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4.窮鼠な聖女と猫系騎士

 絢華式(けんかしき)は例年通り織り上がっていて、儀式も滞りなく進んでいた。

 王宮の空に刻まれ、精霊達がその魔力を祝福に変えるためやってきた、までは良かった。

 そこに現れたのは、普段は現れるはずのない高位精霊。召喚や契約には膨大な魔力を使うし、そう簡単に人前に姿を現す存在ではない者達だった。

 慌てる司祭様達に向かって精霊達は「この魔力は誰の物か」と問うたらしい。

 式を織ったのは聖女様。彼女は、もちろん魔力も自分のものであると申告をした。

 精霊様は頷き、祝福を与えようと彼女に触れ――激怒したという。

 曰く。

(たばか)るな。私を喚んだ力はこんなものではない。この魔力の主でなければ、祝福は与えない」


「それからは大騒ぎさ。言葉を操るほどの高位精霊に聖女様が否定された。そんなことあってはならない。急遽、ヴィオラジア嬢は代役と言うことにされ、本来の主を探し回った結果が――キミだったって訳さ」

「ええ……」

「目を覚まし次第、キミは新しい聖女様として精霊達と契約する儀式を行ってもらうことになってるんだけど」

 クロム様はポンポンと布団の端を優しく叩き。

「もうしばらく、ゆっくりおやすみ」

 そう言って笑った。


 □ ■ □


 それから。

 私は新しく聖女として精霊達と契約を交わした。

 絢華式はあのまま空に刻まれたが、大部分が私の魔力で染まっていたらしく、私が契約者として精霊達の前に立った。式については今から書き換えもできない。現状維持だ。

 前任の聖女様は、儀式の日以来姿を見かけない。

 精霊達を欺くと、石にされて森の奥で苔むすまで捕らわれる、なんて話もあるけど、単純に家へ戻ったらしいと言う話も聞いた。真偽は置いとこう。


 私はと言うと。毎日楽しく絢華式の研究と織上げをやっている。

 過去の式に触れて、試行錯誤して。魔力を流して反応を見て。時には精霊達に助言をもらったり、記録にない式を教えてもらったりしてとても楽しい。研究職以上の天職がここにあった。

 そして。

「やあ。リエル様」

「っ! どうしていつも足音も扉の音も立てずに入ってこれるんですか!?」

「なんか癖でつい。そのままキミを抱きしめないだけ職務に忠実だって褒めてほしいなあ」

「あ、当たり前のことじゃないですか! 褒めませんっ!」

「はいはい。で、今日は一体何を読んでるの? なんかシンプルな式だね」

「これは、初代の式の構成を教えてもらったので解いているんです」

「へえ。――っと、そうだ。お茶の時間だから呼んで来てくれって言われたんだ」

 クロム様は引き続き聖女付きの護衛騎士として、研究に没頭しかける私を現実へ引っ張り戻しに来てくれるようになった。あの日、私を助けたことが功績となって、護衛騎士の中でも私に最も近い役職に任命されたらしい。

「ああ、もうそんな時間でしたか」

 呼びに来てくれたと言うことは、と時計を見ると、お茶の時間までもう少しだった。折角温かく淹れてくれるのを待たせてはいけない。急いで広げた式と本を片付ける。

 扉に向かうと、行く手を阻むように手が差し出される。足を止めると、その手は私の肩を捉え、抱き寄せる。

「わ、あ。あの!?」

「嫌なの? 嫌なら止めるけど」

「…………いやじゃ、ない、です」

「あはは、素直でよろしい」

 そう言って、嬉しそうに抱きしめられる。力は強いけど、痛くはない。

 温かくて心地良いけど、いつまで経ってもこの突然のふれあいは慣れない。いや、突然じゃなくてもドキドキしていけない。

 ちらっと見上げると、オレンジの瞳がにこりと笑った。この笑顔に私はすごく弱い。目をそらすように俯くと、空いた手が髪を掬って毛先を揺らした。

「髪の色。戻らないね」

 その声は小さく、この距離じゃないときっと聞こえないほど。

「ああ……まあ。これはしょうがない、ですよ」

 枯渇しかけた魔力は回復したけど、抜け落ちた色は戻らなかった。

 鈍い灰色だった私の髪は、今はすっかり淡い銀色になっている。ミイラになりかけたのだから、髪の色だけで済んで良かったと思っている。

「そうだね。以前は忠誠を誓う(つるぎ)のようで好きだったんだけど……」

 私は気にしてないからいいんだと思ってるし、伝えるようにはしているけど。

 最近はそれより先に。

「今の色も、透き通った冬の日差しのようだ」

 こうだ。正直恥ずかしい。

 クロム様は私の髪を見ると、時々色について褒めてくれる。どっちの色も好きだというのは本当なのだろう。言葉がストレートで、甘くて、この恥ずかしさにはいつまで経っても慣れない。

 けど。あの日、私の髪を見て呟いた後悔を知ってるから。

「前より聖女らしい色になりましたよ」

 私は素直に受け取るしかない。私だって、今の色が嫌いなわけじゃない。

「ふふ、そうやって素直な反応してくれるのもいいなあ」

「……っ、クロム様! 近い、近いです!」

「良いじゃないか。二人きりなんだしもうちょっとくらい」

「だめです! 上で人が待ってるんでしょう!?」

 ぐぐぐと肩を押すと、彼はあははと笑いながら解放してくれた。

 そのまま戸を開けて、どうぞと促してくれる。

「それじゃあ、後でデート(散歩)に行こう」

「えっ。いや。夕方のお勤めもありますし、式の解読……」

「昼食も取らずに部屋に籠もってるって聞いたけど?」

「うっ」

 まったく、とクロム様は笑う。

「研究熱心なのも結構だし、それを眺め、いや、見守るのも良いんだけどね。適度に身体を動かすのも大事だよ」

「そうですけど……」

「お菓子を包んでもらって少し歩くだけさ。一人で出歩く訳じゃない。護衛()もちゃんといるから、また道に迷って怪我することもないよ」

「……」

 気を抜くとすぐこうだ。

 私はきっと、この人の猫のような柔軟な言葉からは逃げられないのだ。

 仕方ない。と溜め息をつく。その中に少しだけ笑みが混ざってるのは見なかったことにして。

「……分かりました。少しだけですからね」

 散歩を承諾して、お茶へと向かうのだった。

そんなわけで、聖女と護衛騎士になってますます逃げ場がなくなるリエルと、その立場を全力で利用していくクロム。二人は仲良くこの生活を謳歌するのでしょう。


楽しんでもらえたら、ポイントなど付けていただけると嬉しいです。

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