五百四十一話 今更ながらの
夏休み。俺たちは胡桃沢さんが所有しているプライベートビーチに遊びに来ていた。
人里離れた場所にあるこのビーチは、昨日まで俺たち以外ほとんどの人間がいなかったはずである。
おかげで、他人の視線を苦手とするしほや梓も自由気ままに過ごせていた。でも、今日はなぜか大勢の人がいて、二人はびっくりしているようだった。
これでは一般に開放されているビーチとほとんど変わらない。
年齢層は……水着を着た若い女性や、日焼けをしている若い男性などで、若年層が多いように見えた。
普通のビーチならもう少しファミリー層がいるはずなので、これにはかなりの違和感がある。まるで、意図的にこの年齢層が集められたように感じた。
「えっと……」
本来であれば、ビーチをのんびり散歩する予定だったのに。
いや、人の視線を気にしないのであれば、別に問題はないだろう。人が多いとはいえ、混雑しているわけでもない。せいぜい百人くらいである。
とはいえ、やっぱり彼女たちには居心地が悪いようで。
「ちょっと……困ったわね」
しほが難しそうな顔でそう呟いて、肩を落とした。
さっきまではしゃいでいたのに、意気消沈しているように見える。
彼女の視線の先では、五人ほどの男女グループが大声をあげていた。海に来てテンションが上がっているのだろう……時刻はまだお昼前なのに、その手元にはビール缶が握りしめられている。
子供からすると、酔っている大人というのは言葉にできないような恐ろしさを持っている。特に男性の制御できていない野太い声は苦手だ。
俺ですらそう感じているのだから、梓としほには酷だろう。
「お、おにーちゃん……散歩したくないんだったら、帰ってもいいよ? 梓も付き添ってあげるからっ」
梓も散歩の気分ではなくなったらしい。
相変わらず俺に対してだけナマイキだけど、さっきと比べると勢いが弱かった。周囲の視線を気にするように、俺の背中に隠れている……って、あれ?
周囲の視線を、気にしている?
ハッとして、周りの様子を確認してみる。そこでようやく、多くの人間がしほを見ていることに気付いた。
「おい、あの子かわいくねぇか?」
「いいじゃん、悪くない。声かけようぜ」
「隣の男は彼氏か何かか? 邪魔されんぞ」
「ガキだったら大丈夫だろ。いけるいける」
……まずいな。気付くのが遅れた。
特に、若い男性層がしほを凝視している。俺にまで彼らの発言が届いているのだから、聴覚の鋭いしほが聞こえていないわけないだろう。
「うーん……」
さっきから困った顔をしていたのは、それが理由だったのか。
どうして早く気付いてあげられなかったのだろう? 普段の俺なら……もっと周囲が見えていた俺なら、いち早くしほの困惑を察してあげられたはずなのに。
いや、でも……落ち着け。
自分を責めるのは後だ。別にまだ、声をかけられたわけじゃない。
足早にここを去れば、何事もない――そう考えた俺を嘲笑うかのように、三人の男性グループがこちらに歩み寄ってきた。
「よう、ちょっといいか?」
「君、かわいいね。年齢いくつ?」
「ちょっと俺たちと遊ばね?」
髪の毛を染めた、大学生くらいの男性。
いかにもチャラそうな見た目の三人に声をかけられて、俺は息をのんだ。
どうして今更……こんなテンプレの『ナンパイベント』が発生したのか。
もう、物語は終わったはずなのに――
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