うとバスケットボール大の炎の塊が発射された。火の玉は投げつけられた白球程度のスピードで迫ると地面に当たって大爆発を巻き起こした。まるで爆弾、大量の火薬を内蔵した手榴弾を思わせた。


「……はぁ、はぁ。なに、するんだ!」


 紅の淡光を灯す手のひらに悪寒を覚えた空汰はとっさに砂を蹴って攻撃を躱していた。巻き上がる砂飛礫に顔をそむけると男を睨みつけ抗議する。もし当たっていたら死んでしまうかもしれなかった爆発だ、それをぶつけられたのだから怒るのは当然だろう。


「チッ。はやく直撃して死ねよ、雑魚」


 だが男は空汰の言葉などに耳を傾ける様子もなく、再び腕を振るうと今度は5つの火球を放り投げてきた。ばら撒くように投げつけられた火球はとても回避できそうにない。空汰は両腕で顔を覆うようにして迫る火球から身を守るようにする。


「うぐっ……ウァァアアアアアアッッ!!」


 2撃ほど直撃を裂けた火球からは身を守ることができたものの、炸裂する火球が直下の地面を穿って空汰を大きく吹き飛ばしてしまう。跳ね上げられた身体は砂上に叩きつけられて擦るように引き摺られた。


「あれ?」


 だが予想していたより痛みはない。激しいのは衝撃ばかりで痛みのほうはボールをぶつけられた程度のものだ。ゆっくりと身体を起こすと自分自身の身体を確認するように見る。傷一つない、衣服にもダメージらしき後が見受けられない不思議な現象。


「本当に……ゲーム世界なのか」

「おうよ。クックックッ、ほんっとオタクなんも知らねーのか。ファントムの野郎、大したゲス野郎だよ、まったく」


 砂を踏みしめて男が近づいてくる。淡赤をまとう光はいまだに右手に宿ったままだ。男はチラリと本のほうを見て空汰へ向き直る。


「直撃じゃなかったみたいだが減ってるみたいだな。だが逃げまわってても勝てっこねえぜ――っと!」


 再び腕を振り下ろすと投げ付けられる火球。空汰は落下地点を計算して飛び退くのようにして躱す。着弾と同時に炸裂して砂煙を巻き上げる大地。


 飛び退いた場所は砂丘の縁のような部分で転がり落ちるようにしながら男との距離を離す。一番下まで転がり落ちると転がる勢いを利用して起き上がった。そのまま中腰の姿勢になると身を低くして男の気配を窺う。


 混乱する思考を急速に冷却させる用途で深呼吸をする。すぅ、はぁ……と渇いた空気が喉に絡みつくのを感じながらも少しだけ思考の余白が確保出来た。


 そして考えるのは先ほどの男の動作。


「今さっき、たしか本を見たな。つまり本を出せば状況が解るってことか」


 思い出そうと思考を巡らす。男はなんと言ったか。


「“行動”」


 抜けるような声が響き渡ると目の前に洋書サイズの本が現れた。ヒラヒラとページを自動的に捲るとその真ん中あたりで開いたままの姿勢を保つ。


“ヴェクター”“HP2000”


 あとは判らない文字の羅列だったので無視を決め込みつつ、その隣の表記を見やる。


“一般魔術師”“HP1750”


「? ……もしかしてこれが俺で、さっきの表記がアイツなのか」


 だとすれば芳しくない状況ということになる。

 さっきの攻撃を喰らってしまったせいで空汰はダメージを受けているということなのだろう。


「おいおい。逃げんなよオタク。チョロチョロされるのは好きじゃねえんだよ」


 ヴェクター、と表記された男がこちらを発見して近づいてくる。空汰が睨み付けるように見上げた。


「逃げるのも戦法だろ。逃げちゃダメだとかってルールは無いはずだ」

「……へぇ。本だせたからって調子に乗ってんのか? 早くくたばれよ。“火球”」


 再び放たれる火球。それを待っていた。身を低くしたままの姿勢で地面を擦るようにヴェクターに肉薄する。当然のことながら火球は直線に突き進んでしまうと空汰の上を通りすぎて元いたであろう場所で破砕した。


「なに!?」

「流石に見切ったよ。“火球”は守りに徹する相手は強さを発揮するが攻めに対しては無防備だってこと!」


 “火球”の特性は着弾点から周囲を巻き込んでダメージを与えれること。爆薬さながらのそれは破壊という面では大いに有効である。ただ弾速が遅いことと発射後は方向修正が利かないことという特性は、刹那の瞬間に勝負が決する魔術師同士の戦いには不向きだろう。


 それ故にマイナーカードなのだ。


「……ウォォォァッ! ダァ!!」


 驚く男の顔に思い切り拳を叩きこんでやる。勢いののった拳は男の体すらも浮き上がらせて地面に引き摺り倒した。


「はぁ、はぁ……どうだ」


 瞬発だけに全てをかけたせいで身体中がヘトヘトだ。男を見下ろしながらそう呟いた。





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