第一話 【覚醒】 14
「おいおいおい、どういうバグだよ。さっきぶち殺したじゃねえか。冗談はやめろよ、洒落になってねえぜ」
飲み込む息すら焼けるような熱気がフィールドを包む。
火花が散って、世界が赤色に変貌する。まるで世界が炎に包まれてしまったようだ。世界そのものが変貌する、いや変容する。それらすべてあの少年が巻き起こしている現象だというのだ。
「まさ、か、空汰くん。それは“宝具”なの?」
炎上する身体が手にしているのは一振りの槍だ。燃え盛る長槍は炎の哮りそのものを具現化しているかのように思えた。それを一振りするだけで砂漠の砂が溶解した。大気が焼けた。雲が蒸発した。あきらかに異常な作用である。
神薙奈那葉は歴戦の魔術師だ。自身の繰り広げた戦いは1000を下らないだろう。それだけの戦歴を持った少女でもこんな状況を生み出す宝具は見たことがない。
明らかに異常、異質、異形。100の宝具を右に並べても空汰が担う宝具の異質さだけは拭い切れないだろう。それほど彼の手にする宝具は狂気を帯びていたのだ。
脳裏に過ぎるのは神話の再生。その手にしているのは神すらも屠る神装兵器。
炎上する槍。すべてを焼き尽くすような劫火。それを担う少年。
「演出ばっか派手でどーすんだっての! ほら、“機械仕掛けの冥王”。出番だ、アイツを消し飛ばせ!!」
炎のかたまりと化した空汰を指さすと撃滅の砲火を向けさせる。ギギギ、と鈍い音を立ててモンスターが巨体を動かすと必殺の砲火を解き放った。
迫る熱線。空汰に避ける気配はない。無防備な身体に真正面から一撃が突き刺さる。魔術師はいくら強大な力を持っていようとも人の域を出ていない。人ならばモンスターの一撃に敗走することは決定づけられている。
覆せぬ道理。ゲームであろうともその法則は絶対だ。
だが、
巻き上がる炎は勢いを弱めるどころかさらに火力を増していく。
暗黒の光をしこたまぶつけられようとも、その耀きは色褪せることがない。
「は――――」
空汰の吐息が響いた。
「――ハァァァアアアアッ!!!」
裂帛と共に振りかざす槍の薙ぎ払いが暗黒を払い飛ばした!
「なっ……!?」
魔術師がモンスターの火力を跳ね返した。いくらカードの加護があるとはいえ、これは常識では考えられない動作である。見たところ空汰の身体にダメージの痕跡はない、まったくの無傷だ。
「ありえ、ねえ…………」
有りえない。まさしくその言葉が相応しい。
なにより――。
ズルリと力なく倒れるモンスター。先ほどの薙ぎ払いが致命の一撃となっていたことを誰が認めようか。そののっそりとした巨体に横に赤い閃光が走り抜けると崩れ落ちて光へと溶けていく。まさかの事態、機械仕掛けの冥王をたった一撃で葬りさったのだ。
魔術師がそれを成し遂げた。
光の粒子になって消えていくモンスターを横目に目の前の炎の化身に驚愕の表情を向ける。
勝てるわけがない、勝てる見込みがない。
自分のすべてを以てしても勝ちを見出すことが出来ない。
どこをどうひっくり返そうとも、この盤面をひっくり返す術が見当たらない。
築き上げた戦闘技巧はすべて水泡へ。
この世界にはどれだけ力を付けようとも届かぬ高みがあるということ刻みつけられる。
ヴェクターが歯噛みをした。ギリ、と噛み締める音に内側が軋む。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 素人ごときに、このヴェクター様が殺されてたまっかよぉぉぉ!!」
振りあげる腕。五指にありったけの火力が搭載されている。
それは“火球連弾”を解き放つ構え、自分の築いた魔弾乱舞で我敵を討ち滅ぼすという意志の表れだ。
「死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねぇぇぇぇ!!!」
散弾銃のような一撃が降り注ぐ。5つどころではない、まるで流星のように降り注ぐ火球の連撃だ。
だがそれすら空汰には届かない。死力を尽くした火弾はより大きな火力の中では稚戯にも等しい。火山と焚き火をどちらがすごいかを比べるようなものだ。
ヴェクターの放つ砲弾は届くことなく消えていく。空汰は微動だにせず涼しい顔のままで、それを受け流している。
「ふざけるな、ふざけるな! 死ね死ね死ね死ねっ、死ねぇぇぇ―――!!」
グワンっと全身に衝撃が突き抜けた。
「…………!?」
なにが起こったか?
気がつけばヴェクターは風原空汰の姿を見失っていた。
「あ?」
完全に姿を見失ってしまうと左右を逡巡した。風原空汰の姿はそこにはない。では……どこへ?
そこでようやく、己の背後に燃え盛る炎を孕む気配があることに気づいた。
槍を突き出し、手を伸ばしているその姿、まるで人を貫いたような姿勢で硬直している。
そこで初めて自分の状況を正しく理解した。つまりその姿――ヴェクターの身体を……。
「嘘……だろ……」
ブックにて自身のHPを仰ぐ。その数値は間違いなく「0」を指していた。目を見開き数値を再度確認するが数値が突然変化するわけもなく、全身の力が抜け落ちると背中向けに倒れこんだ。
「俺の負けか……」
そう、認めた。力なく呟く身体が粒子化しはじめて溶けていく。まさか素人に負けてしまうなんて考えたこともなかった。自分はこう見えてもそれなりに戦ってきた魔術師だ。戦うことには自信があったのに。
いつからそんな感情を捨てたのか?
思い出せない。あれはカードを手にした瞬間にある高揚。原初の熱だった。思い出せない、ただ喪われた熱を己の内側から探ってみても見つからない。どこかへ無くしてしまったらしい。
ああ とても バカらしい……。
熱意があった。情熱に燃えていたまなざしは遠く。霞んで思い出すことも出来ない。ただ少年の目を見ているとかつての自分が過ぎった気がした。
ああ なんて バカらしい……。
過ぎ去った過去でしかない。失って失って喪失し続けた感情は別モノへと変わり果てている。そして原初の感情にも未練はない。
ただ、あのようになにもかも顧みず戦えた日々を懐かしむ。
「そっか……バカは俺かい。へーへー知ってましたよ」
とっくの昔からな。
そんな悪態を最後に漏らすと、ヴェクターは跡形もなく消え去った。
残されたのはふたりだけ。戦いの勝利者であるふたりの男女の姿があった。
敵を葬り去ると空汰の身体を覆っていた焔がほどけて霧散すると何事も無かったかのように倒れこんだ。まるで背骨を支えていた力が失われてしまったかのように真っ正面から身体が落ちると砂の上に頭を打ち付けた。
そう、異常な力を発揮しようとも胸に開いた風穴がふさがったわけではない。
「空汰くん……!」
神薙が倒れた空汰のそばに走り寄った。確かに敵を倒しはしたがデータの上では空汰は死んでいるのだ。その定理は覆せない、むしろ先ほどまでの動作が異常であっただけ。この動作は正しい、正常ゆえに正常に終結する。それだけだった。
少女がなにかを叫んでいるが五感が断ち切れているのだろう、神薙の叫びに応えることは出来ない。
淡い光が溢れ出した。身体が粒子化していく。自分の存在が溶けていく。
ただ少女を守りたかっただけだった。
その一念のみが空汰の身体をつき動かしていたのだ。
それを終えたいま、もう思い残すことなどない。
それを歎くように神薙が空汰の身体を抱き上げた。
彼女を知って僅かだが、彼女には有り得ないくらい涙を流している。
“ああ、泣くな。泣くなって”
そう思えど言葉には出来ず、ただ神薙のこぼれ落ちた涙を頬で受け止めるだけ。
そんな冷たい質感まで精巧に作られているのが、歯痒い。
「あなたを守れるように――守れるような」
声が僅かに漏れ聞こえた気がした。きっとノイズの類だろう。何故なら身体の半分は既にこの世界より消え失せているのだ。
“泣くなよ、神薙”
それは“今の俺”が発した言葉ではない。それはあの日のこと、泣き喚く少女を見て漏らした言葉だ。
ふいに過去に救った少女の名前を思い出してしまうと心の底から満足のいく心地になってしまった。いや、せめて少女の涙くらいは拭いてあげたかったか。
それだけの未練を残すと、空汰の身体は大気に溶けてしまった。




