大男
「ここが君の靴箱だよ。」
2メートルくらいある大男が話しかけてくる。僕は状況が飲み込めずに、ただただ立ちつくしてしまう。
「なんで分かったんだって顔してるね。」
大男は僕が反応する間もなく話を続ける。
「君の握りしめているメモ帳に名前が書いてあるからだよ。新しい友達の作り方だね。」
さっき白川さんに名前を聞かれた時に書いたページを開いたままであった。
『そういうつもりじゃないよ。』
次のページをめくり、走り書きをする。
「てっきりクラスメイトに自分の靴箱を見つけてもらって、そこから仲良くなろうとしてるのかと思ったよ。」
僕は全力で首を横に振る。
「勘違いして悪かったね。僕は君と同じ2組の大森俊太、よろしく頼むよ。」
大森くんは白い歯を見せて笑い、握手を求めてくる。僕はその手を握り返す。
「それじゃあ教室に向かおう。」
――僕はメモ帳を用いて自己紹介をしながら教室に向かう。
『容姿が30代前半で、コミュニケーションが筆談ということが気にならないのだろうか? 』
好きな食べ物や趣味より聞きたかった。だが、それを聞く勇気がなく、気づいたら教室に着いていた。
『本当は僕のことを嘲笑っているのでは......』
そんな黒い感情がフツフツと浮かぶ。その淀んだ感情を払拭するかのように、教室のドアを開ける。そこには、本を読んでいる人、スマホを握りしめて友達作りに励んでいる人など、まとまりのないクラスが広がっていた。その中に南雲の姿を見つける。いじめの主犯格なだけあって、既にグループの中心になっている。まとまりのないクラスであるが、話題は同じであった。そう白川美玖の存在である。彼女の端麗な容姿がそうさせるのか、白杖がそうさせるのかは分からない。
「おーい。みんな席に着けー。」
みな先生のかけ声で席に着く。僕は白川さんにバレないように、静かに彼女の席の前に腰掛ける。
「私は1年2組の担任になった酒井京子だ。体育を担当している。まあ自己紹介はこれくらいにして、これから入学式だから出席番号順に並べ。」
サバサバした、いかにも体育教師といった感じの先生だ。僕は席を立ち、廊下に向かう。
「チキン君、同じクラスだったのね。」
白川さんに話しかけられ、足を止める。
『なんで僕だと分かったのだろう?』
僕は心で呟く。
「なんで私が気づいたか気になるでしょ。私は視力がない代わりに、聴力が人より優れてるの。だからあなたのひ弱な心音を聞いてすぐに分かったわ。」
『ひ弱な心音って......』
「私と話すのが緊張しちゃうのなら、音声読み上げアプリを使いなさい。チキン語なんて対応してたかしら?」
白川さんはスマホを差し出してくる。
『僕はチキンじゃない!』
僕の入力した文章を、AIが読み上げる。僕はスマホを受け取ると、食い気味に入力した。
「第一声がそれ? まあいいわ。心くん、私を廊下まで連れて行って。」
白川さんを廊下に連れていき、僕たちは体育館に向かう。
――校長先生の退屈なありがたい話などを一通り聞き、入学式を終えた。教室に戻り自己紹介などを済ますと、その日はすぐに下校となった。
『そういえば、白川さんは僕のことを心くんって呼んでいた。なぜ、僕の名前を知っていたのだろう?......』
「志村君、これから一緒に帰らないかい?」
白川さんに尋ねようとした時、帰り支度を終えた大森くんが声をかけてきた。友達と下校をしたことない僕は、興奮気味に首を縦に振る。
「さあ、帰ろう。」
僕たちは駅まで同じ帰り道であった。駅に着く頃には、僕と大森くんは打ち解けあっていた。そこでずっと気になっていたことを聞くことにした。
『僕っておじさんみたいな見た目してて、気持ち悪くない?』
僕のメモを見るやいなや、さっきまで楽しくコミュニケーションを取っていた空気が一転する。大森くんは歩みを止めると、すごい形相で睨んできた。