後日談その14 誕生日プレゼントにほしいもの
――8月15日は、しほの誕生日。
先日は20歳を迎えたので、記念に居酒屋に行った。幸太郎と二人で飲んだあの瞬間こそ楽しかったが、翌日に地獄のような二日酔いを味わった彼女は、それから三日ほど気分を悪そうにしていた。
そんなわけで、日を改めて。
しほの体調が戻ったところで、二人は数日ぶりの再会を果たした。
「幸太郎くんにお話があるわ」
「二日酔いの苦しみはもう散々聞いたよ」
「そ、それじゃないもんっ。こほん……ほら、わたしってこの前誕生日だったでしょう? そのプレゼントは、ほしいものがあるって言ってたわよね?」
幸太郎の自宅にて。
しほは、もはや定位置となっているソファに座りながら、幸太郎にそんなことを伝えた。
「うん。だから、今回はまだ買ってないけど……今から買いに行く?」
「いえ。買いに行く必要はないわ。すぐに用意できるもの」
「……俺の私物がほしいとか? そんなの、プレゼントじゃなくても別に好きに持って行っていいのに」
「え!? じゃ、じゃあ、幸太郎くんのお洋服を――って、違うわ。たしかに幸太郎くんの私物はほしいけれど、今日はもっと別のものがほしいの」
「別のもの?」
幸太郎は首を傾げている。
まだ、しほの意図が把握できていないようだ。
二人はもう出会ってから五年以上経過している。ある程度のことであればしほのことを理解している彼でも、今回はなかなか意思が伝わっていなかった。
「……うーん。なんだろう」
「え、えっとね。ちょっと、言いにくいものなのだけれど」
一方、しほも珍しく歯切れが悪い。
彼女はかなりシンプルな人間なので、気持ちをまっすぐ言う人間だ。こんなにも言いよどんでいるのは滅多にみられる姿ではない。
いったい彼女は何を求めているのか。
幸太郎が考えていると……しほがついに、意を決したように持ってきていたカバンから何かを取り出した。
それは、丁寧にファイルに入れられた、一枚の用紙である。
「――こ、これなんだけどっ」
「……婚姻届?」
そう。それは、婚姻届と書かれた書類だった。
それを見て、幸太郎はなるほどと納得する。しほが何を求めていたのか、ようやく把握したのだ。
「懐かしいなぁ。そういえば、高校生の時も一度もらったよね」
「あ、あれはまだイタズラだったわ。今回は、ちょっと本気に近いというか……ママがそろそろ確約しておきなさいって、うるさくて」
「あはは、そうなんだ。愛情深い人だからなぁ」
二人はまだ二十歳。結婚のことを考えるのは早すぎる。
だが、もうニ十歳ともいえるわけで。
もうお酒だって飲めるようになったし、しほに至っては車だって運転している。
高校生の頃はまだ二人とも子供だった。
だが、今の幸太郎もしほを『子供』と表現するのは、少し無理があるだろう。
「べ、別に書いてほしいと言っているわけじゃないわよ? ただ、気持ちだけでもというかっ」
少し、緊張しているのか。
珍しくしほが幸太郎から目をそらしている。もしかしたら、重い女と思われているかもしれないと、怖がっている。
そして幸太郎は、もちろんしほがそう思っていることも察知しているわけで。
「分かった。それ、借りていい?」
「え? あ、うん。どうぞ」
「ありがとう。ちょっと待っててね」
それから、彼は自分の部屋に行って……数分程経って、すぐに戻って来た。
その手には、先ほどしほから受け取った用紙と、それからもう一枚の用紙を持っている。
それは――数年前にイタズラでもらった、しほの記入済み婚姻届だった。
「しぃちゃんのサインが入っているのは持っているから、そっちは持ってていいよ」
「え? これって……?」
先ほど、新しく持ってきたはずの婚姻届。
白紙だったそれには、なんと……幸太郎のサインが全て入っていたのだ。
「――大丈夫だよ。気持ちは、一緒だから」
しほのほしい誕生日プレゼント。
それは、二人の未来への約束。
それを形として、幸太郎はプレゼントした。
その用紙を受け取って……しほは、愛情が爆発した。
ソファから立ち上がって、飛びつくように幸太郎に抱き着くしほ。
そんな彼女を、幸太郎はしっかりと受け止めた。
「好きっ。幸太郎くんのこと、大好きすぎるわ」
「うん、ありがとう。俺も大好きだよ」
抱き合って、笑い合う。
その笑顔は、もちろん幸せに満ち溢れていた。
今も、そして未来においても。
二人の幸せな人生は、変わらない――。
お読みくださりありがとうございます。
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雰囲気は、霜月さんに近くなっているかもしれません。
『打ち切り漫画に転生して不遇モブヒロインにアドバイスしたら、覚醒して絶世の美少女に化けたのに俺のそばを離れなくて主人公が焦りだした』
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