第二章 猫の知恵と令嬢の演技
ルナスの能力は尋常ではなかった。
彼は魔法の知識を完璧に理解し、セレステに教え込む。
さらに宮廷内の噂話、貴族間の不和、王太子の弱点──すべてを猫という立場を利用して集めていた。
「王太子は実は魔法が弱い。非公開にしてはいるが、魔力感知の儀式で第三階級程度の力しか持たない」
「じゃあ、将来的に軍事的な権力が王太子派に傾くことはないわね」
「その通り。だが宰相の娘、ミランダ・クラウンは魔力感知で特級。しかも、王太子に好意を持っている。彼女が王妃になれば、宰相家が実質的に国を動かす」
「……つまり、ミランダを潰せば王太子派は内部分裂する?」
「いや。それだと逆に警戒される。むしろ彼女を『味方』に見せかけ、内部から腐らせる」
ルナスの戦略は陰湿で緻密だった。
セレステは表面上はミランダを「ライバル」として攻撃するふりをし、一方で密かに彼女の悩み──王族へのプレッシャーや孤独──に共感を示す手紙を送り始める。
「人間は敵より『理解してくれる味方』に心を開く。特に孤独な者ほどな」
そして三週間後。
ミランダはセレステに「実は、王太子との婚約に不安がある」と打ち明けた。
「……あなた、意外とわかりあえるわ」
「ええ。私も貴族の義務に縛られて……本当の自分を出せないの」
その会話のすべてはセレステの部屋に隠された「魔力記録水晶」によって記録され、ルナスが分析している。
「完璧だ。ミランダは王太子の弱点──魔力の低さを知っている。それを将来的に『告発』する材料にできる」
「でも、そんなことをしたらミランダが危ないわ」
「心配するな。彼女はすでに我々の『共犯者』だ。一度秘密を共有すれば、もう戻れない。人間の心理だ」
セレステは少し複雑な気持ちになった。
ミランダは悪くない。
ただ、運命に踊らされているだけ。
だが──
「私たちも同じよ。運命から逃れるために、他人を操る」
「そう。だが、それが世界を変える唯一の方法だ」