生誕
「あーーー!」
「頭が見えてきましたよ。あと少しですよお母さん。頑張って。」
「んあーーー!」
「産まれましたよ、お母さん。」
「......」
「先生。産声をあげていません。」
「早く背中をさすって――」
――僕は産声をあげることなくこの世に命を宿した。産まれて最初に与えられる仕事を放棄したのである。正しくは放棄せざるを得なかったのである。僕は産まれてすぐに集中治療室に運ばれた。検査の結果、声帯と老化を司る神経が絡まりあっており、声を出す度に老いが早まるという奇病にかかっていることが分かった。こんな症例は過去になく、経過観察するしかなかった。産声をあげなかったのは、本能的に声帯を使ってはいけないと感じたからではないかと診断され、ロストボイス障がいという病名が付けられた。
「――心、心。」
母に肩を叩かれ、僕は顔をあげる。
「学校に行きたくないなら、無理に行かなくていいのよ。」
手話と共に母が話しかけてくる。
『折角遠くの高校を選んだから行くよ。』
僕は手話で答える。
「そう......」
母がこうも心配するのには理由がある。産まれた当初は声をあげなかったが、1歳になる頃には「ママ、パパ。」と少し話すようになっていた。最初は、息子の発声に感動していた両親であった。その反面で、声を発する度に成長が早まっている僕の姿を心配していた。しかし、このまま成長を見守る姿勢でいた。幼稚園入園の時には小学6年生くらいの見た目に、小学校入学の時には大学1年生くらいの見た目になっていた。幼稚園生の頃はみんな仲良くしてくれていたが、小学生になる頃には僕が異質であることに気づき始め、いじめのようなものが始まった。それを見兼ねた両親は、僕が病気であることを僕に告げ、言葉を発するのを止めるように促してきた。最初は、両親の言っていることが理解できないでいた。だが、両親が僕のことで喧嘩の耐えない日々を送っているのを見て、僕は言葉を閉ざす決意をした。話さなくなったからと言って、周りより成長しすぎた体が元に戻ったり、いじめがなくなったりすることはなかった。さらに歳を重ね、知識を得るごとにいじめはエスカレートしていき、高学年になる頃には不登校になっていた。僕の不登校をきっかけにギリギリ保っていた両親の仲は、修復できないほどの溝となり、父は家を出て行ってしまった。しかし、母は哀しみに暮れることなく僕と向き合い続けてくれた。そんな母の姿勢に僕は胸を打たれ、高校からまた学校に通い直すと約束した。そして、もう母を悲しませないと決意した。
『行ってきます。』
僕は出来る限りの笑顔で手話を贈ると、家を飛び出した。