表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

路線バス(前編)

バスを降りる時に挨拶する人


「へぇぇ」と思わず口から音が漏れてしまった。

長い髪を後ろでひとつにまとめた彼女が、不思議そうにこちらを振り向く。

バスのステップで短いヒールがカツン、と音を立てた。


学部の一年生で飲み会をしよう、という文面がLINEグループに流れたのが、確か1週間くらい前。誰が幹事をしているのかは知らないけれども、あれよあれよという間に日程とお店が決まり、折角なので、とこうして足を運んでいる大学は駅から少々離れたところにあり、一人暮らしの自分も当然大学周辺に住んでいるものだから、駅まで行くのにわざわざバスに乗らなければならない。雪に閉ざされた道では、まだ当分自転車は乗れそうになかった。


30分に1本しか来ないバスを使うとなると必然的に同じバスに乗ることになるのだけれども、残念なことに知り合いが一人もいなかった。前の方で立って喋っている数人の女子大生、あの人らも同じ学部だった気がする。オリエンテーションの時の自己紹介で見た顔のような。興味がなくて名前とか覚えていないんだけど。テンションが高いのか妙に高い声が耳に障ってしまう。知らないおばさんの隣に肩を縮めて座り、リュックの底からイヤホンを引っ張り出して耳に差し込んだ。なんだ結局、高校生の時と何も変わらないじゃないか。


『お待たせいたしました。終点、駅前でございます。お忘れ物などございませんよう、気をつけてお降りくださいませ。本日は、市営バスをご利用いただき、誠にありがとうございました…』


スッと席を立つ。右ポケットのICカードを引っ張り出して並ぶ。ちょうど彼女らの真後ろになった。「ピ」という小気味いい音を立てて次々と降りていく。けれども、一番後ろのポニーテールの彼女だけは、小銭と整理券を投入口に流し込むと

「ありがとうございました。」

と、小さいながらもはっきりと、声に出して言った。

「へぇぇ」

思わず、本当に思わず、口から漏れてしまった。彼女が一瞬振り向く。慌てて俺は、窓の外に目を向けた。


居酒屋につくと、もう先に入っている人たちがいて、ぱらぱらと散って座っていた。どうやらクジで咳がきまっているらしい。俺のは…と送られてきた画像を見る。安定の壁際だった。

上着を片手に、席に近づく。向かいに座っていたのは、先程のポニーテールだった。


一瞬、微妙な間が流れる。

ぺこりと彼女がお辞儀をしたので、俺も釣られるように頭を下げた。


「えーっと、葛城ユウジくん、だよね?」

「ああ、うん。」

席について早々、名前を言われる。驚いた、まさか名前を覚えられているなんて。こちとら名前どころか、顔すら覚えているか怪しいというのに。

「えーっと…」

「私は川西舞。よろしくね。」

覚えていないことを察して、向こうの方から自己紹介してくれた。コミュ力の塊。

「マイさん、ね。わかった。よろしく。」

この下の名前で呼び合うという慣習に、未だに慣れない。「郷に入れば郷に従え」という事くらい重々承知はしているのだけれども。

『常識とは18歳までに身につけた偏見である』とかの有名なアインシュタインは言った。ならば、大学生の常識というのは最早ただの偏見なのでは?なんてくだらない事を考えていた。


「それでさ」

「え?」

目の前の彼女の言葉で、急に現実に引き戻される。

「さっきのバス、私、何か変だった?」

やはりバッチリ聞かれてしまっていたようだ。こういうところから変人扱いされて、ぼっちロードを歩んでいくことになるんだろうな、と悲しい気持ちになる。

「やっぱり、ICカードじゃ無いからってこと?都会の人みんな使ってるもんね…」

自分の考えとは見当違いの事を気にしている彼女が可笑しくて、知らず知らずのうちに吹き出してしまった…

「ぷっ、いやいや、そうではなくて…」

「うっわ笑った、やっぱり馬鹿にしてんでしょ。」

「だから違うって。そもそもICカード使う使わないで田舎かどうこうなんてわかんないし。」

「え?違うの?」

「うん。」

「そっか〜。」

彼女はふぅーっと大きく息を吐いた。

「そんなに心配すること?」

「するよ、だって私、路線バス人生で数回しか乗ったことないし。」

「それマジ?」

「うん、基本車か自転車のど田舎出身なんだ、私。」

「へぇ…」

ちょっと想像のつかない世界で軽くビビっていた。彼女からしたら30分に1本くるだけでも十分都会なのだろうか。

「じゃ、じゃあ、さっきなんで変な目で私の事見てたの?」

「変な目では無いからね?単純にちょっと、驚いただけ。」

念を押して訂正しておく。俺のマイナスイメージが広まるのは何としても避けなければならない。

「ICカード使ってない以外に、なんか驚く要素あった?」

「いやぁ…」

これを言ったらおそらく、変な目で見られるであろう事は容易に想像がつく。けれども彼女のまっすぐな目を見ていたら、誤魔化す気も失せてしまった。ふぅとため息をひとつついて、俺は言葉を繋げた。


「バス降りる時に、挨拶するんだなぁって。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ