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第百七十二話 裏切りと自己嫌悪


 資産家の令嬢という存在は、まるで違う世界に住むお姫様かのように思えた。


「すごい家だな……」


 放課後、俺は胡桃沢さんの家に招待された。

 昨日は叔母さんの会社で話し合いをしたが、今日からは本格的に家庭教師を始めるということで、彼女の家に来たのである。


 見渡す限り全てが敷地となっていて、門から住居までの距離も長い。車から降りて見上げた邸宅は、テレビでしか見たことがないような豪邸だった。


「まったくね。うちの父はいったどんな悪いことをしてお金を稼いでいるのかしら?」


 俺の呟きが聞こえたのか、隣にいた胡桃沢さんがクスクスと笑いながら声をかけてくる。


 車内では終始押し黙っていたので、何も会話はなかったのだが……あまりに桁違いの世界を目の当たりにして、思わず感嘆の声を上げてしまった。


 俺が言葉を発したのが嬉しかったのか、胡桃沢さんの表情は明るい。それが分かるから、気分は複雑だった。

 俺程度の言葉一つで感情が左右されるなんて……やっぱり、おかしいと思う。


「さぁ、行きましょう?」


 先導するように、胡桃沢さんが歩き出す。

 ふと後ろを見て見たら、さっきまで車を運転してくれていた女性が、ぺこりと頭を下げていた。彼女は使用人なのだろうか?


 そういえば、メアリーさんにも彼女みたいな使用人がいたことを思い出す。あの人も、規模で言えば胡桃沢家並みの資産家に生まれたのかもしれない。


 まぁ、今は国外にいるらしいので、俺には関係はないか。


「ここが私のお部屋よ……男の子を招くのは初めてだから、緊張するわね。とはいっても、あんまり女の子らしい部屋でもないから、恥ずかしがる必要もないのだけれど」


 案内された部屋は、思ったよりも質素でスッキリした部屋だった。

 広さは十分にあるのだが、生活感は薄い。少なくとも、しほの部屋みたいにファンシーな雰囲気はまったくない。


 机、クローゼット、本棚、ベッドなどなど……生活に必要な家具は最低限あるけれど、これといって胡桃沢さんを印象付けるようなアイテムはなかった。


 どちらかといえば、俺の部屋に似ているかもしれない。


「じゃあ、えっと……そうね。とりあえず、勉強をしましょうか。一応、あなたは家庭教師という形式で雇っているわけだし、ね?」


「俺はあんまり成績良くないぞ?」


「それでもいいわ。結局、あなたと一緒にいたいだけで、『家庭教師』はただの口実だもの……勉強を教えなくてもいいいから、一緒にしましょう?」


 そう言ってから、胡桃沢さんは照れたように微笑む。微かに頬を赤くして、彼女はこんなことを言った。


「あと、好きな人と一緒にお勉強会をするのが、夢だったから……叶えてくれると、嬉しい」


 ……そんなことを言われると、弱い。

 彼女は俺のことが本当に好きなのだと意識させられてしまう。

 好意に対して拒絶感を示せるほど、俺は鈍感になれない。

 だから結局は、受け入れてしまうのだ。


「う、うん……分かった」


 でも、無意識に罪悪感がこみあげてくるのは、しほのことを思い出しているからだろう。


 彼女はきっと、俺が他の女の子と勉強会をしていたら、やきもちを焼くのだろうなぁ……全部終わったら、ちゃんと謝らないといけない。


 簡単に許してくれるとは思わないけれど。

 だけど、まぁ……うん。最近、俺の成績が悪くなっている事実は否めないのだ。


 将来、しほを養うためにも、勉強はしておいた方がいい。

 だから今回の勉強会は、胡桃沢さんと仲良くなるため――というよりは、自分のためと割り切ってもいいのかもしれない。


 ……なんて、またしても言い訳を考えている自分がいることに気が付いて、不意に気分が重くなった。


 いかなる理由があったとしても、俺がしほを裏切っているという真実を覆すことなどできない。


 それに気付いたら最後……後は自己嫌悪のループに陥るしかないのだ。


 自分を否定しても、意味などないというのに――



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 胡桃沢さんは中山が昔のロボットみたいだったころに戻ったことについてはなにも思わないのか? 竜崎に興味を示さずに中山のほうに来たのはしほによって変わった中山を見たからなんだろ?
[一言] 携帯はないし、当人にはあえなくても、家にいって親に事情伝えるくらいはできるだろうからなあ。それをしないだけでやっぱり不誠実ではあるな。ギルティ。 そのうちざつおんがまじっちゃうな。
[一言] まあこの胡桃沢さんとの勉強会は親の仕事絡みのプレッシャーということである程度はしかたないだろうな。でも、偽主人公の事をズタボロに言ってたんだから、それなりの対応しろっては思う。
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