高貴なる令嬢の誇り高き正しき行いは無礼な下級令嬢にくっだらないと一刀両断されました
設定ふっわふわの少しだけひねった婚約破棄物語です。お暇つぶしにどうぞ
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まさかの日刊ランキング 10位以内に入りました!!
まさかこんなにも評価していただけるとは・・・!。
素晴らしい作品が多い中、拙作をお読みいただき、また評価してくださった方々ありがとうございます。
「エルザベート=リンハルト!本日をもって貴様との婚約を破棄することを宣言する!」
ここは貴族の令息・令嬢が通う王立学園のダンスホール。この日は学園の創立を記念した“月光祭”と呼ばれる式典があり、今はその真っ最中。
会場は輝くシャンデリアに煌々と照らされ、年季の入った白い床に置かれた銀テーブルには大皿一杯に色とりどりのサンドイッチや、ミニケーキが並び、それをつまみに大勢の貴族の面々が談笑する中、突如ダンスホールの正面にある壇上にいつの間にか金髪の美男子と彼と“仲良し”の桃色の髪をした愛くるしい少女が姿を現し、先の発言を述べたのです。
そう、壇上の男性にして私の婚約者でもあるこの国の第一王子ファルス様がリンハルト公爵家の娘である私エルザベートに婚約破棄を発言したのです。
和やかな雰囲気を壊す突然の暴挙に会場に集まった国内の貴族に留学生である国外の貴族の令息・令嬢は静まり返って、当事者である私と王子に注目していました。
会場中の皆の注目が集まったことに満足したのか、にちゃりとした笑みを浮かべたまま、ファルス王子はさらに言葉を続けました。
「貴様とその取り巻きがこのモモにした陰険な卑怯千万な仕打ち、全て明白。貴様のような品性卑しい行いをする者が将来の国母となるなど認められん!」
そこで一息つくと、皆に向かってファルス王子が叫びます。
「これからの王国に必要なのは古い慣習ではない、身分にとらわれず優しくまた優秀な人材を登用することが大切だ。そのために王子である私が実践するためにこのモモ=クランベリー男爵令嬢と婚約をすることを決めた。皆応援してくれ」
まるで英雄にでもなったかのように、輝くシャンデリアのもとポーズをとるファルス王子。そこだけ見れば、まぁ格好いいと見えなくもないのですが・・・。行動そのものは常軌を逸しているとしか思えません。
「ファルス王子、陰険、卑劣と申されましても私には身に覚えがございませんが?」
そもそも私の悪事とはなんなのでしょう?いくらなんでも身に覚えのない冤罪は困ります。
「とぼけるな!私自身貴様いや貴様と取り巻きの女どもがモモを脅し、いじめている姿を何度も見ているのだぞ?つまらぬ意地を張らずに潔く罪を認めて、モモに謝罪せよ!」
「はぁ」
思わず気の抜けた声がでてしまいました。いくら王族だろうが、人前で指を指さないでほしいです。
そもそも、この方は大勢の前で公爵家の令嬢が男爵家の令嬢に膝をつくということがどういうことか想像ついているのでしょうか?わからないでしょうね。次期国王とちやほやされ自己中心的な性格の彼には。
「お言葉を返すようですが、私と友人たちは貴族の令嬢として当たり前の注意をし、貴族の令嬢としての礼儀を教えて差し上げたまで。婚約者がいる相手に未婚の女性が馴れ馴れしく接する無礼なふるまいに注意をしたことに何の問題がありましょう?」
「くだらぬ屁理屈を言うな!要するに俺とモモの関係を嫉妬して、嫌がらせしたということだろうが!」
・・・私の貴族としての正論は屁理屈呼ばわりされてしまいました。
「・・・ファルス王子。それはそのような低俗のお話ではございません。貴族の令嬢としての礼儀と誇りの問題でございます」
そう嫉妬などあまりに的外れ。モモさんは婚約者の存在を無視して婚約者がいる、しかも高位貴族と王族の関係に割って入るという貴族のルールに反しているのです。そして、私や友人たちの度重なる忠告を適当な返事で済ませて、ファルス王子との逢瀬を続けていました。
きっと2人は悪女の妨害に負けず正義と愛を貫く物語の主人公のつもりなのでしょう。自分たちの行いの意味の非常識と重みがわかっていません。
そんなことに気付かず私の呆れ果てた顔と反論を開き直りと捉えたのか、なおも顔を真っ赤にして問い詰めるファルス王子ですが
「そこまでだよ」
静かな声なのに良く通る声が場を支配しました。銀色の髪に怜悧な瞳のクールな顔の美男子。この方の正体はこの場の皆が知っております。そう、この国の第二王子セガン様その人です。
セガン様はファルス王子の一歳年下。ですが、その頭脳はファルス王子よりも上であり、また傲岸不遜なファルス王子に比べ礼儀正しく圧倒的な人気を誇る方です。
いつの間に登場したのか入口より来場した貴公子然とした美貌のセガン王子の登場に、周囲の令嬢から艶っぽいため息が漏れています。絨毯を歩くだけでもまるで役者のように決まってしまうのは才能でしょう。そんなセガン王子は静かにこちらに歩み寄ってきました。
「ご機嫌麗しゅう。セガン王子」
すっとカーテシーを行う私にセガン王子は穏やかな笑みを浮かべ、私に微笑み返します。
「ああ、楽にしてください。エルザ嬢。このような茶番に巻き込まれて大変でしたね」
「お気遣いいただき感謝いたします」
私とセガン王子の間に漂う空気と皆の注目を奪われた苛立ちからか、私の傍に立ったセガン王子にファルス王子が苛立たしげに問いかけました。
「何の用だ?セガン?」
「兄上、話は少し前から聞こえていましたよ。よりにもよって大勢の前で罪なき令嬢に恥をかかせるとは、王族としての矜持も誇りも忘れたのですか」
「これは私とエルザベートの間の話、貴様の出る幕ではない!」
「生憎だけど、事は王族に関すること。私にも口出しする権利はありますよ。そもそも王家が決めた婚約を大勢の前で破棄するという大事、父上や母上に了承の上で行っているのですか?」
「ふん、問題はない。父上も母上もエルザベートの恥知らずの所業を知り、モモの素晴らしさを知れば納得してくださるはずだ。これからの王家に必要なのは血統ではない。才能だ!その才能がモモにはあるからな」
「つまりは承知ではないとのことですね。ちなみになぜこの場で婚約破棄を?普通はもっと人目がつかない場所で行うものでは?」
「それではエルザベートの家によって情報操作されるかもしれないからな。よって次期国王である私が誤魔化しが利かないこの場で正義と真実の愛を皆に知らしめたのだ」
またポージングです。セガン王子はポーズかそれとも子供じみた発言か、それとも“まだ国王になれると思う勘違い”のどれかがツボに入ったのか若干笑いをこらえながら言葉を続けます。
「くっくく、そうですか。それでエルザベート様の家はこのことをご存じで」
「いいえ。まったく。寝耳に水の話です。それに私が・・・」
「・・・ちょっとよろしいですか。セガン王子、ファルス王子、エルザベート様」
小さいが何故か響く声。その声は壇上にいるモモさんからです。
私たちとの会話が途切れさせたことにすぅっと、セガン王子の目に冷たい輝きが灯りました。
「君は誰に断って話しかけているんだい?それ以前に許可もしないのに王族と公爵令嬢の名前を馴れ馴れしく呼びかけないでくれるかな?兄上に貴族のマナーを教えてもらっていないのかい?」
セガン王子は笑顔ですが、その口調はまるで吹雪の様な冷たさを持っています。
まぁ、怒るのも無理はありません。モモさんの言動はいずれも高位貴族のマナー違反。いくら男爵位の貴族とはいえ、この学園で一体何を学んでいたのでしょう。度重なる貴族としての無知と無礼に呆れ果てて指摘する気も起きないと内心ため息をついていますと。
モモさんが凛とした声を張り上げました。
「学園の月光祭は、生徒全員が国を担う大切な人材であることを認識するため、普段の貴族間の上下にあるマナーはなしで無礼講でも処罰せず、笑って受け止めるべし。そう、初代国王陛下と初代学長が決めています!例え下級貴族である私であっても今の言動は無礼とはならないはずです!」
え?何ですの?それ?見ると、他の皆もぽかんとしています。
すると、この光景を見ていた観客の一人がおずおずと手を上げています。彼女は学園の最高峰の頭脳を持ち、生徒会副会長を務める才媛ライリ様です。そのライリ様は控えめな口調で語りかけました。
「モモさんの言うとおりです。た、確かに学園の校則の一部には“月光祭において出席者は皆平等。従来の貴族の上下の礼儀はないものとし、式典後それにおける礼儀に関する処罰を一切禁ずる”とあります」
・・・ライリ様がいうならば間違いないのでしょう。しかし、それは昔の掟。そんなのは屁理屈でしかないと思ったところ、その心の言葉が聞こえたように、モモさんが言葉を続けました。
「確かに時は経ち、今では形骸化しているかもしれません。しかし、この決まりは今なお学園の規則にあり、撤回されていません。それなのに個人の思い込みでこの校則を無視するということは王国の礎を築き、この校則を作った初代学長の言葉と願いに対する侮辱となりますよ!それでもなお、私の発言は無礼と言いますか!?反論があるなら仰ってください!セガン王子」
「そ、そのようなつもりは」
セガン王子が口ごもります。
文句など言えるわけがありません。初代学長は国のシステムを作り上げた賢者でもあり、この国では建国の祖と崇拝される初代国王に並ぶ偉人中の偉人。今なお国の儀式や祭り、祝日にも影響を与えるほどの存在です。その方を否定することを公式の場で堂々言うなど王族であっても非難の対象となってしまいます。
「だったら、よく聞いていてください。いいですか?私は隣国に好きな人・・・結婚を誓い合った人がいるんです!ファルス王子と結婚などするつもりはありません!」
そして、爆弾発言が飛び出しました。
ざわめく会場の声をよそにファルス王子が薄ら笑いでモモさんに話しかけました。
「モモ?もうその嘘はいいのだぞ?お前が好きなのは私だろう?あれだけ、お前はあれだけ私の関心をひこうとして・・・!」
ファルス王子が馴れ馴れしくモモさんに手を伸ばしますが、モモさんはさっと身を引いてキッと怒りを浮かべ、なおも言葉を続けます。
「していません!今の話は事実です。王子とはたまたま、絵画や食事の好みが似ていただけです。私は何度も言いました。でも、それを構ってほしいのだな、などと言って、それ以外の話も全部自分に都合よく解釈して信じなかったのは王子貴方です」
そして、モモさんの視点がじろりと観客の方に向きます。
「エルザべート様のご友人の方々も、私が違うと何度言ってもその場しのぎの嘘と決めつけ、ひたすら私をなじりましたね。近づくな。身分を考えろ。くだらない言い訳で誤魔化してって!私からではなく、ファルス王子から近づいてくるのを見て、私が誘惑しているって決めつけて!!!」
その言葉に、一斉に顔を青ざめ伏せる友人たち。
「そしてエルザベート様。貴方は私にお説教だけして、そのくせ私からの話は聞く耳持ちませんでしたね。その後私から話そうにも下級貴族が許可もなく話しかけるなと言わんばかりに無視をして、一応手紙も出しましたが・・・目を通していないですよね」
その怒れる視線は私に向かう。
私は友人同様に何も言い返せませんでした。私はずっと色眼鏡で彼女を見ていました。尻軽で言い訳ばかりする軽薄な女狐だと思い込んでいました。私に話しかけ、王子の関係を否定しつつも、後日何食わぬ顔で王子の傍にいるのを見て、結局あれは私を油断させるためのくだらない駆け引きだと思い込んでいました。
故に公爵令嬢としては下級貴族の一令嬢による児戯にも等しい下らぬ駆け引きや上っ面の言葉など関わるだけ時間の無駄と判断し、とにかく自らの愚かさを自覚した上で自分の態度を改める真摯さと謝罪・・そういう言動以外は価値がないと彼女の言葉を遮断し、手紙も自ら対面せずに書面で済ませようとする姑息な手段故、読まずに捨てていました。
でも、それは勘違い?彼女は・・・モモさんはただ王子に付きまとわれていただけだった?
「そして、セガン王子。一度貴方にも相談しようとしましたね。なのに露骨に冷たい態度をとって、まともに話を聞きすらしないどころか、後でファルス王子だけでなく自分にも色目を使う尻軽女などと周囲に言ってびっくりです。それ以降側近の方から接近禁止扱いされて・・・いつ、だれが貴方に懸想する言動をとりましたか!」
動揺して「しかし・・・いきなり2人きりで会いたいなど」と小さな声で呟くセガン王子にモモさんがさらに語ります。
「確認もせずにそんな噂を流して、人の名誉を傷つけてどういうおつもりですか!幸い私の彼はそんな噂を信じていませんでしたけど。まっ、下級貴族の令嬢の人生なんか王族の私には関係ないさ。とでも思っていたんですか?」
「そ、そんなことは・・・ならば!何故もっと食い下がり相手の名前をしっかり告げ、事情を細かに説明し、今日のように公の場で己の醜聞を否定しようとしなかったのです!」
そ、そうです!彼女が明確に婚約者の存在を口に出し、名前を出しさえすればこのような事態は防げたはずですと思い、責め立てようとしたら。
「なるほど、全て私の伝える努力が足りない。つまりは全て私が悪いと?セガン王子は仰るわけですね。王族に付きまとわれているなんて問題になりそうな相談事、人前で話さないよう気を使ったのが間違いだと?下級貴族が王族相手に無礼を働いたせいで、実家や婚約相手に迷惑がかかる可能性があるかもと考えて、婉曲な言い回しをして遠回しにお断りした私が全部悪い。そう仰るわけですね?」
先ほどのセガン王子に勝るとも劣らない冷たい声でその場の関係者の反論は全て封じられました。
それを援護するように「確かに王族相手に文句なんてなかなか言えないよな」などという呟きがあちらこちらから聞こえています。
そしてモモさんはさらに声を張り上げました。
「どうして!誰一人私の言うことを聞いてくれなかったんですか!聞いて、信じてくれさえすればこんな厄介なことにならなかったんですよ!」
「一応言っておきますが、今日私がこの場所にいるのはファルス王子に無理やり連れてこられたからです。事前に“サプライズの最高のプレゼントがある”と聞いていましたが、婚約破棄の話も何もかも一切知りませんでした。碌なことにならないとわかってあえてこの場に立ったのは、このまま不名誉な汚名を被りっぱなしで卒業しては困るため、無礼講でもあり、わざわざ大勢いて目立つこの場で話したんです。こういう場でもないと下級貴族がーってまともに話を聞いてくれませんからね!」
それは皮肉たっぷりの怒涛の怒りの言葉。私も、ファルス王子も、セガン王子も、周囲の皆も何も言えず彼女の言葉を受け止めるしかありませんでした。
「この場で言うことは無礼講。罪には問われない。だからいいます。声を大にして言います」
すぅーっと息を吸うと
「王族だろうが高位貴族だろうが身分だけで人を判断しないでください!人の話も満足に聞けないならくっだらない礼儀やら誇りとやらは捨ててください!そうすればこんなもめごとにならなかったんです!もう一度いいます!卒業したら私はこの国を離れて他国の婚約者と結婚しますので、王子と婚約も愛人にもなるつもりはありません!」
最後に今日一番の大音量で怒れる令嬢の言葉がホール中に響き渡りました。
その後のことはもううろ覚えです。
モモさんはふん、と怒り心頭のまま、ずかずか歩き呆然とする私たちを通り過ぎて、「お騒がせして失礼しました!」と大声を上げて、一礼し、ドアを開けて会場から去っていました。
残ったのは道化と化し、呆然と立ち尽くす我々とざわめく他の貴族達でした。
愚かなオウジサマと尻軽娘の間抜けな言い分を聞いて、頼れる第二王子との協力を得て、論破するつもりでいました。その後、罰を受けるであろう第一王子の代わりに第二王子と共に真の王妃の道を歩むための計画も考えていました。
でも、待っていたのはあまりにも予想外の結末でした。
思い込みで勘違いした挙句、国王の許可なく大勢の前で婚約破棄した第一王子
思い込みで傲慢な態度で罪なき令嬢の悪評を流した第二王子
思い込みで下級貴族だからと話も聞かず騒ぎを大きくした私
今回の一件は箝口令を出しても、この場にいる国外の貴族には適用されません。きっとすぐに国内外問わず一斉に知られることでしょう。
そして、モモさんを悪女として父様や母様そして周囲の人々に触れ回り、騒ぎを大きくして、悪評を悪化させたのも全部私自身。私の信頼は急降下確定です。大貴族としてあまりに間抜けな傷を残していました。
モモさんの家の格からして、大事にはならないでしょう。しかし、私自身についた傷は回復させるにはどれ程かかるかわかりません。
こうして私の人生初にして最大の失敗劇の幕が閉じたのです。
その事件の数日後、リンハルト公爵家本宅にて
「この馬鹿者が!!!」
「ひぅ・・・!」
怒声に思わず子猫の様な声を出してしまいました。父様の書斎に呼ばれ、待っていた父と母に憤怒の表情で怒鳴られていました。
「事の次第裏も全て取れたぞ。何が格下の身分でありながら、自分の婚約者である第一王子だけでなく第二王子にちょっかいをだし、婚約者であるお前に非常に無礼な態度をとり続けるふしだらな少女だと・・・全然話が違うではないか!!!」
「し、しかし・・・今までの状況では・・・」
「勘違いしたと?その彼女の話ではお前に何度も説明しようとしたのに、聞き入れなかったらしいではないか!何故話をしっかり聞こうとしなかった!!!」
「こ、高貴なる公爵家の令嬢として礼儀知らずの下賤の者の下らぬ言動をまともに取り合うべきではないと・・・まずは彼女が己の非礼を自覚し、私に対する心よりの謝罪と言動を改める誓いの言葉を聞くことが第一と考え・・・」
「そんなことに何の意味がある!身分違いと言えど、相手の誠意を踏みにじり、話し合う機会と相互理解の申し出を無視していい理由があるか!相手に用事があるなら聞くのは当然だろう!それが・・・理由も事情も聴かず、謝罪しか話を聞かないなど訳のわからぬ・・・本当に貴様は貴族として何を学んできたのだ!話し合えばこのような下らぬ茶番は起きなかったんだぞ!おかげでこのリンハルト公爵家は国内だけでなく国外でも笑い者だ!」
父のお説教に何も言えず黙り込む私、そこに母からの絶対零度の声が割り込みました。
「モモ=クランベリー嬢は近いうちに隣国エルバルドの三大公爵が一角クリムゾン家の次男エルト=クリムゾン殿と婚約する旨、先日関係者に告知されました」
「・・・え?」
「本来成立することなどありえぬほどの身分違いの婚約ですが、エルト殿は念入りに手回しをして周囲に認めさせたということです。そしてモモという娘は学園の成績でこそ平凡でしたが、一点複数の国の言語を使いこなし、また他国の文化に非常に詳しい非凡なる才女だそうで、わざわざここの学園に入学したのはその分野で最先端をいく学園でその才覚を伸ばすためと・・・私の伝手で聞きました。あなたでもここまで聞けばどういうことかわかりますね」
「あ・・・」
つまりはそういうことです。
モモさんが周囲から嫌がらせを受けてまでも学園に居続けていたのは、自分を高めて、お相手の家に認められる実力をつけるため。
モモさんが相手の名前と婚約の話を告げなかったのは、お相手の男性が身分違いの恋を成就させようと秘密裏に手回しをしている最中だったから。もし、相手の不用意によって秘密の関係を世間に公開されたらお相手の男性の努力が水泡に帰すから。
モモさんがあいまいな言動で逃げ回り、はっきりとお断りをして、明確な拒絶の言動を取らなかったのは、王族と揉めて大事になり、万一婚約に影響が出るのを避けるため。
モモさんが最後に無礼講の場と言えど、私や王子たちに本音と真実をさらけ出したのも大勢に勘違いされていた己の名誉だけでも何としても回復しておきたかったから・・・。もうその時点ではモモさんはお相手との根回しが全て済み、例え私や王子たちに反感を買って、真実を知られても影響はないと確信していたのでしょう。
「極秘に動いていたと言え、公爵の家の力を以て本気で調べればある程度の情報は手に入れられました。貴方は話を聞かない間、彼女について知る努力をしたのですか?」
母の追及と初めて知った事実によって己の判断ミスを知り、呆然とする私に父様は吐き捨てるように言葉を続けました。
「当家だけでなく、貴様を慕う他の家の令嬢まで巻き込みおって・・・苦情こそないもののその令嬢とその家からの信頼は大きく損なわれたであろうな」
「で、でも・・・モモさんへの・・・」
「まさか、彼女らがやったことで私は指示を出していない。などと公爵家の一員たるものが無責任かつ器が小さいことは言わないでしょうね?これ以上私たちを失望させないでね?エルザ」
両親の容赦なき責めにもはや言葉が無い私に父は最後に語りかけました。
「ファルス王子との婚約だが、破棄しないことに決まった。不満はあるだろうがお前とファルス王子に決定権はない。大勢の前でこれほどの醜聞を出したとはいえ、王妃教育にかかった時間と費用を考えれば代理の者を用意するのが難しいと王家もそう苦慮の上、判断された。とはいえ、貴様の今まで築いた評判と実績は地に落ちたのも理解しておけ。お前の今後については追って指示する。それまで家に謹慎して、今後に備えておけ。ルイザベート、教育は任せたぞ」
「はい、あなた・・・私の教育不足で家に恥をかかせてしまい申し訳ありません!・・・エルザ。今日より母がもう一度その心構えを叩き直して差し上げます。いいですね・・・!」
「・・・は、はい」
父上は機嫌が悪いと態度で示すように荒々しく部屋を出て行き、残ったのはかつてない程に怒りをあらわにし、私を睨みつける母上と私のみ。私は震えて頷くしかできませんでした。
どうして私がこんな目に・・・私の行動は貴族として間違っていなかったはず・・・茶番じみた婚約破棄をしたのはファルス王子で、モモさんの話を聞かなかったのはセガン王子も一緒で、そもそも周囲は私の行動を誰も咎めなかったのにと。
私が理不尽に思っていると、頭に鋭い痛みが走りました
「きゃっ!?」
見ると、そこには扇を持った母上が憤怒の表情で私を睨みつけておりました。扇で打たれたとようやく気づきました。
「何ですか!その返事は!そのふて腐れた顔は!この期に及んで何被害者面をしているのです!そのような傲慢な性根が今回の愚かな結果を生んだのです!!!」
「は、はい・・・!」
茶番じみたとはいえ大勢の前で婚約破棄を申し出た男との結婚。互いに愛情など育まれるはずもなく、また汚点を残した私が王族の一員と認められるにはいかほどの困難があるのでしょう・・・想像するだけでも灰色の生活。
いやだ・・・なんで私がこんな目に・・・私は公爵令嬢として将来を期待される王族の一員として、公爵家の名に恥じない、皆が認める輝かしい人生を歩むはずだったのに・・・なんでこんなことに!
私はその場で崩れ落ち、泣き・・・そして「甘えるんじゃありません!」と一切の容赦も慈悲もない母の怒りの一撃を頭に受け、さらに悲鳴をあげました。
なお、その年モモさんの「身分違いの恋」は隣国の今年度王国流行語にノミネートされるほど知れ渡りました。
そして、そのエピソードが世間に広く知れ渡ることで、モモさんとお相手の人気と評価は高まり、代わりに私たちは無様を晒した悪役として評価は下がることになり、しばらくの間私たちは針の筵に座る気持ちで暮らすことになったのでした。