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第一話 【覚醒】 3



「っ……!」


 背中を押されて飛び出すように教室から出ていくとあやまって少女と正面衝突してしまった。注意をトモミのほうばかりを向けていたのが祟ったのだろう。正面を歩く気配にまったく気づけずに真正面から体当たりをしたわけだ。完全に空汰側の過失である。


「っと! ゴメン、大丈夫か」


 男性という面もあれば背中押しの勢いが付いてたせいもあるのだろう。完全に少女を押し倒してしまった格好になってしまうと少女の様子を窺うように空汰が言った。土壇場のところで女の子の上に伸し掛りそうになる身体を両手で止めると少女の安否を覗う。


「ええ、大丈夫」


 眩暈を覚えた。

 少女の姿があまりに鮮烈すぎたからだ。

 時が凍り付く。鼓動だけが脈打つ。その姿は自分自身の記憶ぜんぶを消却したとしても夢に見るだろう。


 漆黒の絹を思わせる艶髪が床に乱れ広がっている。まるで黒い運河のよう。

 ゾクリ、と白い首筋に背筋が痺れる。あまりに白い肌は陶磁のような作り物を想起させた。少女は微動だにしない。まるで熱の無い鈍色の瞳で空汰の顔を見上げている。


「どこか、強く打ったり、痛いトコとかないか?」


 少女は気づける程度の動作で首を振った。

 息苦しくなる鼓動を相手に聞かれていないか、なんて場違いな心持ちで少女のに言葉を投げかけた。

 少女の瞳は凍りついたままだ。男に押し倒されている時に見せる態度ではない。人形のように倒れたままの姿勢を正さず身を投げ出していた。またたきと唇から発せられる吐息だけが少女が生者なのだということを示している。

 その姿に魅せられる、図らずも触れてみたいと思った。


「……もらえる?」


 夢見から戻ってくると少女の口より紡ぎだす声色に胸腔が跳ねる。儚げな響きは人のモノとは思えない、どこか異国の匂いがした。


「え?」

「どいてもらえるって言ってるの」

「わ、悪い」

「いえ」


 衝突からの時間はモノの数秒にも満たなかったらしい。ようやく押し倒しているという状況の危うさに気が付くと慌てるように少女の身体から離れた。

 少女は気にした様子もなくユルリ、と上体を起こすと空汰達を見咎めることもなく立ち上がると制服と髪にまとわりついた埃や塵などを手のひらで何度か叩きだす。


「悪かった。完全に俺の不注意だ。えぇと」

神薙 奈那葉(かみなぎななは

「神薙か。俺は風原空汰だ。コイツに急かされてて前を見てなかったんだ。悪かった」


 やや気まずそうにしているトモミを指さして謝罪を入れた。神薙は笑いもせずスカートに付いた塵を落としている。まるで空汰のことなど眼中に無いかのような扱いだ。


「ちょっと神薙さんだっけ。追突されたのは頭にクるだろうけど被害者は被害者なりの態度ってものがあるんじゃないの」

「おい、やめろよトモミ」


 返事すらまともに介せぬ様子にトモミが割り込む。険悪なムードになりかけて空汰が慌てて静止するが神薙はチラリとトモミの姿を一瞥した後、また同じ行程を繰り返し始めた。


「アンタ喧嘩売ってるわけ」

「……んなさい」

「はい?」

「ごめんなさい」


 ようやく叩き終えたのか身体を正して、繰り返すように謝罪の言葉を述べた。あまりにアッサリとした謝罪にともみのほうも呆気に取られたようで、なにを言うべきか答えを出しあぐねている。


「いや、謝るのは俺達のほうだし。なんかコイツが絡んで悪かった。それも謝るよ」

「なによ。あたしが悪者みたいじゃない」


 空汰の謝罪に憤慨して肩にグーパンを食らわすトモミを尻目に神薙は最小の動作で頷いた。


「気にしていないわ」


 相変わらず素っ気無い言葉。その驚くほど綺麗な容姿に飾り気ない言葉はひどく映える。気を抜けば少女の姿を見過ごしてしまいそうなほど風景と少女はマッチしているのだ。観葉植物を思い起こす。風景とマッチし過ぎてて存在感が希釈されてしまう美貌。人知れず咲く花のような可憐さがあった。



「まだなにか?」

「え? ああ、いや」


 見蕩れてしまったなんてことこんな場所で言えるわけもなく空汰は誤魔化すように小さく手を振った。口説き文句としても三流以下だし、第一そんな場面でもない。そんなわけで苦笑を漏らすだけになると今度はトモミの肘が胸に突き刺さった。


「デレデレしてんなっ」


 なんでお前が怒るんだよ、と思ったりしたのは秘密にして空汰は肘を払いのけた。神薙は変わらず微動一つしない。見る人が見たなら精巧に作られた人造人間かなにかじゃないかと疑いを持ってもおかしくはないだろう。


 俺たちの会話が一段落つくのを確認してか、目を向けていなかった神薙がこちらを見る。


「じゃあ、行くから」

「ああ、悪かったな」

「いえ、さようなら。風原くん、友宮さん」


 立ち去る時も無駄がない。最小限度の挨拶と身のこなし。目に焼き付くような黒髪と異国めいた匂いだけを残して去っていく。尾を引くような感覚に因われながらトモミのほうを見る。トモミはなぜかぷくっ、と頬が膨らんでいた。


「綺麗な子だったわね」

「ん、だな。確かにスゲー綺麗な子だった」

「へぇ……空汰さんはああいうミステリアス少女がお好みですかねぇ」


 空汰の突付けるところを見つけたのが嬉しいのか、いつも以上に陽気にニヒヒと笑う。


「ち、違うって。そういうんじゃないっての。綺麗だったけど見たことない女の子だったから気になってただけだよ」


 照れる理由もないが気になっているのをバラされて焦ったようにまくし立てる。言えば言うほどこういうことは立場を悪くすることを空汰はまだ知らない。


「おやおやおやぁー。空汰センセイが珍しく焦ってらっしゃいますナぁ。これはもしかして一目惚れってヤツですかい? シビレちゃってるのかぁ」

「違うっつーの。だから見たことないから。トモミだって神薙のこと知らなかったっぽいだろ」

「うんまあ。初めて見る顔だった」

「だろ。だからそういうんじゃないんだよ。俺同じ学年ならどこかで見たことあるだろうになあ」

「美人だったしね」

「そうそう。……そうじゃねえって」


 神薙が立ち去った後、俺はふと地面を見下ろすとなにかが落ちているのを確認した。


「ん? なんだこれ」


 タバコケースみたいな長方形の箱が足元に落ちているのを見て空汰はそれを拾い上げる。その肌触りからタバコケースの類ではないのは確認できた。アルミケースのような材質で表面には複雑怪奇な文様が刻まれている。しゃがみ込んだまま手に取ったそれをかかげ、左右から覗き込んで正体不明の物体が何なのかを探りだした。


「あー。これ“LOM”のデッキホルダーじゃない?」


 ヌっと顔をくっ付けるように背中越しから空汰の手の中の物体を覗き込むと、トモミがその物体の正体を看破する。


「“LOM”? “デッキホルダー”?」


 そのまま振り返るとキスでもかましてしまいそうなので視線だけをトモミに向けて言葉の意味を訪ねてみた。


「あちゃー。ほんと枯葉色の青春をおくってんのねー」

「ほっとけ。それよりなんでトモミ知ってるんだ?」

「はぁ……呆れた。あたしは何屋?」

「ゲーム屋だっけか」

「今やゲームショップはカードによる収益のほうが大きいくらいなのよ、特にLOMの売上でウチみたいな弱小でも食っていけてるんだから」

「ああ、そういうことか」

「優しいあたしは説明はしてあげるけど移動しながら話しましょうよ」

「え? コイツデッキ返さなくていいのか?」

「別に今日じゃなくてイイでしょ。あの性格だとカードゲームにハマるクチじゃないだろうし。どーせ弟のカードとかを預かってるとかなんでしょ」


 なぜそこまで断定できるのか、とツッコミたくもなったがそろそろ帰らなきゃならない時間でもある。トモミの言うとおりこれが神薙のモノだとも限らなければカードゲームに没頭するような性質にも見えなかった。空汰は自分を納得させるだけの理由を脳内で展開するとデッキホルダーをポケットに締まった。


「じゃあ行くか」



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