過労で倒れて、休みを取ってます。
3 ぼくの話
カヌーを出すと、ぼくはカヌーをおく台を二つ用意して、近くに置いた。この脚立はひどくボロボロだ。足が半分ひん曲がっていて、そろそろ折れるころだ。ドアの鍵は、入口の屋根の小さなすき間にいつも隠してあった。それを抜き出し、入り口に鍵をかける。それからカヌーをかついで、さっそうといつもカヌーを漕ぐ公園に向かった。
その途中で道路をふたつ横切った。車の通りが多く、橋もひとつあった。橋の上は横風がすごい。
カヌーはそこで、風で左右に大きく揺れ、橋の下へ吹っ飛ばされそうになった。ぼくはそれを防ごうと必死だ。何とかいつもカヌーを漕ぐ公園に着くと、すでにおなじ部員の仲間は練習を始めていた。
芝生に大の字になって、ぼくはその風景をすこし眺めていた。やがてストレッチを始めた。ストレッチは腕から始まって、次に身体、最後に足をやった。足の関節がぼくの中では一番固い。それが終わると、荷物を木の下に置き、ペットボトルから水を飲んだ。
腰を落とし、ジャンプして、すぐランニングする。公園の端っこに沿って、走って行く。
道々、カヌーを漕いでいる練習中の仲間たちが見えた。公園には松が多く茂っている。ここに住んでいる猫が多かった。けれど、どの一匹もぼくに懐こうとはしなかった。いつしかこの猫に誰かがエサをあげるようになってから、公園は猫のフンだらけだ。でもそのころはまだ、猫のばあさんはいない。
尺八やトランペットをいつも練習している男の横を過ぎ、空手部が型の練習をしている浜辺をとおった。
山道に差しかかると、そこで一旦止まり、その坂をダッシュで走った。坂道は曲がりくねっていて、一つのカーブことに、ひとつ休みを入れる。坂道は、六、七本あった。それを終えると、下っていく。下りの坂には長い階段があった。それから山を回って、始めにいた場所に戻ると、次は同じ道を、向きを逆にして走った。
階段は一気にかけ上がるのが、登りきるコツだ。ぼくはそれを何回か繰り返した。
こうして走ってみても、カヌーにはいまだ乗れなかった。カヌーに乗り始めてから、もう二年はたった。一向に上手くなる様子はなかった。カヌーはくねくねと、いつも川の上を曲がりくねっていった。しかも遅く、まっすぐ進まなかった。そして川面にぼくは頭から突っ込んだ。
他の部員は艇庫に帰ってしまっていた。日が暮れて、空が赤かった。今日はようやく数メートル漕ぐことが出来た。明日になれば、きょう掴んだことを忘れてしまうかもしれない。メモを取る習慣はまったくなかった。考える習慣さえぼくにはなかった。ぼくはカヌーを担ぎ、艇庫へ引っ返した。艇庫に戻ると、先に戻った連中が楽しそうになにかやっていた。床の汚れたカーペットに座って、ぼくはそれを黙って見ていた。
ウエイトリフティングでつかうベンチが艇庫にはおいてあったが、それはぼくらの前の先輩が体育館から盗んできたものだ。ぼくはそのベンチに腰かけて、練習を続けようかそれともやるまいか少し迷う。それから次々に帰宅者が現れた。残されたのはもうぼく一人だ。ごみ箱には、コンビニで買ってきた菓子の包みやカップ麺の容器が残されていた。夜空には、月がかがやいている。
出ると、風がびゅうと吹いていた。ぼくは星を見あげて、まるで星も自分を見ているように感じ、この感動を形に残すことができたらどれだけ良いだろうと思った。