第一話 【覚醒】 1
熱砂の中心を一筋の閃光が切り裂いた。
唸りをあげる閃光は目を覆うばかりの砂嵐を突き進むと立ちはだかる巨人の胸を貫いた。
ズドムッと爽快な音が響くと巨人の胸部に大きな風穴が開ける。バターをナイフで抉り取ったような胸部を見咎めることもなく巨人の膝が折れて転倒した。
「“熱光破”……?」
呟く声は砂嵐の効果に掻き消される。
それはいい。人知れず漏らした言葉を敵に聞かれないというのは助かるからだ。
“熱光破”が放たれたであろう地点に目を凝らすが人影らしき姿はない。
砂嵐に潜伏しての隠密行動だろう。
確かに巨人は倒された。自身の知り得る限りであれば“熱光破”に間違いない。
クスリ、と笑みが漏れた。
その笑みは自嘲と嗜虐の両端を浮かべている。
誰が知り得るだろうか。
飛来した光刃が巨人より遥かに小さな人間から放たれたという事実を。
撃破された“モンスター”は音もなくゼロへと還元されていく。
風に溶けるように“概念”が解けていくとやがて形を喪う。
「あら、叙事詩の巨人を一撃で葬りさる火力なんて」
少女が再度呟く。
巨人が倒れた衝撃が少女の身体を嘗めるように吹き荒ぶと深くまで被ったフードを巻き上げた。ぴこっ、と揺れる黒いネコミミ、共に艶を帯びた黒髪が大気に放たれ激しく舞い踊る。
それはどこまでも続く砂漠という不毛の黄土に落ちた黒点。美しき無彩色。乱れ狂う黒絹のような髪を煩わしく感じると少女は掌で払った。
跳ねた黒髪より出でた顔はまるで人形と見紛うほど美しい。吊り上がる目尻に強い意志を宿した瞳は炎を灯している。それは煮えたぎるような闘争心を放つ鈍色の瞳。キュッと結ばれた果実のような唇と合わさって少女の美貌をより鮮明なものへとしていた。
巨人が撃破された。それは守護が一つ陥落したことに繋がる。
ただ言葉ほど少女の表情に驚きは無い。むしろやられて当然程度の見積りで挑んでいることがその表情から窺えた。
少女が両手を左右に開くと高らかに宣言する。
「近衛のモンスターは私を中心に防護。狙撃に対応」
砂嵐の効果に阻まれてよく見えなかったモンスター三体が姿を現す。
「“叫声龍 ラアルドラゴン” “溶熱龍 テトラドラゴン” “魔皇龍 ドラゴマイザー” を配置」
どれも破格を誇る龍族。“一匹で三大陸を蹂躙出来る”と云われる神龍クラスのモンスターだ。それらを従えているという事実は少女の力量がどれほど凄まじいのかを知る一端になるだろう。
巨大な龍は少女に傅くように彼女の身辺を防護する。龍の大きさが余計に少女の小兵さを際立たせていた。
獰猛な龍も少女の指示を待つように歯列を鳴らしながら獲物がかかるのを待ちわびる。
絶対的な立場を見せつけるように少女が一言漏らした。
「この陣は一度足りとも敗れたことは無い。無敗、不敗、常勝。あなたが神代兵器を持っていると言えど破られることはないわよ “ソラタくん”」
少女の瞳は一点を見つめている。それは自らが倒すべき敵の姿を捕捉するため。
砂嵐の内側に自分が倒すべき敵の姿を感じ取っているのだ。
僅かな空気の揺らぎを見取る。
刹那、風が爆ぜた。
その気配は遥か後方。だがそちらを見咎める必要もない。
「“溶熱龍 テトラドラゴン”! 敵を撃ち抜きなさい」
少女の声が号令の如く高らかに唱えられると、僅かなタイムラグの最速動作で命令地点を撃ち抜いた。
その間は0コンマの世界。龍が息を吸い込んだと思うとレーザーめいた熱線をまき散らした。
それは熱砂の大地を蹂躙し、強力すぎる熱波によって砂漠の砂を擂り鉢状のガラスに変貌させていく。
“決定打ね”
少女は動かぬ勝利を確信し目を閉じた。
テトラドラゴンの吐息をよしんば免れたとしても、あとこちらには2龍の行動が控えている。
“城砦獣”では間に合わない。“間に合わせの防護”では二連撃は駕げない。
「終わりよ。“ソラタくん”。ここで引導を渡してあげるわ―――!」
高らかに美姫が宣言すると龍たちも呼応する。
ウォークライ、ウォークライ、ウォークライ!
その時、熱波が爆ぜた。
先ほどの再現か。迷わずに少女が追撃の砲火を向ける。
同時に放たれる音波業火と光束蹂躙。左右より解放されし暴力がより一層大地の形を削り変えていく。
だが、
少女は己が目を疑う。
三頭の吐息を受け止めながら二の足で立ちはだかる人影がある、と。
護衛獣の吐息を喰らって落ちなかった者など一人としていない。
それはどんな敵であろうと護衛獣の前に立つことは必然として敗北へと繋がるからだ。
熱波の中心にある人影がユラリ、とかざすと三頭分の火力すらも容易にはじき飛ばしてしまった。
爆ぜた熱波が火の粉となり舞い散って思わず手で顔を守る。
腕の隙間から少女は見た。
そして捉えた実像に戦慄した。
“宝具……!”
その手に握られているのは見紛う事無き“宝具”。
魔道師のみに与えられし百騎を葬るための武具。
一撃逆転の可能性を帯びた神撃の手札だ。
とはいえ少女とて百戦錬磨の手練。幾多の戦いを重ねて宝具の特性を知り尽くしている。
故に場当たりの“宝具”など恐るるに足らず。と、そのように唾棄にしてやるところだ。
そう。いつもの少女であれば目前で展開した“宝具”などに負ける理由がない。
“女王は苦し紛れの特攻などに膝を屈する”ことなど有り得ない。
それが自らの戒めであり、たった1つの守るべき矜恃でもある。
だからこそ宝具の展開などで後退することは赦されないのだ。
だがあれは違う、あれは違っている。違ってしまっているのだ。
赤熱の朱。炎という概念が形になったモノ。
鋭き紅鉄の槍具。
一目にて知見する。あれは炎という概念を真似た“滅ぼす意味を持つ神器の類”だと。
その手にした槍を振りかざすだけでガラス状に広がった砂漠が溶解した。
そこでようやく、揺らめく陽炎の中から初めて男の姿を捉えることが出来た。
同じく魔術師であるローブを纏った少年。片手に槍を構えたまま少女の姿をしっかりと眼に収めている。
「“アナ”。決着を着けよう」
沸き上がる熱風の淵より宣言する声ぞあり。
少年の瞳も少女と同じく我敵を倒そうという意志を滾らせている。
少女もその意志に呼応するように、
「いいわ、三頭龍の真域をその身に刻み込んであげる“ソラタ”」
相克する2つの意志が不毛の砂漠に嵐を呼ぶ。
巻き上がる砂飛礫を払いもせず視線が絡み合う。槍を一度クルリと回転させて低く構えると獣のような鋭い視線で少女を射貫いた。
「いくぞ! 疾駆けろ神技“破戒者の神槍―――ッッ!!”」
砂塵を跳ね上げての突進。
壁の如く巻き上がる砂がスローモーションのように流れると次の瞬間には弾丸のような速度で少年の身体が風となる。
その加速は目では捉えられない。人の足で作り出せるスピードを遙かに凌駕している。またたく暇すら与えない、その間に少年の槍が少女に必殺の一撃を見舞うだろう。
だが少女は微動だにしない。むしろ迎え撃つように両手を目前に拡げた。
「来なさい。ここで因果の根を断ち切ってあげる。神戟“万物の始祖にして終末の王”」
突き出した両手と言語より隠蔽されし必殺の宝具が解放される。
光が満つる。宝具の正体は光に紛れて窺えない。
だが少年は光の中を突き進むように疾走する。
「……ウオオォォォォォォォォォォォォォッッ―――!!」
少年の口より溢れ出す雄叫! 赤光は光を切り裂き少女の元へと突き進む。
結末は如何なるものか?
それを見取る事もなく、溢れ散る光がより一層に膨れあがると砂漠の大地を完全に消し飛ばしてしまった。
“そこで僕の意識は急速に途切れてしまった”