第二話:医者と警察と星
アイデアとか書き溜めておくと楽なんですよね
気が付くと私は病院のベッドに横たわっていた。
天井を見ただけで村の外にある公立病院だと判った。
一度だけ、ここに入院した事があった。
小学五年生の頃、学校の階段で足を滑らせて転覆。
夕が泣きながら先生を呼び、そのままこの病院に搬送された。
退院まで二週間程かかった。
その時も夕が祖母を連れて、毎日見舞いに来てくれていた。
思い出に耽る。
しかし、あの日の事を思い出し、私の心はすぐに恐怖と絶望で満たされる。
あの時の気持ちの悪さが鮮明に蘇る。
また強烈な吐き気に襲われたものの、胃の中にはもう何もなく、ただ嗚咽が出るだけだった。
気が付けば、私の横にあの刀が置かれていた。
ゆっくりと手を伸ばして、柄を握ろうとする。
眩暈がして刀の輪郭が判らなくなっていく。
無作為に手を伸ばし、見えない何かを握りしめる。
と同時に、ピンポーンという軽い音が鳴り、続けて女性の声が聞こえた。
「殿本さんですか?目を覚まされたんですね、今先生をお連れします」
よく見ると伸ばした右手にはオレンジ色のスイッチのようなものがあった。
二十秒程で女性の看護師と男性の医者が入ってきた。
私はまだ気持ちが悪いまま、嗚咽を吐き続ける。
「もう大丈夫だからね殿本さん、落ち着いてゆっくり呼吸してみよっか」
医者は私の近くまで来て、手を握り、私の顔を覗き込む。
「上之さん、お水と桶持ってきて」
上之という看護師が医者の指示した物を持ってくる。
だが、上之が戻ってきた頃にはもう、私は落ち着きを取り戻していた。
「ありがと上之さん、そこの机に置いといて」
上之は言われた場所に桶とコップ一杯の水を置く。
「じゃあ殿本さん、取り敢えずお母さんが来るまではまだ安静にしててください、何か用がある場合はまたナースコールを鳴らしてください」
返事をしたかったが声が出ない。
「ああ無理しないで、稀に大きなショックを受けると一時的に声が出せなくなる事があるんだ」
仕方なく、小さく頷いた。
医者は少し微笑んでいる。
まるで小さな子供を諭すように。
「じゃあ、僕はこれで…」
医者が立ち上がった瞬間、扉を数回叩く音が聞こえた。
「…どうぞ」
不思議そうに医者が声を掛けるとスーツを着た男二人が入ってきた。
「失礼する、私は松甲斐という者だ、先日君が通っている高校で起きた事件について、知っていることがあれば教えてもらおう」
松甲斐は胸ポケットか警察手帳を取り出し、私達に見せる。
「…あの、お言葉ですが、殿本さんはつい先程意識を取り戻しました。まだ状況を理解していない彼女に何を聞くと言うんです?」
医者は怒っているようにも見えた。
「夜伊先生、貴方は業務に戻ってもらって結構、用があるのは殿本遥華ただ一人だ」
緊迫した空気が流れる。
胎を刺すような松甲斐の視線に、私と上之は硬直していた。
「患者さんのメンタルケアをするのも医者の業務なんですよ、すみませんがもう少し彼女が回復してからにしてもらえませんか?」
夜伊は冷汗をかき、松甲斐を見つめる。
少しの沈黙の末、先に松甲斐が口を開く。
「…今日の所は引き返す、だが明日必ず聞かせてもらう」
松甲斐は私を睨み、続ける。
「殿本遥華、お前は必ずあの時の光景を見ている筈だ、あんなふざけた事件なんざ俺達警察が必ず犯人を見つけてやる…布藤行くぞ」
松甲斐はそう言い残し、布藤と呼んでいた部下と思われるもう一人の男を呼んで、病室を出ていく。
呼ばれた布藤はモタモタしていた。
「…なんかそのぉ、すいませんした」
「おい何してんだ!早く来い!」
「はッ、はいぃ!」
松甲斐の怒号が聞こえ、布藤が一度頭を下げて慌てて松甲斐を追いかける。
数秒して、夜伊が深い溜息を吐いた。
「…殿本さんごめんね、本当なら殿本さんが完全に回復するまで待ってもらうんだけど」
申し訳なさそうにする夜伊を見て、私も気が抜けたのを感じた。
「…取り敢えず、そういう事だから、今日の所はゆっくり休んで」
夜伊はまた笑い、上之と共に病室を後にする。
なんだか、ドッと疲れが出た気がした。
まるで今見ていたもの全てが夢のようで、いっその事、全てが夢だったらと嘆いた。
そうもしていると、一時間もしないうちに祖母が見舞いにきた。
祖母はいつも通りで少しホッとした。
「怪我は無いって聞いてたけど、大丈夫かい?」
「…うん」
時間が経って落ち着いたからか、多くは喋れないが、少しの会話くらいなら出来るようになっていた。
「そうかい、でも今は寝てな、今日は夏未は来れないって言ってたから、明日に備えてゆっくり休むんだよ」
母はきっと今日も残業なのだろうと思う。
祖母は私の着替えと携帯を机に置くと、私の頭を数回撫でて帰っていった。
窓の外は、既に暗く濁って、労働の灯りに照らされていた。
病院内も消灯時間となり、目を閉じればそこに光は無い。
眠れるはずも無く、呆然と天井を眺めていると、病室の扉を優しく叩く音が聞こえた。
消灯時間は過ぎている為、普通の面会者ではない。
返事に悩んでいればゆっくりと扉が開かれる。
「あ、ごめんね…起こしちゃった?」
目の前には白衣を脱ぎ、白いシャツ姿の夜伊がいた。
「…元々起きてました、なんか寝付けなくて」
あんな事が起きて睡魔など訪れる訳も無い。
「…そっか、体の具合はどう?」
「随分と良くなりました、ありがとうございます」
ベッドの上で小さく会釈をする。
「傷付いてる人を癒すのが医者の仕事だからね」
夜伊はまた優しく笑い、何かが閃いたようで目を輝かせる。
「…あ、そうだ!…殿本さん、少し歩ける?」
そう言われて、夜伊は私に手を差し伸べる。
戸惑きながらも夜伊の手を取り、ベッドから立ち上がると、夜伊はエスコートを始めた。
夜の病院はホラー作品等でよく使われる事があるが、実際は消灯時間を過ぎても少しの灯りがある為か、恐怖感は無い。
静寂に耐えきれなかったのか、夜伊が口を開いた。
「…ニュースで見たよ…同級生の皆が亡くなったって」
気を遣っているのか、私の顔を伺っているようだった。
返す言葉が見つからない。
私が黙っていれば夜伊も深追いはしなかった。
暗がりの階段を慎重に上り、錆びれた扉を夜伊が開ける。
重たい金属音と共に、夜伊が声を上げる。
「ほら!こっちに来てみなよ!」
夜伊に言われるがままに扉を抜けると、特に代わり映えの無い病院の屋上だった。
「上を見てみなよ」
空に指を突き上げる夜伊を見て、視線を空に移す。
「…綺麗」
目に映るのは、青く鮮やかに輝く天の川銀河とそこに浮かぶ三日月。
あまりの美しさに声を失う。
「綺麗だろう…特定の日時にならないと見えないんだ」
まるで深海に月光が降り注ぎ、星という名の魚達が優雅に泳いでいるように感じた。
何もかも忘れて星を見ていた。
夕が死んだことも忘れて。
私が殺した人も忘れて。
でも結局は自分のアイデアに鳥肌が出てメモ捨てたりしてます




