第三百六十五話 平穏恐怖症?
……不可解だった。
この穏やかな日常に不満があるわけじゃない。
むしろ、俺が理想としていたものに近い毎日を過ごせている。
だからこそ、落ち着かない。
いや、落ち着いた途端に……何かがやってきそうで、怖い。
今までずっと、そうだった。
今度こそ何も起きない――そう思った途端に、物語が加速する。
そして、しほが彼女が悲しんでしまうわけだ。
いつもその『何か』に備えて、対処してきた。
おかげで、色々あって……結局、竜崎のハーレムラブコメは終わりを迎えたわけだけれど。
しかし……俺としほのラブコメは続いている。
だというのに、平穏が訪れているから、分からないのだ。
「中山、じゃあな」
学校が終わって、帰り支度をしているとクラスメイトの花岸が気さくに声をかけてきた。
「う、うん。また明日……」
いきなりの出来事に驚きながらも手を振ると、彼は軽やかに笑って教室を出て行った。今から野球部の活動をするのだろう……大好きな部活の時間がやってきているせいか、その足取りは軽いように見える。
そんな彼と俺は、もしかしたら『友人』という関係性を構築できているのかもしれない。
(――俺が、友達?)
一年前の自分と比較すると、信じられない出来事だった。
あのモブキャラが……今では普通の高校生みたいな日常を送っている。
その感覚が、とても気持ち悪くて……無性に『何かしなければならない』という焦燥感を生むのだ。
しかし、何も起きていないのに何かをすることなんてできないわけで。
だからこそ、立ち往生してしまい……どうしていいか分からずに、悶々とした毎日を過ごしていた。
『幸太郎くん、何か気になることでもあるの? ……今日は私を見てくれないから、なんだか面白くないわっ』
昨日のことだ。
いつものようにしほと雑談していたのだけど、彼女にそんなことを言われてしまった。
どうやら、俺の様子が気になっているようである。
ふてくされたような顔もかわいかったけれど、不満の感情を抱かせていることには、不甲斐なさを感じていた。
(いつまでも、こうやってモヤモヤしたくないな……)
環境はいいのに、自分の状態が良くない。
いや、俺自身が勝手に悩んでいるというか……不必要に力が入っている、というか。
とにかく、この悩みを解決したかった。
そのためにどうしたものか……と、考えていた時だった。
「……ねぇ、さよならって言ってるのに、無視しないでくれない?」
不意に肩を揺さぶられて、ハッと我を取り戻した。
慌てて顔を上げると、そこにはムスッとした表情の胡桃沢さんがいた。
「そんなに、あたしと話すのはイヤなわけ?」
「え? いや、そんなことないけどっ」
「じゃあ『さよなら』くらい言ってよ」
……ぼんやりしていたせいで、話しかけられたことにも気付かなかったようだ。
「ご、ごめん。さよなら」
慌てて手を振ると、胡桃沢さんは少しだけ頬を緩めた。
「ええ、さようなら」
「……何か、用事でもあったとか?」
「いいえ。ただ、さよならを言っただけよ」
肩をすくめて、彼女はそのまま教室を出て行こうとする。
同じクラスになってから、彼女とはこうやって時折会話するようになった。別に親しいわけではないけれど、他人という距離感にもないわけで……俺としては、どう接していいか分からなくなる。
まぁ、それがイヤなわけじゃない。
ただ、戸惑っているだけだった
(……そういえば、胡桃沢さんってメアリーさんをメイドに雇ってるんだっけ)
彼女の上品な後ろ姿を眺めていたら、ふとメイド服のメアリーさんを思い出す。
そして……不意に閃いた。
「――そうだっ」
物語のことで、悩んでいるのなら。
俺よりも物語に詳しい、彼女に相談すればいいのでは?
メアリーさんなら……俺が抱えている悩みについて、有意義な意見を聞かせてくれるかもしれない。
直感的にそう思った俺は、慌てて胡桃沢さんを追いかけるのだった――
あけましておめでとうございます!
昨年度は本当にありがとうございました。
読んでくれる皆様のおかげで、とても素敵な一年を過ごすことができました。
本年度もどうぞよろしくお願い致しますm(__)m
僕も精一杯、がんばります(`・ω・´)ゞ




