書籍発売記念 『霜月しほの前日譚(プロローグ)』
いつもありがとうございます!
本日、10月20日より書籍が発売されました。
せっかくなので書籍版では語られていない、霜月しほの前日譚を書きたいと思います。入学式から、彼女が幸太郎と出会うまでの語られていない空白の期間です。
こちらはweb版の『霜月しほ』ではなく、書籍版の『霜月しほ』として書かせていただきます。
どうぞよろしくお願いします。
――高校生になったら何かが変わると思っていた。
一緒にオシャベリできたり、遊んだり、笑いあえるような『友人』を、彼女は夢に見ていた。
だけど、そんな妄想は入学式初日に打ち砕かれた。
「……今日も誰ともしゃべらなかったわ」
帰宅して部屋に戻り、一人呟く。『いってきます』以降に聞いた自分の声は、久しぶりに発声したせいで少しかすれていた。
「はぁ……」
ため息をついて姿見に映る自分を見つめる。
銀髪蒼眼の少女は今、無表情で佇んでいた。
「どうして期待なんてしたのかしら……」
鏡に映る自分は中学生の頃から何も変わってなんかない。
だから、現実だって何かが変わるわけがなかったのだ。
高校の入学式。出会いに胸を高鳴らせていたが、話しかけられたのは担任の鈴木先生だけ。しかもその時ですら、彼女はまともに返答できなかった。
結局、彼女が抱えている一つの大きな問題を解決しない限り、夢に見ていたような現実なんて叶うわけがなかった。
「霜月しほ。あなたは相変わらず、人見知りなのね」
鏡の自分に話しかける。
物真似しかしてくれない彼女に話しかけても返答はないが、それは現実のしほもそうなので、大して変わらないと自虐的に思ってしまう。
霜月しほは『人見知り』である。
幼いころから彼女は家族以外の人間に対して緊張するクセがあった。
そのせいで同世代の人間とまともに会話できたことがない。
緊張しないのは両親の前だけだった。おかげで周囲からは『無口でクールで無表情』だと思われてしまている。
本当のしほは違うのに。
もしも緊張さえしなければ、もっとたくさん笑えるのに。
そうすれば、友達だって――
「――無理よ」
バッサリと、彼女は期待を切り捨てる。
鏡に映る自分に向かって、しほは冷たく言い放った。
「自分で何も変えようとしないくせに、誰かが何かを変えてくれるなんて――そんな都合のいい話、あるわけないじゃない」
ギュッと、掌を握る。
下唇を噛みしめて涙をこらえる自分は、見ていられないくらいに痛々しかった――。
――霜月しほは、諦めていた。
高校生になっても変わらない自分は、一生このままだと思っていた。
実際に、高校生活は中学までと変わらず、ずっと退屈な日々が続いている。
とはいっても、話しかけてくる人がいないわけじゃない。
でも、その相手がよりにもよって……一番苦手な『竜崎龍馬』だから、彼女は困っていた。
(竜崎くん、ごめんね? わたしはあなたの『音』が苦手だから……)
幼いころからなぜか縁のある少年は、高校生になっても隣にいて。
彼の『音』を耳にするたびに、しほは顔をしかめそうになってしまう。
先天的に聴覚が優れていたせいか、しほは感受性が鋭い。
他者の感情に敏感で、だからこそ彼女は竜崎の『自分勝手で独りよがりな音』が苦手だった。
こちらの都合を考えずに一方的に話してばかりの彼は、しほにとって頭痛の種だ。
しかも、なぜか異様にモテる彼の周囲には、彼を好きな女の子が常にいて……彼女たちからにじみ出る『満たされない音』も、しほは苦手だった。
学校では常に耳を押さえていたいと思うほどに。
(――やめて)
イヤな音ばかり響く。
男子からは下心を感じさせる音。
女子からは嫉妬の含まれた音。
大人からは扱いにくいとうんざりした音。
音、音、音、音――その全てがしほを苦しめている。
(――やめて!)
結局、中学生の頃から何も変わらない。
いつもいつも、聞きたくない音まで拾う耳のせいで、知りたくないことを知ってしまい、周囲の人を怖がってばかり。
そのせいで人見知りが直ることはなかった。
そしてきっと、これからも……彼女は他人を怖がってばかりの人生を歩む。
そう思っていたしほは、色々なことを諦めていた。
そうして、五月の後半を迎えた。
誰ともしゃべらないまま、誰とも仲良くなれないまま、心を閉ざしていたしほは……もう、疲れていた。
「…………」
放課後になったらいつもはすぐに帰宅する。
だけどこの日は、もう立ち上がる気力もなかった。
自分の席でそのままうつ伏せになって、目を閉じる。
とはいえ、眠っているわけではない。教室で眠れるほど鈍感であれば、彼女はここまで悩んでいない。
しかし、しばらく目を閉じていたら、教室から人の気配が消えた。
放課後になって一時間程経過しただろうか。誰もいなくなった教室は意外にも静かで、夜更かししてゲームしたせいもあり、眠気を覚えた。
(どうせ、誰かが来たら気配で起きるし……少しくらい、大丈夫よね?)
心地良い微睡みに身を任せる。
次第に眠りは深くなっていって――夢を見た。
「お、おーいっ」
男の子に声をかけられる夢だった。
夢にしては地味な出来事だが、現実でこんなことはありえないので、しほは夢だと断じた。
(だって、わたしが誰かに声をかけられる前に、その人を気付かないわけないもの)
耳が良すぎる彼女は、13の数字が好きな殺し屋と同じくらい人の気配に敏感だから。
「霜月さん!」
ましてや、肩に触れられるほどに近づかれるなんて、そんなの有り得ない。
(……って、あれ?)
しかし、ここでようやく異変に気付いた。
おかしい。
夢にしては、肩に感触があった。
というか、声も耳元で聞こえていて――
(――夢じゃ、ない?)
パチッと、目を開ける。
そして見えたのは――おろおろしている、男子生徒だった。
中肉中背で、顔立ちの薄い、これといって特徴のない少年である。
「…………え?」
彼を見て、思わず声を上げてしまう。
そして、そんな自分に驚いてポカンと口を開けてしまう。
(わたし、なんで……普通に声を出せたの?)
何かがおかしかった。
だって、しほが……いつも通りの『しほ』だったのだ。
(ど、どういうこと?)
困惑しながらも、注意深く男子生徒を観察してみる。
「ご、ご、ごめっ――」
彼はなぜか謝ろうとしていた。
どうして謝っているのか、その意味がしほには分からない。
それから、もっと分からないのは……
「えっと……中山幸太郎くん?」
自分が、無意識にしゃべっていたこと。
もちろんその声によどみはなく、緊張もない。
いつもの『しほ』が、言葉を発していたのだ。
警戒していなかった。
目の前の人間を『危険』だと、まったく思わなかったのである。
(こ、この人、何者?)
やっぱり変だ。
いや、そもそも……しほが無警戒でいられるような人間がクラスにいたことに、彼女は驚いていた。
耳がいい彼女は、人間を『音』で見分ける。
一人一人違う音を発するからこそ、個人を覚えるのも早い。
しかしそれは『興味があるから覚えている』とう理由ではない。『他人が怖いから警戒して、音を覚えている』と表現した方が適切だろう。
だけど――しほは彼の音を意識したことがなかった。
存在すら、話しかけられてやっと意識するような人間が初めてだったのである。
(ど、どういうことかしら?)
戸惑いながらも、耳を傾けて幸太郎の『音』を聞こうとする。
しかし、彼の音はあまりにも小さくて……彼自身が発する声で掻き消えるほどだった。
「う、うん。クラスメイトの中山だけど、別に寝ている霜月さんにイタズラしていたとか、そういうわけじゃなくて、ただ起こそうとしただけで、その……っ!」
彼は聞いてもいないのに状況を説明する。
その態度は、どこか……怖がっているようにも感じた。
(なんで、わたしを?)
怖がっていたのは、いつも自分だった。
そんな自分に、どうして彼はビクビクしているのだろう?
気になって、意識を中山幸太郎に集中させる。
「だ、だから、ごめん!」
すると、いきなり幸太郎がしほに背を向けた。
それから大股で歩き出し、慌てた様子で教室から出て行こうとしていたのだ。
ちょうど、その時だった。
(……き、聞こえた!)
音が、やっと届いた。
幸太郎の人間性を表す音が、やっと聞き取れて……そしてしほは、思わず立ち上がった。
(――懐かしい)
……まるで、初めてではないような懐かしくて、落ち着く音だった。
両親に限りなく近いような安らぐ音で……だから彼の音を知覚できなかったのだと、しほは理解した。
だって、身近な人間の気配を意識することはめったにない。そばにいて当たり前だから気にすることはないだろう。
それに近い音を幸太郎が発している。
だけど彼は、家族じゃない。『他人』だ。そんなのおかしすぎる。
(彼だけは……違うっ)
手を伸ばす。普通の人間とは違う少年が、気になって仕方ない。
背を向けて逃げ出す彼を、捕まえたい。
だけど、もうすでに幸太郎は手の届かない距離にいた。
このまま無言で追いかけても、彼に触れることはできないだろう。
(何も変わらないのは――もう、イヤ!)
だから、しほは抗った。
何も変わらない日常にため息をつくのは、もう飽きた。
だから彼女は勇気を振り絞って、声を上げたのだ。
「待って!」
――そして、二人の運命が交錯する。
呼び止められた幸太郎は反射的に足を止めた。
「ちょ、ちょっと――あっ!?」
その瞬間に、彼女は幸太郎に向かって走り出す……が、あまりに慌てていたせいで、足がもつれて転んだ。
『バタン!』
と、我ながら清々しいほど綺麗に転倒して膝を打つ。
痛みで涙が出そうになったが、泣き顔を見られるのは恥ずかしいので、我慢した。
「だ、大丈夫か!?」
そして、転んだおかげで、幸太郎が逃げないでくれたのだ。
心配そうに駆け寄ってきた彼は、こちらに手を差し伸べてくれた。
距離が、近くなる。
次第に大きくなる彼の『音』は、とても透明で綺麗だった。
「――捕まえたっ」
だから彼女は、差し伸べられた手を握りしめた。
どこにも逃がさないように――ずっとずっと、彼の音を聞いていられるように。
「な、なんで?」
「逃げるから捕まえたの。転んだふりをするなんて、わたしもなかなかの策士だわ」
「じゃ、じゃあ、転んだのはわざと?」
「……わ、わざとよっ。確かにちょっとだけ痛かったけれど、結果的に中山くんを捕まえられたし、計算通りということにしたっていいと思わないかしら?」
「な、なるほど……?」
いきなり手を握られた幸太郎は、やっぱり戸惑ってばかりで何もしない。
彼の音に下心の色がない。幸太郎の音は、ずっと綺麗なままだった。
それと同時に、やっぱり彼に触れてもいつも通りの自分でいられることを思い出す。
「ちょっとだけ待ってね。少し、確認したいことがあるわ」
念入りに手をにぎにぎして確認しても、しほに異変はなかった。
まるで、家にいる時みたいに……自然体の自分でいられたのである。
「ふむふむ、これはこれは……ふーん、やっぱりそういうことかしら?」
「……ど、どういうこと?」
状況がよく分かっていない彼がなんだかおかしくて、しほはほっぺたを緩める。
そう。彼女は――笑っていたのだ。
「あのね。わたし……やっぱり『緊張』してない!」
「……きんちょう?」
「うん! わたし、ちゃんとオシャベリできてるわ!」
……そして、物語が始まったのだ。
この時にようやく『モブキャラ』と『メインヒロイン』のラブコメが、幕を開けたのである――
『霜月しほの前日譚、終わり』
お読みくださりありがとうございます!
書籍では幸太郎視点での出会いしかないのですが、しほ視点だとまた違った気付きがあるかもしれません。
意外と、二人が出会ったことで救われていたのは、幸太郎よりもしほだったのかな?と、書いていて思いました。
そして、書籍版を読み終わった上でもう一度これを読んでみると、また新たな発見があると思います。しほがどうして、幸太郎の音を『懐かしい』と思ったのか――ちゃんと理由があるので、お楽しみに!
ちなみに、この出会いの部分までであれば、BOOK☆WALKERやkindleなどの『試し読み』で見られると思います! web版を読み終えた方にも楽しんでもらえるように、9割以上書き下ろしました。その違いを確認してみていただけると嬉しいです!
web版と書籍版の大きな違いは、幸太郎の人間性です。感想でのご指摘でも多かったのですが、初期の頃は『幸太郎が気持ち悪い』という意見を多数いただいてました。皆様の感想を振り返り、編集さんとたくさん話し合った結果、幸太郎が応援されるようなキャラクターに設定を直すことになり、おかげで大幅に書き直すことになったのです。
たいへんではありましたが、おかげで作品の完成度は数段階上がったと思います。僕としては本当に満足のいく作品になりました!
あとは、皆様に読んでいただけることを願っております。
長くなってしまって申し訳ありません。
もちろん、web版の方もこれから完結までがんばります!
今後とも、末永くお付き合いくださいますと、嬉しいですm(__)m




