お気に入りの缶ジュースが売り切れていた。
2 死にかけた話
金沢八景あたりの海岸だった。
ぼくたちはそこでカヌーを降した。カヌーは先生のトラックに積んであったのを、一台一台駐車場から二人がかりで運んでいった。そこにはエイが沢山いる。そんなところで、ぼくたちはカヌーを漕ぐことになった。ただそれは正式にはカヌーというものではなく、シーカヤックというものだ。
あとで知ったことだが、シーカヤックはまず落ちない。波の高い海でも乗れるように作られているくらい船の性能がいいから、とても安定しているのだ。値段も高く、シーカヤックのなかには驚くほどスピードが出て、安定性のいいものがある。そういう高性能なシーカヤックで大会に出ると、競技用カヌーに乗っている大学生には負けるが、それでもまず、上位には食い込める。
しばらくして先生から、支度をして海に出ろと、ぼくたちは言われた。シーカヤックを重そうに背負った、カヌーの漕げないぼくと仲間と、かなり熟練したカヌーイストがその場にいた。この男は、海がシケになると現れる変わった男だ。命知らずで、常にスリルを求めていた。
男はずいぶん先に行ってしまい、ここからでは遠くに見えた。
このシーカヤックには舵がついていないと説明されていた。舵が付いていなくても何も問題はない筈だ。パドルで向きを変えればいい。カヤックを波打ち際まで持っていき、素早く乗り込んだ。波が大きく体にかぶった。普通、カヌーには乗り込み口に波が入らないようにするものを取りつけ、それで完全に水を防ぐ。むろん、そんなものは与えられてなかった。
ぼくたちは、水をもろに引っかぶった。ぼくたちが着ていたTシャツはすぐさま水でずぶ濡れになり、全身を寒気が襲った。それから逃れるために、ぼくは何とかパドルを漕ごうとしたが、カヌーは少しも前進しなかった。
船は大きく円を描くように回り続けながら少しずつ防波堤に向かった。ぶつかるぞ! コナンが言った。止まれ! だが、カヌーは止まらなかった。今度は防波堤のコンクリートにぶつかって、シーカヤックの先が砕けるんじゃないかとぼくは思った。がりッ、という嫌な音があがった。シーカヤックの先が砕けたのはそれから後になって、僕が部員になってからだ。
ぼくはパドルを逆に漕いだ。するとカヌーは少し右なりに、後ろ向きに進んだ。そこからさらにぼくは沖に向けて漕いでいった。なるべく沖から離れるな、とは言われていたのだが、シーカヤックのほうは沖から離れたがった。陸がだんだんと遠くなるにつれ、ぼくは不安になって来た。陸地に向けてカヌーを漕ごうとするが、カヌーは一向に、沖の方向にしか向かわなかった。やがて先生は米粒のようになってしまった。
仲間のシーカヤックがそこから、豆のように小さく見えている。ぼくはバランスを崩して、しかも頭から海に突っ込んだ。カヌーに慣れないうちは、ロクな落ち方をしないものだ。ぼくは声を張り上げて助けを呼び、そこから下に足がつくかどうかを試した。けど、つかなかった。待っているとその内、西とコナンがやって来た。二人ともどうにもできなかった。カヌーから仲間が落ちた時どうするかを二人は知らなかったからだ。
カヌーに乗っている仲間が船を支えてやって、落ちた人間がカヌーの水を出してから、中によじ登る。そうしたやり方を知らない二人は、ただ見ていることしかできなかった。けれども二人はなぜか平然としていた。
その時、ぼくの頭にぼんやり浮かんだのは、死ぬなァ、ということだ。試しに助けてくれとは言ってみた。でも何も起きない。ついに血迷ったのか、ぼくは、助けろ! とつよく言って、カヌーを手放して二人のほうへ泳いだ。すると二人は、何やってんだ! 戻れよ! と言った。それでぼくは、しぶしぶ自分のカヌーを取りに帰った。何とも言えない、ものすごい無常感が襲ってきた。
カヌーを取りに帰るとき、体を海に沈めねばならなかった。けれどぼくは結局、運が良かったのだ。体を沈めると、海底にギリギリで足が付いたのだ! それもホントにギリギリで、だ。待ってくれ! ぼくは叫んだ。足がついた! 二人は呆れて沖へ引き返していった。海のど真ん中に、ぼくひとりを残して。
と、そこで雲が大きく荒れ始めた。どうやら嵐が近いようだった。陸地に上がると、先生の怒鳴り散らす、ものすごい声に襲われた。
引き上げるぞ! 早くしろ!