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五百七十二話 全否定

 俺は、良くも悪くも『中山幸太郎』でしかない。

 争いごとが苦手で、人に緊張感を与えない柔らかを持っていて、拒絶することが苦手で、良く言えば優しく、悪く言えば臆病な人間である。


 今の俺は、自分のことをよく分かっているつもりだ。

 自分のことをやや過小評価するクセがあるので、そこを補正した上でも……やっぱり、残念ながらメアリーさんの想像を超えるようなアイディアが思いつく人間ではなかった。


 だから、君の言う『覚醒』なんてできるわけがない。

 俺は結局のところ、メアリーさんの下位互換でしかないのだから。


「ねぇ、ここからどう物語を修正するんだい?」


 しかしメアリーさんは、俺が覚醒したと信じ込んでいる。

 頭のいい彼女なら真実を理解しているはずなのに……そうしないと、彼女は心を保てないように見えた。


「クルリが恋心を再燃させようとしてる伏線はどう回収する? シホがキミの優しさに甘えて腑抜けている現状、彼女にはバツがくだらなければならない。そうじゃないと、爽快感が得られないだろう? この進みすぎたラブコメに再び起伏を作るには、相思相愛の状態は都合が悪すぎる。一旦、関係性を壊さなければ、読者が満足するような物語にはならないんじゃないかな?」


 俺よりも更に、メタ的な視点で彼女が現実を見ている。

 ここまでいくと、物語思想とすら呼べない。創作者視点のクリエイターだ。


 やっぱり、創作者の目線で考えると、俺としぃちゃんのラブコメは不完全なのである。

 それを解決するには、クリエイターを超えた存在が必要だ。でも、そんな存在なんていない。何故なら物語において創作者は神であり、超えることなどできない。


 だから、メアリーさんの思い込みはただの『幻想』なのである。


「メアリーさん……本当は、分かっているんじゃないかな」


 俺の肩をつかむ手を、そっと握ってみる。

 メアリーさんの力は弱々しく、簡単に引き剥がすことができた。


 まるで、抵抗の意思がない。

 それこそが『答え』だと思う。


 しかし、メアリーさんの口はなおも強がっていた。


「わ、分かっているって、何が? ワタシには何も分からないよ……だってコウタロウは、ワタシを超越した存在なんだ。だから、分かるわけが、ない」


 そう言いながらも、視線は泳いでいた。

 俺と目を合わせる素振りすら見せないのは……現実を直視したくない、という心情の表れなのだろう。


 あの、不遜で憎たらしく、常に堂々としていたメアリーさんはもういない。

 今の彼女は、あまりにも痛々しく……可哀想に、見えてしまう。


 思わず、慰めてあげたくなるような。

 そんな同情をしている自分に気付いて、俺もまた彼女から目をそらしてしまった。


 もう、見ていられない。

 だから、ハッキリ言ってあげよう。


 早く、彼女の勘違いを正してあげて……楽にしてあげた方がいいと思ったのである。


「メアリーさん……俺は、ただの『中山幸太郎』だよ。それ以上でも、それ以下でもない……少なくとも、君の考えているような覚醒した『主人公』ではないんだ」


「……言うな」


 ごめんね。

 でもこれは、ちゃんと言わないといけないから。


「そもそも、主人公なんてこの世界には存在しないよ」


「……言うな!」


 怒鳴り、彼女は俺の口をふさごうと、手を伸ばす。

 反射的に彼女の手を掴んでそれを防いだものの、勢いは殺せず……俺とメアリーさんは、砂浜に倒れてしまった。


 メアリーさんが、俺に馬乗りになる。

 必死に口をふさごうとしているけど、やっぱりその力は弱々しくて……だからちゃんと、言ってあげることができた。





「現実は――『物語』じゃないよ」




 物語の根幹を。

 このラブコメのすべてを『全否定』したのだ――。

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