表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の猫  作者:
1/6

第一章 黒猫と悪役令嬢の契約


 帝国暦三七二年、春。

 貴族社会の中心、エレドリア王都は、桜の花びらに包まれている。

 その中でも特に目立つのは、黒い絨毯を敷き詰めたような庭園を持つ「デ・ヴェルト侯爵家」の屋敷だった。

 屋敷の主である齢十六歳の令嬢、セレステ・デ・ヴェルトは、今日もまた悪役令嬢としての役割を完璧に演じていた。


「ふふん、平民どもめ。王太子殿下に近づくなど、虫けらが太陽に手を伸ばすようなものよ!」


 彼女の言葉に周囲の使用人たちが震え上がる。

 王太子の婚約者候補である平民の少女を陥れ、彼女のドレスに魔法の染料を垂らして派手に変色させる──そんな悪行を繰り返すセレステは、宮廷の誰もが「悪役令嬢」として恐れる存在だった。


 だが、誰も気づいていない。

 ──彼女の部屋の片隅にいる、黒い猫の存在に。


 その猫は漆黒の毛並みに金色の瞳を持ち、いつもどこか見下すような視線を人間達に向けていた。

 名前はルナス。

 セレステが半年前に異国の商人から「魔力を持つ猫」として購入したのだ。


「今日もよくやったな、セレステ」


 その夜、部屋の扉が閉じられ使用人が去った後──ルナスが人語でセレステに話しかける。


「王太子の婚約者候補を追い詰める時なんて、完璧なタイミングだった。あの娘、次に何かやらかせば王太子も庇いきれないだろう」


 セレステは悪役令嬢の仮面を外し、ふっと笑った。


「ありがとう、ルナス。でも、もう少し派手にやるべきだったかしら? 『狂気の貴族令嬢』というイメージをもっと強固にしないと」

「いや、ちょうどいい。急激な悪化は逆に疑われる。徐々に、確実に社会的信用を失わせるのがベストだ」


 ルナスは窓辺に座り、月を見上げる。

 その瞳にはどこか遠い記憶が浮かんでいた。


「……この世界も、あの時の地球に似ているな。貴族制度、魔法、そして運命に縛られた人々」

「ルナス? また前世のことを考えてるの?」

「ああ……」


 ルナスはかつて人間だった。

 日本と言う国の会社員をしていた。


「この世界で猫として生まれ変り……そして気づいた。この世界の『運命』というシステムに」

「運命……システム?」

「そう。この世界には『物語の流れ』がある。主人公がいて、悪役がいて、決まった結末がある。セレステ、お前は『悪役令嬢』としていずれ処刑され、あるいは追放される運命にいる」


 セレステの表情が一瞬凍る。


「……知ってるわ。最初に教えてくれたのは、あなたよ」

「だが、俺たちはそれを壊せる。俺が知っている知識──戦略、心理操作、情報戦。そして、お前の貴族としての立場。それを使えば、この世界の支配者になれる」

「……だから、私は悪役令嬢を演じてるのよね。誰もが私を嫌い、警戒する。その隙にあなたは情報を集め、裏で動く。そして──」

「我々はこの世界の『運命』を、自らの手で書き換える」


 二人──いや、一人と一匹の共犯関係はすでに半年前から始まっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ