間話12 語るにはちょっとだけ早いとある未来の日常(ラブコメ) その2
角砂糖が4つ。シロップが3つ。ミルクが2つ。
それだけ投入してようやく、しほが美味しく飲める甘さになったらしい。
「うふふ……コーヒーを嗜む私、とても大人っぽい……っ!」
「それがコーヒーと呼べるかどうかは分からないけど。それで、えっと……何の話だっけ? そうそう、しほがヒモになる話か」
幸太郎は小さく笑いながら、話の筋道を戻す。
ヒモという単語が出た瞬間、再びしほの怒りが再燃した。
「ヒモって呼ばないでっ。専業主婦って言ってくれないと拗ねちゃうわよ? ほら、フグみたいにほっぺたを膨らませちゃうわ」
20歳になっても子供みたいな怒りの表現方法は、残念ながらまったく怖くない。
幸太郎はそれを微笑ましく眺めていた。
「俺は別にヒモなんて思ってないよ。でも、しほがそうなりたいのなら、応援しようかなって思ってた」
「――うぐっ。ママとパパより私に甘い人間がこの世にいるなんて信じられないわ……素敵すぎて心臓が出そうになっちゃった」
「え? 俺、甘いのか……じゃあ厳しくしようかな」
「やめてっ。私は叱られるより褒められた方が伸びる女の子だから! 甘やかされて生きてきたから、厳しくなんかされたらすぐに心が折れちゃうわ」
「だけどなぁ……甘やかしたらしほのためにならない可能性もあるし」
「幸太郎くん? 私が嫌いな三つの言葉を教えてあげるわ……それはね、『努力』『根性』『我慢』よ」
彼女は気付いていない。
その思考の先にあるのが『ヒモ』なのだが、怠惰を許されてきたしほは嗜好だけでなく考えも甘かった。
しほは基本的にナマケモノで、好きなことしかやりたくない性格なのだが、しかし一つだけ彼女が絶対としている信念がある。
それを守るためなら、嫌いなことだってできるくらいに、強い思いを持っていた。
その信念とは、『幸太郎への愛情』である。
「うーん……でも、幸太郎くんが私に『努力してほしい』と言うのなら、がんばるわ。専業主婦になりたいけれど、それがイヤなら働くし、どんなに辛いことでも根性を入れて我慢しようかしら」
大好きな人の言葉なら、嫌いなことだってやる。
だって、彼に嫌われること以上に、嫌いなことがないから。
「ねぇ、幸太郎くんはどうしてほしい?」
しほの問いに、幸太郎は肩をすくめてコーヒーカップに口をつけた。
少し思案するように目を伏せて、それからゆっくりとカップから口を離す。
それから出た結論は、二人の関係のようにとても『甘い』ものだった。
「しほが幸せな生活がいいかな」
「……幸せ?」
「うん。働いた方が楽しいならそっちがいいし、家事をする方が楽しいならそうしていてほしい。一人で何かをするのがイヤなら、一緒にやる。しほが後悔しないで、幸せな生活が送れたら、どんな形でもいい」
――そもそもの話。
しほは嫌われることを恐れているが、幸太郎は嫌いになるという思考がまったくない。
だから、しほがどんな道を選ぼうと、彼はそれを受け入れてくれるのである。
だが、幸太郎にも譲れないものはあって。
「だから、しほの未来はしほがちゃんと考えて、選ぶべきだよ」
彼は、霜月しほを縛らない。
そばにいて、どんなことをされても受け入れるくらいに愛しているが、自分の操り人形にはなってほしくないと願っている。
顔色を窺ってほしいわけじゃない。貢いでほしくもない。ご機嫌を取られるような真似もされたくない。とにかく対等な人間として、二人で一緒に人生を歩もうとしているのだ。
かつては『物語の人形』だった彼だからこその願い、とも言えるだろう。
そんな彼に対して、しほは顔を真っ赤にして胸を抑えていた。
「ど、どうしよう……大好きすぎて吐いちゃいそう」
甘党のしほもまた、その糖分には胸焼けしているようである――