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幸運の少女

作者: ウォーカー

 これは、地味で目立たない、ある女子中学生の話。


 その女子中学生は、勉強も運動も平凡で、

他の生徒と話すことも少ない、地味な生徒の一人。

そんな自分でも人の役に立ちたい。

そう考えて、学校の委員会活動に精を出していた。


 ある日の朝。

その女子中学生は、目覚ましが鳴るよりも前に目を覚ました。

時計を見ると、学校に行く時間までにはまだ時間がある。

しかし、せっかく早起きしたのだからと、

いつもより早く学校に登校することにした。

早朝の住宅地を歩き、商店街を通り抜けて、学校へたどり着く。

校門と玄関を通り抜け、間もなくして自分のクラスの教室が見えてきた。

教室のドアを開けて中を覗くと、教室にはまだ誰も登校していなかった。

静寂に包まれた教室に入り、

並んでいる椅子と机の間を通り抜けて自分の席へ向かう。

着席して一息ついて、

鞄から教科書やノートを取り出して机の中に仕舞おうとして、

ふと、机の中に何かが入っている手触りがした。

取り出すとそれは、一枚の紙だった。

大きさはノートと同じくらい。

全体的にくすんだ色に焼けていて、何やら薄い色で文章が印刷されている。

紙に付いた埃を払いながら、その女子中学生は目を通した。

「これ、学級新聞みたいね。

 それも、すごく古いものだわ。」

その女子中学生が言う通り、その紙は学級新聞だった。

所々擦り切れていて判別し難いが、

その内容からとても古いものであることが伺えた。

「こんなに古い学級新聞が、

 どうして私の机の中に入っているのかしら。」

授業が始まるまでには、まだ時間がある。

暇つぶしには丁度いい。

その女子中学生は、古い学級新聞を読んでみることにした。

古い学校行事、古い教育課程の授業、古い地域行事、などなど。

その中で目を惹いたのは、

紙面の端っこにある、おまじない特集だった。


幸運の傘。

この学校では、幸運の傘というおまじないがあります。

緑色の傘を見つけたら、それは幸運の印。

持っていると幸運を呼んでくれます。

大切にすると良いでしょう。


おまじない特集には、そのような事が書かれていた。

その女子中学生は特段に信心深い方では無かったので、

おまじないの話を読んでもすぐに信じるということは無い。

肩をすくめて独り言を言う。

「おまじないだなんて、

 いつの時代も子供のすることは変わらないのね。

 幸運の傘だなんて、ただの気の所為でしょう。」

そうこうしている間に、廊下からガヤガヤと人の気配が近付いてきた。

どうやら他の生徒達が登校してきたようだ。

「学級新聞を読んでいたら、もうこんな時間だわ。

 授業の用意をしないと。」

その女子中学生は手にしていた学級新聞を畳んで机の中に押し込むと、

教科書とノートを取り出して授業の準備をしたのだった。


 それから時間が過ぎて、学校の授業が終わった放課後。

生徒たちが次々と帰宅していく中、

その女子中学生は委員会の仕事を言いつけられて、

中々帰れずにいた。

外では夕日が傾き、空が暗くなっていった。

空が暗いのは時間のせいだけではなく、

遠くの空から黒い雨雲が近付いて、やがて大粒の雨が降り注ぎ始めた。

その女子中学生が委員会の仕事を終えて、学校の玄関にやってきた頃、

外ではまだ雨が降り続いていた。

「困ったわね。

 今日は雨が降るとは思わなかったから、傘を持って来ていないわ。

 私の家、学校から結構遠いのよね。

 この雨の中で歩いて帰ったら、ずぶ濡れになるだろうなぁ。」

女子中学生ともなれば、雨に濡れて人前を歩くのは気が引ける。

どうにかできないかと周囲を見渡すと、

学校の玄関の隅に置かれている傘立てに、

一本の傘が残されているのに気が付いた。

それは、古めかしい緑色の傘だった。

その女子中学生に邪な考えがよぎる。

「・・・あの傘、借りていこうかしら。

 この時間は、部活も校内活動も終わっていて、

 学校の中に残っている生徒は私が最後のはず。

 委員会室の戸締まりをしたのは私なのだから、そうに違いないわ。

 それなのに、傘立てに傘が残っているということは、

 きっと誰かの置き傘なのよ。

 私が今日それを借りていっても、誰も困らないはず。

 明日こっそり返しておけば、誰にも気が付かれることも無いはずよ。」

委員会室の戸締まりをしたからといって、

他に生徒が残っていないとは断言できない。

傘立てに傘が残っているのが、その証かもしれない。

頭でそれは分かっているのだが、気が付かない振りをしてしまう。

そもそも、学校の傘立てなど、傘を盗られて当然。

かく言うその女子中学生も、

傘を度々盗まれては困った思いをさせられたものだった。

それなら、

自分も一度くらい傘を借りていっても許されるのではないか。

そうしてその女子中学生は、

周囲を見回して誰もいないのを確認すると、

傘立てにあった緑色の傘を拝借し、その傘を差して雨の中を下校していった。


 雨の中、学校から家までの道のりを、

学校の傘立てから拝借した傘を差して歩くその女子中学生。

傘が雨粒を弾くのを下から見上げながら、ふと気がついた。

「そういえばこの傘、緑色をしているわね。

 朝に読んだ学級新聞に載っていた幸運の傘も、確か緑色だったわ。

 もしかして、この傘が幸運を呼んでくれたのかしら。

 まさか、それじゃ順序が逆よね。」

そんなことを考えながら歩いていると、道は商店街に差し掛かる。

その時、商店街の喫茶店から男女二人連れが出てきて、

その女子中学生とぶつかりそうになった。

喫茶店から出てきたのは、制服を着た男女二人連れ。

着ている制服から、その女子中学生と同じ学校の生徒のようだ。

二人連れの女子生徒の方が、その女子中学生の姿を見て、

何かに気が付いたような表情になった。

はっと表情を変えて、

それからすぐに、ついっと顔を逸らすと、

一緒にいた男子生徒と相合い傘で通り過ぎていってしまった。

そんな様子には気が付かず、二人連れの後ろ姿を見ながら、

その女子中学生が思わず口にする。

「あの子たち、私と同じ学校の生徒みたい。

 ボーイフレンドと一緒に下校だなんて、羨ましいな。

 私には友達もいないし、ボーイフレンドなんて夢のまた夢だなぁ。」

ぼやきながら、その女子中学生はまた歩き始めた。

すると、

家まで道半ばというところで、雨は弱くなって、

やがてすっかり止んでしまったのだった。

「何よ。

 せっかく傘を用意したのに、途中で雨が止んでしまったわ。

 ここまで来て学校に傘を返しに行くのも面倒ね。

 仕方がない。

 この傘は明日学校に持っていこう。」

その女子中学生は肩をすくめて、それから傘を畳んだ。

人の物を拝借してまで用意した傘は、

雨が止んでしまうと、ただのお荷物になってしまったのだった。


 次の日、すっかり晴れ上がった朝。

その女子中学生は、少し早めに学校に登校していた。

誰にも見られず、昨日拝借した傘を返すために。

しかし、学校の玄関にたどり着くとそこには、

傘立ては無くなってしまっていた。

「・・・傘立てが無いわ。

 昨日借りた傘を返そうと思ったのに。

 傘立てが無いと、どこに傘を返したら良いか分からないわ。

 その辺に置いておいたらいいのかしら。」

仕方がなく、近くにいた用務員にそれとなく聞いてみる。

「すみません。

 傘立てはどこでしょうか。

 昨日、ここにあったと思うのですが。」

話しかけられた用務員が、頭を掻きながら応える。

「ああ、あの傘立てのことか。

 傘の盗難が多くてね、撤去することになったんだよ。

 これからは、各自の傘は自分で管理してくれ。

 教室に持っていく前に、雨粒を良く拭き取ってな。」

傘の盗難と言われて、その女子中学生は、

持っていた緑色の傘を思わず後ろに隠してしまった。

額に汗を浮かべて聞き返す。

「そ、そうですか。

 昨日、ここに置いてあった傘立てに、傘を忘れていった人はいませんか。」

「いや、そういう話は聞いてないよ。

 忘れ物があれば分かるはずだけど、何も知らされてないな。

 忘れ物の届け出もされてないと思う。

 君、傘を忘れたのかい。」

「いえ!そうじゃないんです。

 失礼しました。」

その女子中学生は引きつった笑みを浮かべて、そそくさとその場を後にした。

そして、まだ無人の教室に入ると、

持っていた緑色の傘をロッカーの中に隠したのだった。


 拝借した緑色の傘を返しそびれてから、何日か経って。

大ぴらに返す相手を探すわけにもいかず、

その女子中学生のロッカーの中には、緑色の傘がまだ入れられたままだった。

それが原因なのかどうか、

その女子中学生には、細やかな不幸が相次いでいた。

雨の日に傘を差した途端、雨が止んでしまったり。

傘を差して歩いていると、車が踏んだ水たまりの水でずぶ濡れにされたり。

突然の突風に傘を煽られて転んでしまったり。

襲いかかる不幸は、傘にまつわるものばかり。

その事実に気が付いて、その女子中学生は震え上がった。

「あの傘を盗んでから、傘に関係する不幸なことばかりが起こってる。

 私が傘を盗んだから罰が当たったんだわ。

 あの傘は緑色。

 学級新聞に載っていた幸運の傘は、きっとあの傘のことだったのよ。

 幸運の傘を盗むなんて、私は何てことをしてしまったのかしら。

 悪いことをした私は、これからずっと罰を受け続けるのだわ。

 でも、それは全て私が原因。

 悪いのは私なのだから、受け入れるしか無いのよ。」

そうしてその女子中学生は、

傘に纏わる不幸に見舞われ続けたが、

それを罰だとして甘んじて受け入れたのだった。


 それから数週間が経って。

その女子中学生は今も傘に纏わる不幸に見舞われていた。

しかし、起こったのは、不幸なことばかりでは無かった。

緑色の傘を手にしてから、

今まで話したこともない生徒と近付くことが多くなった。

休み時間にそれとなく、他の生徒が近くに寄ってくる気がする。

体育の授業で、一緒に運動する相手を探すのに困らなくなった。

近くに他の生徒がいることが多くなるのに伴って、

他の生徒から話しかけられることも多くなった。

元よりその女子中学生は、寡黙というわけでは無かったので、

話している内に会話に花が咲くようになり、

気が付いた時にはもう、

友人関係といえるような関係になっていた。

今日もクラスメイトたちと話をしながら、

その女子中学生は内心、首を傾げていた。

「あの幸運の傘を手にしてから、

 何だか他の子たちに話しかけられることが多くなった気がするわ。

 以前は、黙っていると誰からも話しかけられることは無かったのに。

 まさか、これは幸運の傘のご利益なのかしら。

 でも、盗んだ罰は当たっているのに、

 罰とご利益の両方が同時に当たったりするのかしら。」

「ねえ、聞いてる?

 今日のお昼休みは、みんなで一緒にお弁当を食べましょうよ。」

そうして考え事をしている間にも、他の生徒から話しかけられるのだった。

そして、

その様子を少し離れたところから見ながら、

ヒソヒソと話している生徒たちがいた。

数人の生徒たちが、口元に手をかざして話をしている。

「ねえ、見て。

 あれが件の女子よ。」

「知ってる。

 何でも、あの子の近くにいると、幸運に恵まれるんですってね。」

「この間、わたし雨に降られたんだけど、

 近くにいたあの子が傘を差した途端、雨が止んだの。

 おかげでわたしは、傘が無かったのに濡れずに済んだわ。」

話を聞いていた別の女子生徒が、話に加わってきた。

「あっ、あたし、あの子のこと知ってる。

 この間、あたしの置き傘を差してた子だよ。」

「あなたの置き傘を、あの子が使ってたの?

 それって泥棒ってこと?」

もっともな指摘に、しかし、

傘の持ち主だという女子生徒は手を振って否定する。

「ううん、そんな大げさなことじゃないよ。

 古くなった置き傘の処分に困って、

 捨てようと思って傘立てに置いていったの。

 だから、それを誰かが役立ててくれたなら、わたしはそれでいいの。

 それよりも、

 あの傘を置いていった後で雨に降られたのだけど、

 傘が無かったおかげで、憧れの先輩と相合い傘できちゃった。」

嬉しそうに話す女子生徒に、他の生徒が羨ましそうに言う。

「あら、それは得したわねぇ。

 それも、あの子のご利益のおかげかもしれないわね。

 さしずめ、幸運の少女といったところかしら。」

自分がそんな噂になっているとは露知らず。

その女子中学生は、自分のことがそんな噂話になっているなど、

夢にも思っていなかったのだった。


 そんなことがあって。

その女子中学生は今も、傘に纏わる不幸に遭い続けている。

雨の日にその女子中学生が傘を開くと、たちまち雨は止んでしまう。

雨が降っていなければ、傘はただのお荷物。

それはその女子中学生にとっては不幸なこと。

しかし、周囲の人たちにとっては、

雨に降られることを防いでくれたことにもなる。

その女子中学生が不幸に遭う傍らで、周囲の人たちには幸運がもたらされる。

そうしてその女子中学生が通う学校では、

幸運の少女、という噂話が、

言い伝えられていくことになるのだった。



終わり。


 誰かの不幸は、別の誰かの幸運になる。

しかしそれは、食って食われてという意味ではなく、

誰かが大変なことを引き受けてくれているから、

別の誰かが助かっているという意味であって欲しい。

そう思ってこの話を書きました。


この女子中学生が通う学校には、いくつもの怪談、言い伝えがあります。

幸運の傘という話もその一つです。

しかし、傘が本当に幸運をもたらしてくれたのか、確認する術はありません。

一つ確かなのは、机の中に古めかしい学級新聞が入れられていたということだけ。

どれが本当に存在することなのか、難しいところです。


お読み頂きありがとうございました。


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[一言] 最初はどうなることやらと、不思議で不気味だったけど、後半、ささやかな幸せが増えていったのでだんだん気持ちが明るくなりました。雨上がりのように! 楽しく読ませていただきました<(_ _)>(*…
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