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八話・幻想の中で




 どれだけ時間が経ったのか、ふと気付いたら、俺は海の上に立っていた。


 「………………ん!?」


 秒遅れで違和感に気付く。

 というより、なぜ気付くのに数秒を要したのか分からないような違和感だらけだ。


 辺りを見回してみる。


 雲一つない青い空、俺をぐるっと囲む海。

 陸らしきものは影かたちなく、黒、青、緑に近い変わった色の潮が俺の足下でぶつかり、ぐるぐると潮目を作っていた。



 異様だ。


 海で二つ以上の潮がぶつかり合うなんてものを初めて見た。

 さらに、俺は海の上に沈まず立っているわけで。


 おかしいな、さっきまで森にいたはずなのだけれど。

 


 しかしそんなふうに頭は混乱しているが、この状況に少し既視感はある。


 そう、この場面は俺がいつの間にか森にいた時とさして変わらない様相なのだ。


 気付けばここにいる。

 ここが何処かも知らないのに、なぜかいる。

 しかも妖の仕業じゃないときた。


 うーん、困った。

 いったいなにが起こったのか、考えてみる。


 「えっと、俺が瞬間移動した可能性と俺は死んでいて、ここが死後の世界の可能性。後は…………森にいたのが全部幻の可能性」


 自分でそこまで言って、ゾッとした。

 ヘレンと一緒に過ごしたあの短い時間がもう得られないものだと考えるだけで、嫌な汗が背中を伝う。

 

 「くそ、なにが正解だ……?」


 「どれもハズレですかねぇ」

 

 突然、後ろからそんな声がした。


 「なっ!?」


 声はすぐ近くで聞こえたのに、なんの気配もしなかった。


 その事実に少なくない困惑を覚えながら慌てて後ろを振り返る。



 果たしてその声の主は、俺から数歩のところにゆらりと佇んでいた。


 背丈と体格は俺と同じくらいか、暗い鼠色の束帯を身に纏っている。


 古めかしい格好ではあるが、しかしそれ以上に、その顔面部は異様だった。


 男は青銅の面を被っていた。


 長く大きい耳と、その耳まで裂けたように広がる口。そしてなによりその面は、目が飛び出ていた。

 

 見たことは無いが、寺の文献で見たのに特徴が似ている。確か、殷代の縦目仮面とか言ったか。

 なぜこの男がかぶっているのかは知らないが、異形の王を(かたど)った数千年前の遺物だ。


「…………誰だ?」


 視線を切ることなく、動揺を隠しながら静かに問う。

 微かに口が動いたか、仮面が少し揺れて言葉が男から発せられる。

 

 「私はあなた、あなたの始祖であり後継者。それが答えです」


 果たして返ってきたのはそんな、あまりに不思議な答えだった。


 所々錆びて赤茶色になった青銅面が、俺の戸惑いを見透かしたようにゆらゆら揺れた。

 

 「これ以上、私も身を明かせません。それには代償があまりに大きい。今日は幾つか、あなたに金言を授けに来たのです」


 きっと後々感謝しますよ、とクツクツ笑う。


 今の状況すら呑み込めていないやつにこれ以後の助言か。開いた口が塞がらない。

 

「……ついでにこの不思議な場所についても説明が欲しいところだけど」

 「ふむ、あなたが大切に思っている人は幻ではない、とだけ答えましょうか」


 男のはっきりとしたその言葉に、ほっと大きなため息が溢れた。


 男の答えから真っ先に思い浮かんだのは、やっぱりヘレンの顔だった。

 幻でない、とそう言われただけなのに、俺の中の暗い不安は大部分が消えていた。

 この男が嘘を吐いている可能性は、なぜか考えなかった。


 また仮面が揺れて、こもった声が発せられる。


 「ふふ、ではあなたが安心したところで、助言を。いいですか、あなたは人間じゃあない。人ならざる者の造った新たな存在です」


 男はそう言って小さく笑う。

 ぎょろ、と仮面の飛び出た目玉が、俺を睨んだ気がした。

 

 しかし男の言葉の真意が分からなくて、俺は考え込んだ。

 俺は半妖なのだから、人間でないのは当たり前だ。そんなことは言われるまでもなくとうの昔に知っている、なんの新鮮みもない情報だ。


 だがわざわざそれを『助言』とまで前置きして伝えてきたのだから、もしかしたら金言なのかもしれない。


 ちらりと男を目をやったが、彼はなにを言うでもなく、面に貼り付いた変わらない笑みを浮かべていた。



 「……そろそろ時間切れですね」


 ため息をつくように吐息と一緒に言葉が流れ出るように仮面の奥から聞こえた。


 「なに?」


 聞き返した途端、これまで凪いでいた海が波を立て始めた。

 ぱちゃりと波が足にかかって、初めて身体が濡れた。


 「どういうことだ?」

 「時間切れ、それだけですよ」


 少しずつ、少しずつ高くなる。

 波のせいなのか、俺の足が海につかるようになった。

 満ち潮に取り残されたような気持ちになって男を見たが、その姿は波の間でだんだんと見えなくなっていく。

 聞きたい事はまだいくらでもあるのに、残された時間はもう零を指しているらしい。

 殆ど見えなくなった仮面の男に、がむしゃらに問い掛けた。


 「おい待て!俺は死んでないんだよな!?」


 下らない問いだと、言った後で後悔した。

 この質問がいったいなにになるんだと我ながら情けない。


 「ええ、あなたは()()()()。また会いましょう、次はあなたから来ていただきたいものですけどね」


 男の姿はもう見えない。けれど、そんな答えだけははっきりと聞こえた。


 「それはどういう………………!」

 


 俺はそこで海に沈んだ。

 やっぱり最後まで聞くことはできなかった。

 

 コポ、と口から(あぶく)が溢れた。

 暗い光のない水の中、波が荒くなっても未だに三分割されたままの潮目が目に映る。


 綺麗だった。

 黒、青、緑が混じり合うことなく、それぞれがどこまでも続いている。

 俺は黒い潮に沈みながら、その世界を眺めていた。


 この空間には果てがあるんだろうか。三つが途切れたらそこには何があるんだろうか。謎は尽きない。


 コポコポと口から泡が溢れる。

 俺は黒い潮目に沈んだまま、意識をあっさりと手放した。不思議と、息は苦しくなかった。





予約投稿出来てなかった……!

ごめんなさい!

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