第7話 「だってその方が面白いじゃないですか」
「それでは駆け出し冒険者のお二人に向けてギルドからのサポートを説明させていただきますね」
受付嬢はコホンと咳払いをする。
「多分あなた方も知っていると思うのですが、この街は魔族支配領域から遠く離れた場所にあるため基本的に出現する魔物が弱く、死亡率は数ある冒険者ギルド支部の中でダントツ少ないという実績があります。しかしながらそれでも稀に亡くなってしまう方が居られますので、ギルドからは慣例として先輩冒険者の方を教師として一ヶ月ほど付けさせていただいております。一ヶ月間の訓練で最低限の知識と実力をつけてもらうということですね。
その後はその方とパーティーを組んでもらってもいいですし、他の方とパーティを組んでいただいても構いません。ただ、ソロで活動していただくのはお勧めできません」
「なるほど、それはありがたい。それで、その先輩冒険者はどこにいるんだ?」
「君の後ろだーよ?」
「ハッ、俺の背後に立つんじゃねえッ!」
突如として背筋をゾックっとさせるような声が発せられた方を振り返ってみるとそこには銀髪の女が立っていた。身長150cm前半、海のような澄んだ碧眼、腰に携えたアーミングソード。そして頭に生えた猫耳と腰の尻尾。歴戦の冒険者というには覇気が足りないこの風貌。間違いねえ、こいつは、、、
「やあ君たち。ボクの名前はミラーゼ、職業は《剣士》。これでも勇者の師匠をやってたすごい人なんだよっ!」
うむ、その言葉を聞いて確信した。彼女は消化酵素三銃士と呼ばれたミラーゼ、ロゼ、リゼ三姉妹の中の長女的なポジションのミラーゼ本人だッ! そして未来の勇者のハーレム構成員でもある。やべえ、勇者にあったら出会い頭に殴らないと気が済みそうにないわ。
「アウアウアッア、ギルド嬢からミラーゼさんにも会えるなんて。俺今日死んでもいいかも」
「あれそこの金髪くん、ボクのこと知ってるの? いやぁ、異国からきた人にも名前を知られているだなんて、ボクの名も売れたものだね。アッハッハ!」
「あっはいそうっすね」
何というかどの方面で人気、というか有名だったかは言わんでおこう。ヒントは消化酵素三銃士である。
「さて、それでは君たち新人くんに最初の試験を与えよう」
「はい師匠ッ! なんでしょうかッ!」
「あ、いいねそれ。幼き勇者くんを思い出すよ、うんうん。確か君はシンゴくんだったね。それでそっちの黒髪の子がサブロウくん。合ってるよね?」
「ああ、その通りだ」
「オーケーオーケー、それじゃあ慎吾くんと佐武郎くん。私の靴を舐めるのですッ!」
「何ッ、靴を、舐めろだと?」
この瞬間、ギルドの酒場のあたりからあ〜っというため息混じりの声が聞こえた。
「ああぁ、また始まったよ、、、」
「あれさえなければ結婚相手にも困らない容姿してんのになぁ」
「まあ、あの子は良くも悪くも純粋だからねぇ、、、」
靴を舐める。それは相手に対しての最大限の誠意の見せ方。または私はあなたの犬です。なんでもしますワン! みたいな意味でもある。これをやったら最後、奴隷のようにこき使われるのがこの世界、というかどの人類文化圏でも共通する普遍の真理である。実際に勇者はミラーゼの靴を舐めて彼女から一人前の剣士として認められるまで犬として扱われていた。某アニメでは語られなかったが、多分ミラーゼは高貴な生まれの人間なのであろう。ならばここは、、、
「クソ、仕方がないッ! 『王』、スキル《舐め舐め》発動ッ! ミラーゼ先輩の靴を舐めるんだッ!」
「ワンッ! ペロペロペロペロ、わんわんッ!」
その掛け声と共にカウンターにハチ公の如く鎮座していた『王』がミラーゼに襲いかかる。しかし、いきなり目の前に白いもふもふが現れたのにも関わらずミラーゼはただ呆然と己の靴を舐める『王』を眺めていた。
「いやいや、そうじゃないでしょ」
「何ッ、高貴なお犬様である『王』に靴を舐めさせてもまだ足りぬというのですかッ!?」
「それは君たちが勝手にやったんじゃないか。誠意を見せるのは君たちじゃなきゃ」
「な、なんたる屈辱ッ! ぜひやりましょうッ! 『王』だけで足りぬというのなら我々も参戦しましょうッ!」
「そんなあっさり、、、って何するの!?」
「「我々の誠意は靴を舐めるだけでは足りませんッ! 靴下、いや、足まで舐めずして何が誠意でありましょうかッ!!!」」
丁寧にメンテナンスされているのであろう上等な皮の靴を掴んで放り投げ、手編みの可愛らしい靴下も放り投げて白い足を剥き出しにする。さあ、俺たちの誠意の見せ所はここからだ。
「え、いや、ちょっ、そこ、そこは汚いからぁ、汚いからぁ!」
「逃げるなッ! 俺たちの誠意が伝わらないだろッ!!!」
顔を真っ赤にしたミラーゼが顔を覆うように手を突き出す。背後で揺れていた尻尾が硬直して毛が逆立っている。だがそんなの関係ない。やめろと言われるまで、こちらができる最大限のことをし尽くすまで終わらせることはできないのだッ!!!
「おかしいよぉ! この人たちッ絶対おかしいよぉ! カリアさんッ! ボクもうこの人たち教えたくッ、ないってぇ!」
「やりなさい」
先ほどからSっ気を見せつけていた受付嬢がニコッと微笑みつつ即そう答えた。
「なんでぇ! ボクたちは長年一緒にッ、やってきたッギルドの友達でしょ!? なんでボクのお願い聞いてくれないんだよぉ!」
「だってその方が面白いじゃないですか」
「鬼、悪魔、カリアちゃああああああああああああん!!!! う、うわあああああああああああああ!!!!!!!!!」
その直後、高レベル冒険者にしか繰り出すことを許されない強烈な足蹴りによって俺たちはギルドの天井に仲良く頭をぶっさすことになった。
△▼△▼△
「うッ、うッ、ひどいよ! カリアちゃんはひどいよ!」
「お前も大概だけどな?」
未だに天井にブッ刺さった時の痛みが引かない頭を撫でつつ、若干涙目になっている自称勇者の師匠(本物)にツッコミを入れる。
「そ、それは君たちがあれをやめてくれなかったからでしょ!」
「いや、それはミラーゼさんが止めてって言わなかったからですよ。な、慎吾?」
「その通りだ。俺は微かな塩味のする香ばしい女人の足を舐めるのに夢中であまり聞いてはいなかったがそうだと思う」
「「え、キモ」」
「綺麗にハモるんじゃねえよ、そこ二人。いずれにせよ誠意を見せろと言ったのはあんたの方だろ!?」
「う、うにゅにゅ、、、」
「うに?」
「黙れ慎吾」
「ま、まあともかく。決まってしまったものは仕方ないから、今日からボクが君たちの先生だよ。ちゃんと言うことには従ってもらうからねっ!」
涙を拭き取りつつミラーゼがあるのかどうかもよくわからない装甲板を張って先輩ズラをする。アレほどの醜態を晒してよくもまあそんなふうに言えるな。なんと切り替えの早いやつであろうか。ともかく俺たち新人は先輩の後を追うため、ギルドの玄関から外に出る。
「じゃ、まずは君たちの職業を聞こうかっ! 職業がわからないと何を教えればいいかもわからないからね!」
先ほどの調子を取り戻したらしいミラーゼが少し歩いたところでこちらに振り返り質問を投げかけてきた。
「痛車マスターと「ニートです」」
「え? 今なんて?」
「痛車マスターと「ニートです」」
「何それ!?」
「いや、俺たちに聞かれても」
「そうですよ。教えてもらうためにミラーゼさんがいるんじゃないですか!」
「え、えぇ、、、とりあえず、そのイタシャ? ってのはなんなのさ?」
「こいつのことですよ」
ギルド前に路上駐車していた痛車のバンパーを叩いて示す。
「何これ呪物? 君たち呪術師なの?」
あからさまに表情を暗くしたミラーゼがこちらに視線を合わせる。というか何故この世界の人間はこうにも痛車を禍々しいだのなんだのというのだ。感性がイカれてるのか? ついでに言うと、この車の塗装の中にお前もいるぞ?
「違う違う。これは君たちの国でいう馬車のようなものだ。大体200頭ほどの馬の力を持ち合わせた先進的な乗り物だ」
「え!? 何それ凄い! こんな小さなもののどこに200頭の馬が入ってるの? 解体してみてもいい?」
先ほどとは打って変わって尻尾フリフリ好奇心むき出し状態のミラーゼの発言である。もしこいつが現代日本にいたら絶対に幼少期にコンセントに金属ブッ刺して感電するタイプの人間に違いない。
「やめろ、ガソリンが発火して大爆発を起こす未来しか見えない」
「君たちの国のお馬さんは爆発するのかいッ!?」
「うーむ。これは好奇心は猫を殺すの代表的な例になりそうだな」
こうして俺たちは初めての仲間? のようなものを手に入れた。
今日の一言:
温 ま っ て 参 り ま し た