第九話『金平糖のありか』
「……おかしいなあ」
その日の昼下がり、沖田さんは、自分の部屋の中で、何かを、探し回っていた。
文机の引き出しを開けては、閉め。枕の下に、手を突っ込み。自分の、着物の袖の中を、何度も、ぱたぱたと、叩いている。その様子は、まるで、大事な、宝物をなくしてしまった、子供のようだった。
私は、部屋の隅で、毛づくろいをしながら、その、どこか、間の抜けた光景を、眺めていた。
「どこへ、行っちゃったんだろう……」
彼は、とうとう、観念したのか、畳の上に、どっかりと、座り込んで、大きな、ため息をついた。
その、困り果てた、顔を見ていると、私の鼻が、くん、と、ある、懐かしい匂いを、捉えた。
それは、ひどく、微かで、けれど、確かに、この部屋の、どこかから、漂ってくる、甘い、甘い、砂糖の香り。
金平糖だ。
彼が、探しているのは、きっと、あれに違いない。
猫の、優れた嗅覚を、なめてもらっては、困る。
私は、すっくと、立ち上がると、匂いの、元を、探り始めた。
彼の、寝床の、周り。この辺りが、一番、匂いが強い。私は、鼻を、床につけるようにして、くんくんと、辺りを、嗅ぎ回った。
そして、見つけた。
匂いの元は、彼の、枕元の、すぐ近く。壁と、畳の、ほんの、僅かな、隙間の、奥から、している。
きっと、寝ている間にでも、懐から、転がり落ちて、こんな場所へ、入り込んでしまったのだろう。
私は、彼に、その場所を、知らせようと、彼の足元へ、駆け寄った。そして、「にゃあ、にゃあ(ここだよ、ここだよ)」と、精一杯、鳴いてみた。
けれど、彼は、私の、その、必死の訴えに、気づいてはくれない。
「どうしたんだい、トラ。お前も、一緒に、探してくれるのかい? でも、そこには、ないと思うけどなあ」
そう言って、私の頭を、のんきに、撫でるだけだった。
もどかしい。
これでは、埒が明かない。
私は、意を決すると、匂いの元である、畳の隙間の前まで、戻った。そして、その、一点を、前足の爪で、かり、かり、かり、と、引っ掻き始めた。
「こら、トラ。そんな所を、掻いちゃ、畳が、傷んでしまうだろう」
沖田さんが、呆れたように、言う。けれど、私は、やめない。
もっと、強く。もっと、しつこく。ここだよ、と、知らせるために、かり、かり、かり、かり、と、掻き続ける。
すると、沖田さんは、ようやく、私の、その、尋常ではない、行動の、意図を、察してくれたようだった。
「……ん? トラ、お前、もしかして……」
彼は、私の、隣に、膝をつくと、私が、示している、その、畳の縁を、半信半疑で、指で、持ち上げてみた。
めくれた、畳の下。その、板張りの床との、隙間に。
探していた、あの、小さな、桜色の、紙袋が、挟まっていた。
「……あった!」
沖田さんの顔が、ぱあっと、輝いた。
「す、すごいじゃないか、トラ! お前、どうして、ここだって、分かったんだ!」
彼は、そう言うと、私を、力一杯、抱き上げた。そして、その頬を、私の毛皮に、ぐりぐりと、押し付けてくる。
「ははは、お前は、日本一の、宝探し名人だな!」
その声は、心の底から、嬉しそうだった。
彼は、さっそく、紙袋の封を開けると、星屑のような、一粒を、口の中に、放り込む。そして、満足そうに、目を細めた。
その、あまりにも、幸せそうな、笑顔。
私は、彼の腕の中で、精一杯、胸を張って、ごろごろと、喉を鳴らした。
褒められる、というのは、いつだって、悪い気はしないものだ。たとえ、それが、人間相手でも、猫相手でも。
この日の、金平糖は、きっと、いつもよりも、ずっと、ずっと、甘く、感じられたに違いない。




