第四章 影の支配者
鏡の事件の後、セレステは「狂気の魔女」として恐れられるようになった。
だが、同時にある者たちの間では「救世主候補」とも呼ばれるように。
「民衆は変化を望んでいる。王太子の弱さ、貴族の腐敗。彼らは新しい力を求めてる」
ルナスは地下の隠れ家──かつての魔導書庫を改造した作戦本部で、地図に印をつけていた。
「この五か月で、我々は三つの商会を傘下に。二つの魔法学院にスパイを配置。王宮の使用人の三割が、我々の情報を流している」
「でも……兵士はまだ手に入らないわ」
「軍は国王直属。だが将軍の一人、グレイブ大将は娘が病を患っている。治療薬を提供すれば、協力してくれるだろう」
「人を弱みで操るのは……好きじゃない……」
「感情は支配の邪魔だ。セレステ、お前はもはや『人間』として生きているわけではない。世界を動かす『存在』だ」
セレステはルナスの言葉に胸を締めつけられる。
かつての彼女は、ただのわがままな令嬢だった。
だがルナスと出会い、運命の存在を知り、世界の不条理に目覚めた。
──本当に正しいのは、誰なのだろう?
ある夜。
セレステはルナスに尋ねた。
「ルナス。あなたは本当に世界を支配したいの? それとも……ただ、前世の無力さを乗り越えたいだけ?」
ルナスは一瞬黙る。
「……俺は死ぬ間際、会社のリストラで路頭に迷っていた。家族も友人もいなかった。何も守れなかったし、誰も守ってはくれなかった」
ルナスの目の奥には、深い悲しみと悔しさが宿っていた。
「だから今度は──絶対に何も失いたくない。俺が世界の頂点に立てば、誰も俺を傷つけられない。そして、お前も俺も永遠に安全だ」
セレステはその言葉に、ルナスも、ただの「支配者」ではなく「守りたいもの」があるのだと気づく。
「なら……世界を壊すんじゃなくて変えるのよ。悪役令嬢じゃなくて、新しい物語の主役になるの。あなたと、私で」
ルナスはその金色の瞳で彼女を見つめた。
「……お前らしいな」
そして初めて、ルナスの口が小さく笑ったように見えた。