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第一話 【覚醒】 10




 男が絶句した。息を呑む呼吸が空汰にも聞こえるほど男の動揺が目に見える。ドラゴンが大きく首を振り上げると口元にチロリと炎が揺らめいた。その動作に男が走りだして効果範囲から逃れようとする。


 ドラゴンが鎌首をもたげると扇状に広がるような吐息ブレスを撒き散らす。その効果範囲は予想以上に広くて男の回避行動を嘲笑うかのように赤い舌のような炎が男を蹂躙した。


「“間に合わせの防護”……!」


 

 直撃の刹那に男がカードを選択して大きく腕を振るうとあれだけ砂漠を蹂躙していた炎が一瞬で消失する。それは如何なる効果か。“間に合わせの防護”カードが吐息という攻撃を無力化させたという事実。


「コスト的に使い辛いドラゴンなんかを持ってくるたぁ“龍騎姫”に違いねえよなぁ! 何のために邪魔すんのか知らねえが俺の狩りの邪魔をするんじゃねえ……!」


 “疾風の滑走フィールドダッシュ


 再び手元のカードを選択すると男の姿が突如、消え去る。いや、消えたのではなくとてつもなく速くなったのだ。おそらく使ったカードの恩恵だろう。

男は目にも止まらぬ加速でドラゴンを避けるように楕円を描いて空汰の元まで肉薄する。その手には“レグルス火山の破砕ファイヤースタン”のカードを選択したように淡炎が焼失していた。


「そおぉらッ、ボーっと突っ立ってってんとゲームオーバーだぜ!!」


 意図に気が付いた空汰が鞭を振るう。最適動作として鞭を振るうがとても命中させることなど出来ない。男が障害にもならないとでも言うように軽々と躱してしまう。経験の差がここに来て明確なものとなる。むなしく空を切ると鞭は消滅するように消えてしまうと空汰の防護がいよいよ喪われてしまった。


「う、うぁあああああああッッ!!」


 男が目の前にくる。今度こそ空汰は逃げられない。逃れられない。男が腕を振りあげてその手を胸に突き当てるまでの刹那で空汰の戦いゲームは終了する。「南無三ッ!!」と目を閉じて死を覚悟した。


冥界王の大鎌ハーケン


「なっ!?」


 刹那、強襲する影ぞあり。ふたりの間に割り込むようにヌッと出現すると手元より伸びた影が男の手を切り裂くように振るわれた。


「ちぃぃっ!」


 男も危険を察知していたのか伸びた影を躱して下がる。だが影はさらにのっぺりとした黒を拡げて男へと迫る。

 速い! 男の行動も速かったがこちらは段違いに速い。まるで黒い風がさらうように男に迫る。


「くっ! “魔神の大剣デモンズブレイド”」


 男が用意したのは巨大な大剣。カードの形が一瞬で大剣の形へと変貌する。

 影が長い腕を振るって男の首を刈り取ろうする。男も大剣を振りかざして迫る腕を刈り取りにいく。

 キィィィン! 裂帛するような剣戟がぶつかり合う。強力な一撃がぶつかり合う衝撃で大気が震えた。


「おい、“龍騎姫アナンタ”よぉ。今日は“one-to-one”マッチだったんじゃねーのか」


 男が影に話しかけると動きを止めた影はゆっくりとその正体を現していく。

 その後ろ姿は憶えがあった。目に焼き付くような黒点。艷めいた黒色の長い髪は鮮烈に記憶の中に残っている。


「神薙……?」


「シッ。――勝負の邪魔をしたことは謝罪するわ。けれどあなたの戦い方に異議を申立したかったのよ。右も左も分からぬ魔術師に有無も言わさず攻撃を仕掛けるなんてどうかしてると思わない?」

「あ? 思わないねぇ。ハンデとして“インスタント”カードだけで戦ってただろ。魔獣カードも帝国カードも英雄カードも使っちゃいねえし」

「ハンデを付ければ初心者狩りをしていいルールでもあるまいし。恥を知りなさい、外道」

「そういうオタクはどうなんだ? 一対一の戦場に水を差してなんのお咎めも無しと思ってんのかよ」


 神薙が言葉を詰まらせる。そのことに対しての明確な答えを持ち合わせていないのだろう。長い黒髪を手の平でたっぷりと撫でると払うようにした。黒河のような髪がふわりと扇状に動作して流れる。


「そうね、いいわ。“one-to-one”を解除して無制限マッチにしましょう。ただしペナルティとしてこちらは私と彼だけというルールで」

「え? そ。ちょっと待てって!」


 慌てて空汰が静止を促す。だが少女はこちらを振り返ることもなく目の前の男だけを捉えている。


「へぇ。よくもまあ……。セカンダリデッキで本気も出せないから負けても仕方が無いって言い訳があるからかねえ」

「心配はご無用よ。それを理由に敗北を撤回することはないわ」

「よっしゃ。無敗の龍騎姫に土の味を味わわせるというのも悪くねぇ。いいだろ、俺の仲間二人ほど連れてくるぜ」


 ククク、と心底いやらしい笑いを浮かべながら男が神薙の表情を眺めた。それでも表情1つ変えず、事務的な返答を返す。


「了承するわ。ただし――少しだけ時間をいただけるかしら」


 チラリと空汰のほうを一瞥して龍騎姫と呼ばれる少女はそうお願いをした。


「ああ、構わんぜ。俺にも準備時間が必要だしな」

「ありがとう」


 そういって無駄のない動きで相手に背中を向けると空汰のほうへと歩み寄ってきた。

 いまだ片膝のままでいる空汰をつり上がった瞳で見下ろすとゆっくりとしゃがみ込んで同じ目線になった。


「か、神薙……?」

「……まったく、面倒なことをしてくれたわね」


 言葉に対して答えは返らない。そのかわりとして悪態を溢してくる。


「わ、わるいっ。俺のためにこんな無茶なデスマッチみたいなのやらせる羽目になって」

「別にいいの。ただ素人を嬲り殺しにするような魔術師を放任しておけなかったの」


 本当になんでもないような口調はあの少女を想起させる。そもそも目の前の少女も現実にいた彼女そのものだ。ただ違うところがあるとすれば……


「なに?」

「え?」

「人のことをそう値踏みするように見るものではなくてよ」

「ああ、すまん」


 ピコッと耳が揺れた。いや、想像するような耳ではなく頭部に添えつけられたネコミミのようなものが、だ。よく見れば臀部あたりに揺れる尻尾のようなものがある。つまりはそういうことなだろう。ただ空汰にしてみれば彼女のイメージよりもひどく俗っぽい印象を帯びていた。


「じゃあ、エリアを飛ぶわよ」

「え? あ、おう」

「“光翼族の羽飾りエアリスフェザー”」


 ブックを開くと少女がカードを選択する。シュボッと燃えて形を喪うカードと共に少女が柔らかい声を漏す。空汰の腕をギュッと掴むと耳元で「飛ぶわよ」と囁いた。

 少女が命じるや否や、景色が引き伸ばされたようになる。まるで弾性のある写真を上下から引っ張ったような情景。気がつくと空汰は一瞬で空に浮かび上がっていた。


「あ、おわあああああっ」

「大丈夫よ。魔法による落下ダメージは無効化されるから」


 バタバタとふき上げる風に少女の漆黒の黒髪が舞い踊る。黒髪が空汰の顔をくすぐるように這い回るとどうにもむずがゆい感覚が込み上げてくる。黒髪からわずかだが少女の香りをも感じ取れたような気がして空汰は一瞬だけ不覚に陥った。ただその感情が発露しきってしまうよりも速く飛び上がった身体は再び目的地の真下へと辿り着くと急降下を始めた。


 今度は驚きの声を漏らさない。少女の前で怯える姿を見せたくなかったという気概だけでしかないが歯の根を噛み締めて落下する衝撃に耐え忍ぶ。鋭い衝撃が身体を揺さぶるが痛みはないと知っていればそれ程でもない。大地を引き摺るように着地すると少女は空汰の手をそっと離した。


 ぴこっ。


「到着よ。お疲れ様」


 まるで何事も無かったかのように平然と漏らす。痛みはないとはいえ上空高くへと身体が飛び上がり墜落するという経験はしたことがない。当然のことながら精神が擦り切れそうになって渋面のままで少女を見た。


「ここならいいだろ。神薙」

「ログは残るけれど……どうせ閲覧者ファントムは名前を知っているから構わないわ。そういうあなたは風原くんね」

「ああ」


 先程の砂漠地帯を抜けたのか景色が森林地帯になっている。遠くまで見通そうとするがどこまでも木々が直立しており、先を覗うことはできない。鬱蒼と茂る地形は確かに時間稼ぎをするには適しているのだろうと思った。

 だが今はそれだけじゃない、この少女に聞かなければならないことが沢山あるのだ。


「神薙。ここはどういう世界なんだよ。どうしてこんなことになってんだ」

「あなたはある程度判ってるのではなくて。ここはLOMの世界。そしてここは“エンダー”と言われる魔術師たちのフィールドよ」

「やっぱり、そうなのか。じゃあ俺も魔術師ってわけか」

「そう。あなたもカードを手にした時から魔術師としての権利を手にしていたわ。そしてあの席に座った瞬間、あなたは魔術師になった」


 大地エンダーに手を付いてみて、撫でる。やはり土の感触は現実とまったく同じだ。気持ちが落ち着き始めると先ほどまでの無惨な戦い振りを思い出して五指に力が篭もった。

 どうしてだろうか、勝ちたいと。そんな心境になっていることを空汰自身が戸惑った。


「どうすりゃ勝てる。確かにルールを把握してなかった俺も俺だけど手持ちのカードじゃ勝てる気がしない」

「それは巡りと相性次第だろうけれど。確かに既知のカードばかりのデッキだと相手に勝つのは難しいわね」


 言い難いことをあっさり結論付けるとしなやかな指先が髪を弾いた。


 ぴこっ。


「いい? あなたは世界中の魔術師が最も乱用したオープンソースのデッキを使用してるの」

「……? どういうことだ」

「あなたのデッキ。“スターター”でしょう」


 空汰はブックを喚び出すと自分のデッキリストを確認する。


「まてよ、なんでスターターデッキだって神薙はわかるんだ。俺は教えてないし見せた覚えもないぞ」


 そもそも先程、開けたばかりだし朋美より貰ったばかりだ。どう考えても神薙がその情報を知り得る理由がない。神薙は呆れるような吐息を漏らすとブックを指さす。


「風原くん。さっき“ワイナリーウィップ”を使ったでしょう」

「ああうん。使ったけど」

「あのカードはLOMの中では最も効果の薄いカードとして有名なの。多少攻撃力が高いから初心者が使用しがちだけれど」

「え? マジで?」


 半眼の眼光で俺を見つめる神薙は自分の開いたブックからカードを抜き出すようにすると俺の方へオープンする。


 “冥界王の大鎌” 攻撃力150 防御効果 400 特『配置モンスターに関係なく魔術師にダメージを与える。ただし防護効果を抜けなければ攻撃は通らない』


「……うん」


 いまいちピンと来なくて生返事になってしまうと神薙は地面に長方形を刻んだ。


「ワイナリーウィップはさすがに用意していないから図説にするけれど」


 “ワイナリーウィップ” 攻撃力700 防御効果50 特「無し」


「“インスタント”でこの攻撃力を叩き出せるのは確かに魅力的だけど問題なのは防御効果ね。このくらいの防護だと“間に合わせの防護”くらいのカードは持っておくべきだわ」

「ああ、なるほど……」

「“インスタント”は“常駐”と“瞬間”の二種類に分かれているの。一方はRPGにおける装備のようなものだと理解してくれたいいわ。“瞬間”はさっきヴェクタ―が使っていた火球なんかがその類ね」

「ああ、なるほど常駐は手札の5スロットの一つを専有するけど効果が持続してくれるわけか」

「重ねがけも出来るからそれなりに強力ね。最大四枚組にすればモンスターに勝てるくらいの強化も可能だし」

「そっか。手持ちを占拠するけど強化できるわけか」

「大体の魔術師は二枚常駐が基本かしら。人にも寄るだろうけど。ただし勘違いしてはいけないわよ」

「ん? どういうことだ」

「常駐は自己強化出来るけれどその分、戦略の幅を狭めることを覚えておいてちょうだい」


 そこまでいうと今度は手持ちのモンスターカードを空汰の前に提示する。


 タイラントゴーレム コスト2 攻撃力 1500 防御力 2500 魔獣


「……ああ、そうか。どんなに自己強化しようと“モンスター”を出したほうが手っ取り早く火力が出るってことか」

「そうね。そして自分の盾になる兵隊になるわけなのだから出しておかないわけないでしょう。今のLOMの主流は“自己防御重視”“モンスター火力”のデッキが隆盛しているわね」


 間違いなくそれが必勝の方法だと空汰も理解する。ゲームの性質上、それ以上の戦略はない。


「なるほど、なんとなく分かったよ」

「駆け足だったけど今、あなたに教えられるのはこれくらい。ごめんなさい」

「なに言ってんだよ。助けてくれただろ、こんな無茶な条件まで飲んでさ。それだけでも十分なのにこんなことまで教えてくれて感謝してもしきれないさ」


 ぴこっ。

 先ほどから弾むように耳が揺れている。理由はわからないがそれを見て空汰はちょっとだけ可愛いなとか思ってしまった。

 彼女が立ち上がるとブックのほうを見た。


「そろそろ時間だわ。相手は三人。風原くん、戦える?」


 漆黒の瞳が空汰の心の奥を射ぬいた。まるで手伝ってほしいと訴えかけているように錯覚してしまうとブックを見て一度デッキをシャッフルした。不思議なことに彼女とならやれそうな気がした。


「あ、ああ、行こうぜ。乗りかかった船だし。負けっぱなしっていうのは気に入らない」


 一つの決意を発すると空汰の意志に火がつく。


 ぴこっ。

 少女の耳がひときわに大きく揺れた気がした。





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