第三百九話 『物語』ではなく『現実』を見ろ
――思い返してみると、第四部の竜崎龍馬は何もかもが『失敗』していた。
結月に対する告白も、幸太郎との対峙とその対応も……今までなら、彼にとって追い風となるはずの逆境イベントが、現在においてはただの苦境イベントにしかなっていないのだ。
龍馬にとって一番の味方だった『ご都合主義』が働いていない。
気まぐれなラブコメの神様は、もう龍馬に愛想をつかしてしまっている。
だからこそ、今の龍馬は立ち直れずにいた。
彼は人生においてこんなにも人から拒絶されたことがない。
いつも、親しい女の子が龍馬のことを認めてくれたし、肯定してくれていた。
何をしても許されるし、赦される存在だった。
でも、今は違う。
中山幸太郎という異分子が彼のラブコメで暴れまわり、数々の醜態をさらした結果、ついに主人公としての資格さえも失った。
だというのに、それでもなお龍馬は自身を『主人公』だと思い込んでいる。
無意識にだが、まだ彼は『俺ならどうにかなる』と心の奥底で思っている。
故に、彼はキラリに対して態度が悪かった。
何を言っても、彼女たちなら自分を受け入れてくれると、驕っているから。
どんなことを言っても、最終的には甘やかしてくれると、疑っていないから。
つまり、主人公性を失ってもなお、竜崎龍馬は主人公として振る舞っている。
こんな時でさえ、彼は……まだ、人生という物語が彼自身にとって都合がいいように動くだろう――と、期待している。
たとえば、これ以上ないくらいに苦しい状況となっている今において……もし、彼女が登場したら、龍馬の物語は盛り上がるだろう。
彼女――龍馬にとって初恋の相手である『霜月しほ』が登場すれば、彼のラブコメは大きく『転』じる。
幸太郎を裏切り、幼馴染の龍馬を選ぶ。そうすることで、ハーレム主人公としての資格は失ったが、一番大好きな人を手に入れることができる。
こんな物語の展開があるのかもしれないと、彼はまだ自分に期待していたのだ。
そういうわけなので、彼は、インターホンが鳴った時にキラリではない誰かの登場を期待した。
その期待した相手とは、もちろん『霜月しほ』である。
だから彼は、期待外れに登場したキラリに対して、苛立っている。
「――『アタシ』を見ろよ」
そんな最低な男を前にしても、キラリは立ち向かう。
ただの『サブヒロイン』でしかなかった頃の彼女なら、この状況で身を乗り出すなんて出しゃばりなことはしなかっただろう。
自分の『格』通りに、身を引いて龍馬の怒りが収まるのをひたすら待ち続けただろう。あるいは、彼を慰めてその寵愛を賜ろうとしていたかもしれない。
だけど、そんな惨めなキャラクターでいることを、キラリはやめた。
「いつまで過去を見てんの? りゅーくん……いや、竜崎龍馬。どうしてあんたは、今を見ないの? 過去のアタシなんて関係ないじゃん。今のアタシが、あんたの目の前にいるのに」
怒鳴ってはいない。
かつて、幸太郎と対峙した時みたいに、感情的にはならない。
あくまで、冷静に。
キラリは、丁寧に竜崎龍馬の『歪み』を指摘した。
「いつまで、幼馴染の霜月しほを引きずってんの?」
――彼女は気付いていた。
まだ彼が、しほのことを忘れられていないことも、察していた。
だって、龍馬のことを愛しているから。
彼の視線や仕草、言動からなんとなく分かってしまうのだ。
そして、それが『歪み』の原因になっていることも、理解していた。
竜崎龍馬を矯正するには、そのあたりをしっかりと訂正しなければならない。
「どんなに努力しても、期待しても、願っても……霜月しほは、竜崎龍馬の所有物になんかならないよ?」
ちゃんと、理解させなければならない。
何もかもが自分の思い通りに行くなんてことは、めったにない――ということを。
そんな都合のいいことは、虚構の世界にしか存在しない――ということを。
「いいかげんにして」
キラリは、冷たく言い放つ。
竜崎龍馬に『物語』ではなく『現実』を見せるためにも――。




