間話13 語るにはちょっとだけ早いとある未来の日常(ラブコメ) その3
――幸太郎くんと楽しい毎日を送るために、私は『何』になればいいんだろう?
しほは考える。
砂糖菓子よりも甘い感情に脳みそは溶けそうだったが、いい機会なのでちゃんと将来のことについて向き合うことにした。
「ヒモ……じゃなかった。専業主婦になったら、幸太郎くんとずっと一緒にいられるかしら?」
「うーん、どうだろう? 俺がしほの分も働くから、一緒にいられる時間が増えるとは限らないかもね」
「でも、旅行雑誌のライターさんになるのでしょう? あれってお家でもお仕事できないの?」
幸太郎の将来の目標は聞いている。
彼は、旅行記事を書くトラベルライターになりたいと、高校卒業の時にしほに打ち明けていた。
「個人で仕事を受注できるレベルになったらそうしたいけど……まずはちゃんと就職する予定だよ。企業で実力をつけて、信頼を得て、その後で独立しようかなって考えてる」
「にゃるほどぉ」
思ったよりもちゃんと将来のことを考えている幸太郎に、しほは思わずうっとりしそうになってしまう。そんな自分は抑えて、今は将来のことに意識を集中させた。
「じゃあ、大学を卒業したら海外に行くことも多くなるってことだから……つまり、お家にはあんまりいられないってことなのね!?」
そして、ようやく気付いた真実に、しほは驚愕した。
「だったらヒモになっても意味ないわっ。幸太郎くんがいないのなら、働いた方がマシよ」
彼女にとっての一番は『幸太郎』である。
つまり彼女は『働きたくない』というわけではないのだ。
「よ、よし! そういうことなら、私も幸太郎くんと一緒のお仕事する! 二人で同じ仕事をしたら、ずっと一緒にいられるもの……わ、私ってもしかして、天才かしら?」
「落ち着いて。一緒の仕事でもいいけど、二人で同じ場所の記事を書くわけにもいかないから……たぶん、すれ違いが多くなるんじゃない?」
「――確かに!」
どういう形であれば、幸太郎と一緒に長い時間を過ごせるのか。
そのために、しほは一生懸命脳みそを動かした。
「むむむ……! 幸太郎くんは飛行機に乗るから、CAさんもありかしら? いや、でも同じ場所に行けるとは限らないし、私ではそもそもなれないだろうし……いっそのこと、幸太郎くんの荷物持ちとか? あ、お世話係になればいいんじゃない? つまり、私がなるべき職業は――幸太郎くんのメイドさんってこと!?」
天才らしい突飛な発想に、幸太郎は終始頬を緩めっぱなしである。
こんなやり取りさえも、彼はとても楽しんでいるようだ。
「メイドさんの給料が俺の財布から出るのなら、メイドじゃなくて専業主婦でもいいんじゃない?」
「――確かに!」
二度目の論破さえも素直に受け入れたしほが、再び苦悩するように顎に手を当てた。
そんな彼女を眺めながら、幸太郎が助け舟を出すように、ぽつりとこんなことを呟いた。
「旅行の記事って、写真が大切だよね」
「ええ、そうね……あ、分かった! つまり私はカメラマンになればいいってこと!?」
「とはいえ、雑誌の記事だから……パンフレットとかちゃんとした資料の作成なら別だろうけど、基本的にはライターが撮影するんじゃないかな?」
海外に行くにもお金がかかる。
余計な人件費をかけないよう、行く人員は最低限に絞られるだろう。
「でも、撮られる人間に関しては、誰でもいいってわけじゃない。被写体は綺麗な人間だといいよね」
実は――幸太郎は、ちゃんとしほの将来のことについても考えていた。
彼女の意思は縛らない。でも、だからと言ってしほの将来について、無視するつもりもなかった。
彼女が本当にやりたいことは『幸太郎のそばにいること』である。
そのために何がやりたいのか分からない――そんな状況になることを、幸太郎は予想していた。
しほが、幸太郎のことを何でも分かっているように。
幸太郎も、しほのことを何でも分かっているのだから。
「しほ、雑誌のモデルになるのはどう?」
そう言って、幸太郎はカバンから一つの雑誌を取り出す。
それは、誰もが聞いたことあるような大手旅行雑誌であり……幸太郎の母親が紹介した企業でもあった――