門出
息巻いて家を飛び出したが、思うように足が動かない。歩みを進める度にいじめられてきた日々が脳裏をよぎるのである。もう4年くらい前のことであるのに昨日の出来事のように感じる。僕の人生の日記は小学校の高学年から進んでいない。僕の中の学校生活はモノクロで、彩りはない。足取りが重く、自宅に引き返しそうになる。そんな心の葛藤とは裏腹に、満開の桜並木が新たな門出を祝っていた。僕の同級生であろう人々は、新生活に心を躍らせていた。
「あの先生、学生服着てない?」
どこからか、そんな声が聞こえる。多分僕のことを言っているのだろう。今の僕は高校1年生ながら、30代前半の見た目をしている。恥ずかしさで顔から火を吹き出しそうになる。
『やっぱり無理だ......』
そう心で呟き、帰路に就こうとする。
「あれ? 心じゃね?」
後ろから呼び止められる。僕はすぐにその声が誰のものか分かった。
「やっぱり、心だよな。お前も同じ制服着てるってことは同じ高校なんだな。俺のこと覚えてる?」
忘れられるはずがない。僕のことをいじめていた主犯格の南雲祐介である。彼の声を聞いただけで縮こまってしまう。その場から離れようにも体がこわばり、進むことも戻ることもできない。
「昔はごめんな。あの時は餓鬼だったよ。許してくれるよな?」
南雲は親友であるかのように、馴れ馴れしく肩を組みながら話しかけてくる。僕は胸ポケットからペンとメモ帳を取り出す。手話の伝わらない相手には筆談でコミュニケーションを取る。
『うん。』
少し頭を下げたくらいで、僕の人生、家族をめちゃくちゃにしたやつを、許せるわけがない。だが、あの頃のいじめがフラッシュバックし、恐怖が心を支配する。そのため、心にもないことを記してしまう。とにかくこの場から早く離れたいのである。ペンを握る手は痙攣を起こしたかのように震えている。
「良かった。もう昔のことだもんな。クラス一緒だったらよろしくな。」
そう能天気に言い残すと南雲は足早に学校に向かった。さっきまで全身に入っていた緊張が解け、その場に崩れるように座り込む。凄いスピードで心臓が波打っているのを感じる。
「トン」
何か棒のようなものが僕の背中に当たる。
「ちょっと、退いてくれない? 邪魔なんだけど。」
声のする方を振り返ると、同じ制服を着た女性が立っている。宝石のような綺麗な瞳で、手足がスっと伸びたまるでドールハウスから飛び出してきた人形のような女性だ。その手には白色と赤色からなる、棒が握られていた。