お嬢様の逆鱗に触れてしまった。
『俺はビジャ。騎士団長の息子にして王太子殿下の護衛騎士兼学友でもある。将来は騎士団長として殿下と国民を守る所存だ。そんな俺だが、最近気になる女性がいる。公爵令嬢アリア様の取り巻きの一人、クロエ嬢だ。
痩せて可愛くなったともっぱらの評判なのだが、それだけが理由ではない。ある日のダンスの授業のことだ…』
学内のダンスホール。貴族たるもの社交ダンスは必須のため授業に組み込まれているのだ。
『剣は得意だがダンスはな~』
教師「では、前回までのおさらいを…ビジャ君、それと、クロエさん。お手本をお願いしますね。」
『げええええええ!』
「早く行けよ!」「お手本見せてくれよ~」
「で、殿下まで!」半べそのビジャ。
『剣の時間、覚えてろよ~!』押し出されるようにホール中央に。
向き合う二人。
『確かに近くで見ると、こんなに可愛かったんだ…』
挨拶をかわし手を取る。
緊張で手が震える。
『大丈夫です。リラックスして私に合わせてくださいませ。』
『合わせるったって、こんな小柄で華奢な…どうしろっていうんだよ?』
音楽が始まる。
クロエ嬢の手が驚くような力で俺の手を引く。足を押されバランスを崩される。
耳元で『右、右、左』と指示がくる。『うう!』
殿下たちが目をパチクリさせながら「ビジャってあんなにうまかったっけ?」
流れるような二人のダンスにホールが静まり返る。
ダ、ダダン!
「はい!二人とも、いつ晩餐会に出ても通用するレベルのダンスだったわ!拍手!」
「わああー」
「やるじゃないか、ビジャ。晩餐会で通用するって最高の誉め言葉だぞ!」
「ありがとうございます。殿下。れ、練習の甲斐がありました!ぬはは!」
最後尾の席に座り身を固くして座る。
『みんなにはそんな風に見えてたのか…しかし実際は…、完全にリードされていた!この俺が!
日々トレーニングに明け暮れる俺にはわかる。彼女は只者じゃ―ない!』
向かいの女子の席に座るクロエを見つめる。
「あら!ビジャ様が熱い視線を送っていますわよ、クロエ様!」
「いえいえ」
嫉妬のまなざしでクロエを見つめるアリア。
ジュリエッタとエミリー『目立ちすぎだって、クロエ~』
翌日
アリアの買い物に付き合わされている取り巻きの3人。
買い物箱をいくつも持たされているクロエ。「うっと」
どうにか馬車に荷物を運びこむ。
「クロエ、今の店に忘れ物をしてしまったわ。取ってきて頂戴。」
「はいアリア様」
小走りで店に向かうクロエ
「行きましょう!」
「しかし、あの~」
「クロエは最近調子に乗ってるようだから、お仕置きよ!お~ほほほ!」
出発する馬車。
『だから、言ったのに…無事に戻ってねクロエ!」
馬車のあったところにポツンと一人
「やられた~忘れ物なんてないし!」
「まあ、いっか。5㎞くらいだもんね。ちょうどいいわ。走って帰ろ!」
「でも、さすがに令嬢がドレスをたくし上げて走っているのを見られるのはマズいわね。裏道行こっと」
それは簡単な仕事のはずだったんだ。
俺の名はロキ。裏街道じゃちょっとは知られた存在なんだぜ。
ガキの頃から喧嘩、盗み、博打に明け暮れ、気付いたらもう40だ…。放浪にも飽き飽きしてたんで、あるお貴族さまの手駒になって働くことにした。
今日の指令は平民の女をかどわかし、ある倉庫に監禁すること。
「ちょろいもんだぜ。」
手下を二人引き連れて、さ、いよいよ実行だ。
路地から通りをうかがう3人。
「あの娘ですぜ、兄貴。」
「連れは?」
「10軒ほど向こうの店におりやす。」
「よし、今だ!」
3人で娘を囲み、口を塞ぐと同時に担ぎ上げ、路地に連れ込む。一瞬の離れ業。
すぐに目隠し、猿ぐつわ、後ろ手に縛り拘束完了。
「こんな楽な仕事ったらねえぜ。楽勝、楽勝。」
「あなたたち、何をしてらっしゃるの?」
「あ、ああ?」
そこには、こんな路地裏が不釣り合いな令嬢が。
「すっこんでな、お嬢ちゃん。怪我するぜ~」
普通ならこれだけ凄めば逃げ出すはずなのに…
「あら、子悪党が言いそうなセリフだこと!」
「な、なんだとー?邪魔だ!どかせろ!」
「へい!」
さらった娘を担ぎ上げ「行くぞ!お前ら。」
「・・・」
「ん?」
振り返ると子分二人がのびている。
「その娘さんを解放しなさい!」
娘を下ろしナイフを抜く。「邪魔すんじゃねえ!」
イラッとした俺は相手が令嬢だなんて気にもせず、殺す気でナイフを突き出した。
『悪いなお嬢ちゃん。』
しかし、刃先は空を切り、伸びきった腕を令嬢に掴まれたと思った瞬間、背中から地面に叩きつけられていた。
「あぐぐぐ・・・」『息ができない~』
「大丈夫?ここ、石畳ですもんね~痛そー。」
「うぐぐ…覚えて、ろ!」
お互いを支えあいながら去っていく3人。
「あ、兄貴~、魔法でも使われたんすか~?」
「んなもんねえ!」
「くそ!!!」
「あー、ビックリした。ナイフなんて出すんだもん、ちょっと本気出しちゃったじゃない。」
「おっと。大丈夫ですか?」
目隠しと猿ぐつわを外すと…
『あー?レ、レオナ様!?』
「あ、あなたは…?」
『ヤバーい!今、主人公と関わるのはNGよ~!』
一瞬変顔をしてレオナの目を誤魔化すクロエ。
「お気をつけあそばせ~!」逃げるようにその場を離れる。
「レオナ!どこだー?」通りのほうから声が。
「ここです!」
「探したよ、レオナ嬢。どうしました?」殿下御一行。
「さらわれそうに、なりました。」
「なに!?」
「賊は?」
「もういません。どなたかに助けていただきました。」
「王室の警備か?それなら残って私に報告するはずだな…」
『あの方、どこかで…』
「失敗しただと!」公爵家地下。
「も、申し訳ありません。たまたま居合わせた10人ほどの酔っ払いに行く手を阻まれまして。
面目次第もございません。」
先ほどの3人、膝をつき、頭を垂れている。
叱責しているのは公爵!
「これで警備が厳しくなるは必定。」ウロウロしながら独り言をつぶやいている。
『あの娘が計画の妨げになる前に処分したかったが…』
「仕方ない、次はないと思え!」
「ははー」
「兄貴、あの程度で良かったです…げぼっ」喉を切られ血を噴出させ絶命する手下。
「ヒイイ!」逃げ出したもう一人も、背中にナイフが。
『この俺様があんな小娘に後れを取ったなど、誰にも知られる訳にいかん!
次会ったときは…必ず仕留める。』