第一話 【覚醒】 12
戦いが始まった。不毛の砂漠にけたまましい轟音が響き渡る。
巨大な鉄槌を振り下ろす巨人。それは神薙が喚びだしたモンスターだ。風を切って槌が地面を叩くとまるで壁のように砂が巻き上がって三雄を押し潰さんと襲いかかる。
「防衛重視の陣で俺たちの消耗狙いってか!」
砂塵の津波がぶち当たるかと思われたが直前で見えない壁に阻まれたように砂流が弾け飛ぶ。これは神薙の攻撃が三人へのダメージは少なかったという証拠だろう。
「だが魔方陣を消し飛ばしちまったぜ、ヴェクター!」
「ああ、そのための“魔力枯れの巨人兵”だろ」
“魔力枯れの巨人兵” 攻撃力 700 防御力2700 の帝国型モンスターである。 攻撃力の低さ故に攻めには使えないが、その防御力は戦闘開始直後では貫ける防御力ではない。帝国型デッキの起点となる重要なカードである。
さらに言えば、このカードの特効が“攻撃ターンで近くに配置された魔方陣を1つ破壊する”というものがある。その性能の強力さ故に上級者もこのカードを愛用する傾向にあるのだ。
魔方陣はモンスターを召喚するためのコストを生み出す重要なプールでもある。これを喪うということは、その恩恵が消えるということ。これはかなり大きな損害だと言ってもいいだろう。
「だが三人のうちの一人だけの魔力炉をぶっ壊してどうなるってんだ! 俺は魔方陣三つ完成で召喚! “機械仕掛けの冥王”」
四方に配置された魔方陣3つが光り輝くとヌッと青白い光の中から巨大な影が大地に降り立つ。
太陽の下にありて暗黒を身に纏う姿はまさしく冥王そのもの。泥のような滴り落ちる漆黒を身に纏い、僅かに覗ける部分から歯車の形がグリグリと動いている。
「神でありながら人の手で扱われる哀れな王よ! さあ、その力を愚かな彼奴に見せ示すのだ!」
「……っ! “行動動作”」
神薙の顔がハッとするように眼を見開かれる。冥王の攻撃力は3000。巨人兵の防護を抜いてしまう。ブックを喚びだして目の前にカードを展開させる。流れるような動作で五枚のカードが現れるのを確認すると、しなやかな指先で一枚カードを弾く。選択したカードが青白い光帯びて焼失するとあらかじめ設定されている効力を導きだす。
「“アグロシスの慈愛”!!」
このカードは相手の攻撃力を一時的に半分に緩和するインスタントカードだ。少女が唱えた瞬間、空に眩い白光が降り注いでカードの効果を発揮させようとする。
だが効果を発揮しきる前に突然、白光が煙に巻かれるように消え去ってしまう。
「……っ」
「“エイロトの呪い”だぜ。その場で発揮したインスタントの効果を消し去る。アンタの負けだな」
付き添いがいやらしく言うとヴェクターに首を振って指示をした。
「さあて。じゃあ邪魔な防護には消し飛んでもらうとしようか! やれ! “機械仕掛けの冥王”!!」
ズモッとどこからともなく発生した漆黒の雲めいたものを口に吸い込んでしまうと次の瞬間、激しい勢いで吐き出した。黒い奔流が巨人兵に叩き付けられる。まるで滝の水流が滝壺へと落ちるような勢いで蹂躙すると、勢いに敗れた巨人兵の身体が削り取られるように消えていく。
やがて黒い火砲が巨人兵を葬るように火力を高めると巨人兵は弾け飛んで消えてしまった。
「くっ……」
自分を守ってくれた兵が消えると最適の動作で次の行動を示す。ブックに触れてカードを展開させると新たなカードからモンスターを召喚させる。
「血は義憤に、屍肉は後世のため! “ローグトの義民隊”を召喚!」
「では“死に至る病”を使って義民隊を墓場へと移動させてやるよ」
カードを選択した瞬間を待っていたように義民隊が目の前に展開されるとばたばたと倒れていく。血反吐を撒き散らして首を掻き毟り絶命してしまった。倒れた兵たちは為す術もなく息絶えて光の粒子となり消え去る。
その様子を見つめながら神薙の額から一筋汗が流れ落ちた。
「ええ、と。10ターンだっけ?」
「今ターン入れたら11ターンかな」
まるで勝利を確信したようにヴェクターこと梶が隣の男に話しかける。男も戦闘状態とは思えぬくらいの余裕で答えた。その答えに満足そうに笑うと神薙を見る。
「流石はAAクラス。三人相手にセカンダリデッキでやって11ターン持ったなんてスゲーよ、オタク。でも流石にここまでだ。今のが唯一の防護モンスターだろ」
「他があったとして魔方陣2つじゃ大したことはないだろうしな。冥王の火力を防げないだろ」
「“エイムの猟犬”!」
「“死に至る病”」
哮り狂う猟犬が召喚されると同時に焼失かれる。取り巻きの一人はカウンター用のデッキ構成なのだろう。ポロっとカードが落ちると消し炭のように形を喪う。呆然とするその無防備な身体に巨大な火の玉が炸裂した。
「――――っっ!!」
為す術もなく吹き飛ばされてしまうと固くなった砂漠に叩き付けられ、地面を転がった。
「“火球”ってね。そこまでにしとけよ、見苦しいぜ」
三人が神薙を見下すようにしながらゲラゲラと笑う。神薙は苦悶に呻くようにしながら背中を反らし痛みに耐えるように身を捩っていた。痛みは無いのだが少女の身体には衝撃も十分な重さとなる。身悶えするように砂場でしなやかな身体を弓なりにさせて呻き声を漏らした。
「しっかし情けねえよなあ。あのAAクラスの竜姫さまがBクラスの俺の前で倒れてるなんてな。なあ、そう思うだろ?」
呻いていた神薙の横顔をミシリ、と踏みつける。砂に後頭部が喰い込んで屈辱を与える。そう、肉体的な痛みは消せても精神的な苦痛は消せない。グリグリと踏みにじるようにすると神薙が冷たい視線で睨み付ける。
「いいねぇ。ほら、もっと睨めよ。ほら、ほらほらほらあ」
腹部への蹴り。身体がくの字に折れ曲がって吹き飛ぶと無惨に地面を転がり落ちた。当然のことながらダメージはない。
すでに勝敗は決したというのに、ヴェクターは勝利をより甘美なものに調理しているのだ。
けほ、と神薙の口から堰が出る。敗者なら仕方がないと諦観に目を閉じて――。
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「神薙が、やられる……!」
その光景を遠くから見ていた空汰は歯を食いしばった。神薙がやられている。それだけではない、次のターンで確実にしとめられてしまうだろう。
黙って見ててもいいのか?
神薙は「どんなに私が負けそうになっていても手出しをするな」と言っていた。
「だが、けれど―――」
それでいいのか、風原空汰?
自分自身に投げかける感情の熱。
それはずっと忘れていた心根、感情の色だ。
「駄目だ。ここで神薙を見捨てるなんて……俺には出来ない」
神薙に軽蔑されようとも、ここで彼女を見捨てるという行為は風原空汰の中には無い。それだけはしてはならない行為だ。
ではどうするか。決まっている。行動するだけだ、それ以上の最適解なんて存在しない。
まだ動ける感情が、くすぶる感情が残っているというのなら燃やしてやれ。
それこそが人間としてあまりに正しい行いなのだから。
「ゴメンな、神薙。――俺はお前を見捨てるわけにはいかないんだ」
一種の強迫観念のようなものに違いないだろう。だがそんな意識に突き動かされながらブックに手を付く。
バララ、と軽やかな音とともに目の前にカードが展開された。
「いま、お前を助けるから」
指先でカードを弾く。あらかじめ配置されていた魔方陣に火が付いた。光る魔方陣は2つ。カードが溶けるように焼失すると目の前に召喚したモンスターが顕現する。
それを確認することもなく走り出すと森を突っ切って四人が居る砂漠の中心へ向かった。
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「――だめっ、まだ出てきては駄目っ! “空汰”くん!!」
地面に突っ伏した身体の上体を起こして背後から迫る姿に声を上げた。最悪の結末を想起させる。やっぱり空汰は来てしまった。自分はそれを理解していながら彼を放置してしまった。それは失策だったのだろう。
「そなたは革命の徒! 革命の具現! 愚政への気高き反逆者なり! 出でろ! “オルレオンの少女騎士”!!」
神薙の声は届いているだろうが空汰は止まらない。予定通りのカードを弾くと伝説に詠われし少女騎士を顕現させる。
「この状態で2コスの英雄カードなぞ! “ジャイアントオーガ―”蹴散らせ!」
控えさせていたモンスターを前に立てて取り巻きの一人が吠えた。そして空汰と背後に現れた少女騎士に立ちはだかるように二の足で立った。
性能面で見ればそれは間違い無い。2コスの中でも少女騎士は最弱と詠われる性能でしかない。強靱な肉体をもつ醜悪な獣人が木槌を振り上げて空汰と少女騎士を薙ぎ払った。
少女騎士の揺らぐ姿がようやく確かなものへとなるとこの世界に現界する。跳ねるように若き騎士が空汰の背中を追い越した。
「まさか。待て! 下がるんだ!」
「ああ? 馬鹿言えってんだ。ここで下がってなんの意味―――ガッ!?」
取り巻きの一人がヴェクターに振り向いている瞬間、それが起こった。彼はその事態に気付くことも出来ずに全生命力を削られて絶命してしまう。魔術師一人の首を跳ねるようにして少女騎士が戦場を駆け抜けていく。
「――すげぇ……」
空汰は思わず感動の吐息を漏らす。
白い馬に跨がって自分を追い越すと手にした旗を振りかざす。
風になびく聖条旗。少女騎士の旗の下、多くの兵士たちが1つの帯のように走り抜けていく。
「馬鹿! だから言わんこっちゃない!」
ヴェクターが悪態を付くとブックに触れる。
英雄カードは基本的に弱いカードばかりだが、その多くは特殊効果が強力なものが多い。今回に関しては“主人のHPの消耗分だけオルレオンの少女騎士の攻撃力と防御力が上昇する”という点である。
今の空汰のHPは200しかない。つまり2000-200=1800。つまりオルレオンの少女騎士の能力に1800の効果が乗っかっているというわけだ。
「オルレオンの少女騎士の能力が攻撃力500 防御力500 だから2300」
防護の薄い魔術師なら十分に殺しきれる数値である。




