三百六十六話 自分のことを語れない主人公
『え? あのクソメイドに相談したいことがある? ふーん……まぁ、そうね。あたしの所有物は基本的に貸出はしてないんだけど、中山だったらいいわ。じゃあ、一緒に帰るわよ』
俺としては、連絡先だけ聞き出せればそれでいいと思っていた。
しかし、胡桃沢さんはわざわざ俺を家に連れ帰って、直接メアリーさんに合わせてくれたのである。
(懐かしいな……)
相変わらず、庶民の俺には考えられないような豪邸を目の当たりにすると、びっくりしてしまう。
ここに来るのはいつぶりだろう?
まぁ、数ヵ月しか経っていないかな?
しかし、その間に色々なことがありすぎたせいで、とても長い時間が経っているような気がした。
「……そういえばなんとなく連れてきたけど、あの子はそういうの大丈夫なの?」
移動中、彼女はずっと無言だった。俺も別に無言は苦じゃないタイプなのでずっと押し黙っていたけれど……車から降りるといきなり話しかけられたので、ちょっと焦ってしまった。
「あ、あの子って?」
「察しが悪いわね。あの子よ……霜月しほ」
「あー、なるほど」
急な質問だったので頭が回らなかった。
要するに、他の女子の家に来ることをしほが許しているのか――と、そう聞きたいのだろう。
「結構、独占欲が強そうに見えるけど」
「へー……しほって、そんな印象があるんだ」
あながち、間違ってはいない。確かにしほは自分よりも他の女子を優先すると拗ねる。
ただ、今日に限っては問題なかった。
「大丈夫。今日は梓と買い物に行くらしいから」
「梓って、ああ……あのちっちゃくて可愛い子?」
「うん。最近、仲良くしてるみたいで」
二人とも進級してから得に仲が良くなっているように見える。
まぁ、恐らく……二人とも新しいクラスになって人見知りがまだ抜けないので、新しい友人を作れていないのかもしれない。そうなってくると、自然に二人が一緒にいる時間が増えて、結果的にもっと親密になったのだろう。
「なんか、嬉しそうね」
二人のことを考えていたからだろうか。
無意識に頬が緩んでいたようだ。
「まぁ、うん……ハブられているのはちょっと寂しいけど、今日は女の子だけの買い物がしたいって言われたから」
「ふーん。じゃあ、下着とか買ってるんじゃない? あんたがいたら、恥ずかしいだろうし」
「もしくは、俺に隠れて甘い物ばっかり食べてるかも」
思い浮かんだことをそのまま喋ると……胡桃沢さんが、小さく笑った。
「中山って、普通に話せるならそうすればいいのに」
しほに関することだからなのか、自然と口数が多くなっていたようだ。
それを見て、胡桃沢さんは笑ったのかもしれない。
「え? それはまぁ、話せるけど」
「自分のことはまったく話せていないけどね」
「それは……語れることがないから」
「ふーん?」
胡桃沢邸に入りながら、雑談は続く。
向かっている先は、たぶん彼女の部屋なのだろう。以前も来たことがあるので、なんとなくルートも覚えていた。
「まぁ、今日はこれくらいでいいわ。あたしの所有物を貸し出す代金は、今の雑談で支払ってもらったということにしてあげる」
そんな、不思議なことを言ってから、胡桃沢さんが自分の部屋を開けた。
そして見えたのは……胡桃沢さんのベッドにだらしなく寝るメイドさんだった。
「くかーっ」
気持ちよさそうな寝息を立てながら、仰向けになって寝ている。
野生を忘れた警戒心のない飼い猫みたいに、とても無防備だった――




