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霜月さんはモブが好き  作者: 八神鏡@幼女書籍化&『霜月さんはモブが好き』5巻
第四部

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ネット小説大賞受賞記念 『中山しほさんじゅっさい!』

このたび、ネット小説大賞を受賞させていただきました!

期間中受賞の発表が先にあったのですが、正式な受賞結果が本日出た形です。

これも読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます!

嬉しいので、記念のSSを書かせてください。

アラサーのしほちゃんの一日です。どうぞよろしくお願いしますm(__)m


 ――しほちゃんの朝は遅い。


「ふぁぁあ……」


 目を開けて、欠伸混じりに体を起こす。

 寝ぼけ眼をこすりながらベッドから降りて、窓のカーテンを開ける。

 太陽は既に天高く上っていたので、彼女は顔をしかめてすぐにカーテンを閉めた。


「ふぅ、清々しい朝だわ」


 太陽の位置は見なかったことにして、寝室から出る。

 鼻歌交じりに旦那様の仕事部屋に直行して、ノックもせずに扉を勢いよくあけ放った。


「おはよう、ダーリン♪」


「……おはようにしては、ちょっと時間が遅すぎるけど?」


 苦笑交じりに顔を上げた彼は、最愛の旦那様である。

 パソコンの画面とにらめっこしていた彼は、しほに声をかけられるとすぐに意識をこちらに向けてくれた。


 仕事よりも自分が優先されていることを実感して、しほは朝から機嫌が良さそうである。


「夜遅くまでゲームばっかりしてるから、お昼まで起きられないんだよ」


「ぐぬぬっ。ママみたいなこと言わないで!」


 学生の頃は母親から。

 大人になってからは、旦那様から。

 同じセリフをずっと言われているのだが、彼女は絶対にゲームをやめない。


 30歳になっても、しほちゃんは相変わらずしほちゃんだった。


「ねぇねぇ、だぁちゃんは何をしているの? もしかしてお仕事中?」


「うん、もうちょっとで終わりそうだよ。あと一息ってところかな」


 最近、幸太郎はトラベルライターとして独立したので、会社ではなく家で仕事をする機会が増えていた。

 おかげで彼と一緒に過ごす時間が増えたので、しほはとても充実した毎日を過ごしている。


 今日も、寝起き早々幸太郎の顔が見られたので、とても幸せだった。

 彼が企業勤めしていたちょっと前までは、出勤前に無理矢理起きて見送っていたので、毎日に若干の寝不足感があったのだが……最近は快眠できているので、調子は絶好調である。


「…………えっと、あと一息って終わるんだけど」


「ええ、さっきも同じセリフを聞いたわ」


 ニコニコと笑いながら、部屋の入口で幸太郎を眺めるしほ。

 パソコンと向かい合う彼は、困ったようにメガネのズレを直した。

 最近、年齢を重ねたせいか、パソコンを見ていると目が痛くなるらしい。だから仕事中はブルーライトカットのメガネをかけるようになっていた。


(メガネ姿も悪くないわ)


 内心でそんなことを考えながら、彼女は部屋に留まり続ける。

 出ていくつもりはないようだ。


「うふふ♪」


 楽しそうに笑いながら、彼女はむしろ部屋に入っていく。

 そのまま幸太郎の背後を取って、後ろから彼にもたれかかった。右肩に顎を乗せて、パソコンの画面を覗き込む。


「どうぞ、続けて?」


「……た、退屈じゃないかな? リビングでテレビでも見てた方がいいと思うけど」


「いいえ、おかまいなく」


 そう言っている割には、とても構ってほしそうである。

 幸太郎は困ったように笑いながら、一応は仕事を続けようとキーボードに手を伸ばす。


 しかし、


「えいっ」


 作業中、しほがわきばらを突いてくるので、まったく集中できなかった。


「……なるほど。休憩しなさいって神様が言ってるのか」


 これもまたいつものこと。

 幸太郎は楽しそうに笑いながら、眼鏡をはずして机の上に置いた。

 一旦、仕事は中断するようだ。


 ここでもまた、仕事よりしほを優先してくれる。

 最愛の人の一番であることを再認識して、彼女のほっぺたは落ちそうなほどに緩んでいた。


「ふーん? 神様ったら、とてもいいことを言ってるわね」


「そうだね。うちの神様はいつもかわいいことを言ってくれるよ」


「あらあら♪ かわいいだなんて、照れるわ」


「神様であることは訂正しないのか……えっと、ごはんでも食べに行く?」


「行くー!」


 そういうわけで、外食することになった。

 時間帯はお昼なのだが、彼女にとっては朝ごはんである、


「ラーメンにしましょう!」


 しかし、しほの胃袋は頑丈だった。


「寝起きだけど、大丈夫?」


「余裕だわ。それともステーキがいいかしら?」


「……まぁ、ラーメンがいいかな」


 当然のようにしほの好きな食べ物を選ぶ幸太郎である。

 彼はしほの頭を軽く撫でてから、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ、俺も準備するからしほも身支度しておいで」


「はーい!」


 急いで顔を洗い、着替えて、近所にあるラーメン屋さんに出かける準備をする。

 30分後にはもうラーメン屋さんで麺をすすっていた。




 ――午後。


 昼食という名の実質的には朝ごはんを食べ終えたしほは『仕事』を始めることにした。


「ぐぁあああ負けたぁああ!! ら、ラグよ! この人って無線かしら!? STGのオンゲなんだから有線にするのはマナーでしょう!!」


 ……まぁ、仕事ではなく、その実態はただのシューティングゲームなのだが。


『え? ゲームは遊びじゃないわ。毎日やらないと腕が落ちるのよ? 気軽にプレイするなんて、それこそ製作者に失礼だわ。最近はコミュニケーションツールとして利用されているみたいだけど、そんなの言語道断ね。通話しながらキャッキャウフフ~♪ってやるなんてふざけてるわ。そんな舐めているプレイヤーがいるのなら、私が分からせてやるわよ……このゲームが『命の奪い合い』だということを、ね!!』


 そう言いながらも、実はしほの腕前は大したことがない。

 基本的にポンコツな女の子である上に、両親に愛されて甘やかされて育った彼女の性格は、対戦ゲームにまったく向いていなかった。


 一応、生まれながらに耳がいいので、それを活かすことができたら他のプレイヤーにも負けないはずなのだが……プレイ中は頭に血が上って音など聞いてないので、宝の持ち腐れだった。


「ころしてやる……ころしてやる!!」


 しかし威勢だけはいいので、彼女はゲームに熱中している。

 そんなしほを微笑ましく眺めながら、幸太郎は仕事に励んでいた。もちろんこちらはしほと違って本当の『仕事』である。


 しほが起きている間は彼女がちょっかいを出してくるので、幸太郎が仕事をする時間はしほの睡眠時間が主な割合を占めていた。

 だが、彼女がゲームをしている間だけは仕事に集中できるので、ここぞとばかりに彼は残っている仕事を一気に片付けるのだった。


「ぐぁあああ! また負けた……やめて、私の腕前を下げないでっ。こんなランクだと掲示板サイトで煽れないじゃない……!」


「しぃちゃん、夕食できたからそろそろ休憩にしない?」


 午後七時三十分。

 結局、六時間もゲームに費やした彼女に、幸太郎が声をかける。

 もうすっかり夕食時である。


「待って! あと一戦だけ……!」


「しぃちゃんの好きなカレーライス、冷めちゃうよ?」


「えー! カレーライス!? くんくん……本当だ、カレーライスだわ!!」



 彼女は基本的に欲望に忠実である。

 なので、好きな食べ物があると気付くや否や、コントローラーを置いて食卓に直行した。


「いただきまーす♪」


 カレーを頬張る彼女は、本当に幸せそうである。

 幸太郎も、美味しそうに食べるしほを眺めて、幸せそうに笑っていた。


「幸太郎くんは天才ね……料理の腕前はXランクだわ。私の舌が絶賛しているもの……お店で出してもいいレベルよ」


「ありがとう。ちなみにそれ、インスタントだから別に料理したわけじゃないよ」


「っ!?!?!?!?」


 そうして、ごはんを食べ終えた後はお風呂に入る。

 時間はもう21時を回っていた。


 この時間帯のしほは幸太郎と一緒に過ごすことを決めているようで、片時も彼から離れなかった。


「しぃちゃん、洗濯物畳むの手伝ってくれる?」


「やっ。私はだぁちゃんの肩をマッサージするのに忙しいのよ?」


「そっか。じゃあ、がんばれ」


 洗濯物を畳む幸太郎。そんな彼の肩を揉むしほ。

 聞いていて力が抜けるような会話が繰り広げられていた。


「そういえば、明日は雑誌の撮影だっけ?」


「ええ。だぁちゃんの記事が掲載される雑誌だから、断れなかったわ……そろそろモデルは引退したいのだけれど、いつまで私は働かないといけないのかしら」


「君がかわいいから、モデル業界は手放してくれないだろうね」


「か、かわいい? あら、そうなの? うふふ♪」


 しほは未だにこの程度の誉め言葉で喜んでしまう。

 散々言われ慣れているのだが、幸太郎からの言葉はやっぱり特別なのだ。


 そして、23時。


「よし……そろそろ寝ようかな。しぃちゃんもベッドに行く?」


「うん、行くー!」


 早寝早起きの規則正しい生活を送っている幸太郎は、もう眠る時間帯だった。

 彼は遅くても24時までには寝る。そして幸太郎が眠る時、しほは欠かさず彼に腕枕してもらって添い寝するのが日課だった。


「おやすみ、しぃちゃん」


「ええ、おやすみ。じゃあ、子守歌を唄ってあげるわね?」


「微妙に音痴で笑っちゃうから、何も言わなくていいよ」


「味があるって言って!」


 そんなやり取りをして、幸太郎が眠るまで付き添ってあげる。

 そして、彼が眠った後……まだ眠くない彼女は、再びゲームを始めるのだ。


「クソゲー! これ、クソゲーだわ!!」


 ――彼女が眠るのは、だいたい朝方である。


 それからお昼ごろまで寝て、また起きて、たまにモデルの仕事をして、ゲームをして、幸太郎とイチャイチャして、寝る――そんな毎日を、繰り返していた。


 もう30歳だというのに、彼女はまるで変わっていない。

 食べて、寝て、好きなことだけをやって、好きな人のそばで、生きる。


 そんな幸せな毎日を、延々と繰り返すのだ。


 物語にすると、退屈で仕方ない『駄作』のような毎日。

 でも、その人生は……彼女にとっては、もちろん『傑作』だった。


 中山しほさんじゅっさい。

 今日も幸せな日々を、過ごしています――。


(終わり)






いつもお読みくださりありがとうございます。

改めて、このたび第九回ネット小説大賞を受賞いたしました。

いつも応援してくださる皆様がいてくれたからこそ、こうして嬉しい形が結果として出ました。

おかげさまで、10月20日に1巻が発売されることになりました!

本当にありがとうございます!

これからも、よろしくお願いしますm(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 最終的な発表、おめでとうございました。 さすがに、期中の受賞だけあって、出版も早いですね。 しほはしほのままかあ。その母はあんなに立派だったのに、なんでこんなになってしまったか。そして、も…
[一言] 中山しほさん、じゅっさいかと思った。
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