三百六十七話 去勢されたチートキャラ
――出会った当初は、もっと不気味で全能感のある強キャラだった。
なんでもできる天才である上に、普通の人間なら気後れしてできないような発想を実行するだけの度胸と、それを実現させるだけの財を持ち合わせているような、パーフェクトヒロインとして物語に登場して……時には敵として、時には味方として、ストーリーをぐちゃぐちゃにしてくれた。
まるで『チートキャラ』のように、彼女……メアリーさんはいい意味でも悪い意味でも厄介なキャラクターだったのである。
物語を感じ取れるだけの俺とは違って、かつての彼女には『作る』能力もあった。
まるで俺の上位互換のキャラ設定がされていたのである。
そんな彼女が、俺はとても苦手だった。もしかしたら嫌いでもあったかもしれない。
しかし、心のどこかでは彼女に憧れていた――のだろうか?
いや、憧憬の感情ではなく、これは『敬意』と『羨望』に近いか。
もし、俺に彼女ほどの力があったなら……もっと別の物語を歩むことができていたかもしれない。
メアリーさんを見ていると、もっといい道や選択肢があったのだろうか、と考えさせられることが多かった。
そうやって、敵……いや、彼女は俺を敵とすら認識してないか。
とにかく、メアリーさんに対して俺は少なからず特別な感情を抱いていたわけである。
だというのに……今の姿は、かつてのメアリーさんからほど遠かった。
「むにゃむにゃ。もう食べられないよぉ」
……そんな、使い古された寝言を言うようなキャラクターじゃなかったけどなぁ。
「こら、無能メイド。ご主人様のベッドで眠らないで」
呆れた様子の胡桃沢さんが、容赦なくメアリーさんのお尻を蹴飛ばした。同性だからなのか彼女はまったく遠慮がない……そのせいでメアリーさんは、ベッドからコロコロと転がって床に落ちた。
バタン!
結構な音が鳴ったと思ったら、次の瞬間にはメアリーさんが鼻を押さえながら勢いよく立ち上がった。
「ちょっと! ピンクの分際でワタシを足蹴にするとは何事かな!? 人がせっかく気持ち良く寝ていたのに邪魔しないでくれよっ」
「偉そうなことを言うのね。減給してやろうかしら」
「あー! やめてっ……浪費癖が直らないんだよっ。気付いたらネットショッピングで大量に何かを買っちゃってるんだよ!? 減給なんてされたらスシとテンプラとソバを食べられなくなるから、やめてっ」
「……あんた、性格はひねくれているくせに、意外と日本料理好きよね」
「だからお願いだよっ。最近、グルグル回るスシにハマっちゃってるんだ……あれが食べられない人生なんてイヤだっ。お願いだから、減給しないで!」
「ちょっと、くっつかないで……そんなにお願いするなわ、分かったわよ。減給はしない……まぁ、かわいい一面もあるのね」
「ワタシがかわいい? そんなの当たり前だよ、今更言われなくても分かってるけど?」
「訂正。やっぱりかわいくない……って、そんな話はどうでもいいのよ。あんたに客よ」
ずっと放置されていたのでぼんやりしていたけど、ようやく会話が中断されたので俺は手を挙げた。
「いきなりごめん、メアリーさん」
声をかける。すると、そこでようやくメアリーさんは俺に気付いて……それから、胡桃沢さんの足に縋りつく自分の滑稽さを、実感したようだ。
「み、見るなっ……こんなワタシを見るなー!」
……出会った頃は、あんなに獰猛で手が付けられなかったのに。
今では、まるで去勢された猫みたいに、大人しくなっていた――




