第三章 反乱の序曲
春が過ぎ、夏が訪れた。
宮廷では王太子の「成人式」が行われることになっていた。
その儀式では、未来の王とての資質を示す「運命の鏡」が使われるという。
「運命の鏡……か」
ルナスは資料を前に眉をひそめた。
「伝説によれば鏡は『真の運命』を映すという。だが、それは『既存の物語』に従う。つまり主人公が栄え、悪役が滅ぶ──という流れを強化する装置だ」
「じゃあ王太子が『正義の王』として映れば、彼の立場は不動になるわ」
「だから鏡を壊す必要がある。いや、操るんだ」
ルナスの計画は大胆だった。
鏡に映る未来を、セレステが「救世主」として映るように仕向ける。
そのためには鏡に「魔力の共鳴」を起こす必要があった。
「セレステ、お前は『古代魔法』の血筋を持っている。デ・ヴェルト家の秘伝書に書いてある、失われた呪文を唱えれば、鏡に干渉できる」
「でもそれを使えば、私は魔法使いとして注目されるわ。悪役令嬢のふりが崩れる?」
「いいや。むしろ『突然魔力が覚醒した狂気の令嬢』という印象を与える。人々は力を得た者が堕ちていくのを、どこか悦ぶまものだ」
「わかった。儀式の日に私は『狂気の覚醒』を演じる。そして──鏡を操る」
当日。
壮麗な儀式の場。
王太子が鏡の前に立つが、映るのは「影だけ」。
──魔力が足りないため、未来が映らない
会場はざわつく。
「まさか、王太子に資格がないと?」
その時、セレステが前に出た。
「ああ、可哀想な王太子殿下。未来すら見せられないなんて……でも私なら見せてあげられるわ」
彼女は古代語の呪文を唱えた。
すると空気が震え、鏡が赤く光る。
そして──鏡に映ったのは燃える王都と、黒い猫を肩にのせたセレステが王座に座る姿だった。
「これは……救世主か? それとも……破壊者?」
誰もが凍りつく。
王太子は青ざめ、宰相は眉をひそめた。
だがルナスは、セレステの心の中で笑っていた。
『完璧だ。人々は未来を信じる。そして、信じた未来を自らの手で実現しようとする』