五話・魔法、ねぇ
「──ってな感じだな」
「うーん、ちょっと信じ難いですわね………」
「やっぱり?」
道すがら、俺はヘレンに身の上話の第二部を語っていた。
一部は記憶喪失であることを言って終わったからちょっと詳しめに俺の出自、仕事、ここまでの経緯を話したのだ。
「取り敢えず、妖怪とやらの存在は分かりましたのよ。けど、あなたがそれとの混血なのが分からないですわ。見た感じ人族と変わりないですわよ?」
「それはヘレンの考える妖の姿が魔物のそれだからだろ?妖怪にだって、人と変わらない見た目の奴もいるんだよ」
「文化の差ですわねぇ」
「妖と魔物のどこが文化だね?」
ただこんな感じで、所々で常識の差異を感じる。
そもそも、ここら辺には妖怪がいないようなのだ。唐土ですら妖はいるというのに、俺はいったいどこにいるんだろう。下手したら南蛮辺りまで飛ばされたのかもしれない。
……あれ、つまりここでの俺の存在価値、ほぼ零じゃないか?人妖衆なんてお呼びでない?
「それなら後でその妖術とか言うのを………ちょっと、なんで泣いてるんですの?」
「役立たずな自分がちょっと嫌になって……妖がいないんなら俺、ここで出来ること無くない?」
「なに言ってるんですの。妖術と退魔術?とか言うのは、多分魔法の代わりになるって話しましたわよね?この大陸じゃあ魔法が使えるだけで大きな強みなんですから、心配することはないですわよ」
「…ああ、そういえば確かにそんなことを………」
実は身の上話を話す前、兎の墓を掘った術について知りたくて、先に魔法について説明してもらったのだ。
かなり長くて難しかったのでかいつまんで説明すると魔法とは、
魔力という生物全てが持つ力を、体外になんらかの形で放出したもの、らしい。
……これだけでも難しいな、ごめん。
まあ要は、魔法は【場】で、魔力は霊力だ。
妖術の現地版だと思えば自然かもしれない。
勿論少し違うところもあって、魔法は体外に放出する際の形で幾つかの属性に分類される。
基本一人一属性。
属性は、土、水、風、火、氷、雷、光、闇、無。
さらにこれとは別に『血族魔法』と『精霊魔法』があって、血族魔法は貴族のみが使える魔法。
繊細で平民となした子には受け継がれないため、使い手を減らさないために貴族と平民の結婚は許されてい。
精霊魔法は森人族と妖精族のみが使える魔法。詳細は語られていない。
と、短くまとめてもこんな感じ。
ヘレンから説明を聞いてるだけでも疲れた。
ヘレンもよくこの年齢でこんな複雑な内容を覚えてるよ。やっぱり優秀ではあるんだろうな。
あ、それと話は変わるけど、ヘレンがここにいる理由は、病気のお兄さんのための薬草を採りにきたからだとか。
それで妹が死んだらお兄さんも悲しむと思うんだけど、まあ無事だからなにも言わない。
俺には分からないけれど、兄想いな妹を持って幸せですね。
あとヘレンの話から分かったのは、彼女が土と風の二属性持ちで、貴族だという事くらいだろうか。
ヘレンは、確かケルンと言ったか、この森の先にある交易都市を治める領主の子だ。
肩書きで言えば辺境伯家第二令嬢、いわゆる大貴族のお嬢様ということになる。
随分親しみやすい貴族もいたもんだとそれを聞いた時は思ったけれど、かなりの頻度で街におりていたと言われて少し納得した。
普通の貴族家は滅多なことで街におりたりしない。多分この子か、この子の家が特殊なんだろう。
つまり俺は、並の人が踏み込まないような森でちゃんと言葉の通じる人間と出会い、さらにそれが貴族の令嬢で、さらにさらに下々を差別しない話が通じるまとも(?)な子であった、と。
……………始皇帝の治世に吉兆の象徴、白澤を見るくらい確率低くないか?
「あっ、そうですわ」
「どした?」
そんなことを考えていたら、ヘレンがポンとなにか思い出したように手を叩いた。なんだろうか。
「実は名前の候補幾つか絞ってみたんですけど、三つあるうちの何番目が良いですか?」
おや、会話はしながらでも、約束はちゃんと果たそうとしてくれていたらしい。
随分熱心に話をしていて忘れられてやしないかとヒヤヒヤしていたもんだから、内心ちょっとほっとして……………ん?何番目が良いか?
聞き間違いかな?
「………ごめん、今なんて言った?」
「だから一番、二番、三番のどれが良いかって聞いたんですわ」
「聞き間違いじゃないのか!?」
俺の名前ってそんな選択で決まるの?
どの番号選んでも、まともな名前になる気がしないよ。
「冗談でしょ?」
「冗談ですわ」
「冗談かよ!」
なんだこの漫才は。
しれっとしたヘレンの顔が憎たらしい。
一発手刀で殴っとこ。
「とう」
「あだっ……!」
頭を大袈裟におさえるヘレン。
手加減したからそんな痛くないだろうに。
「で、ちゃんとした名前だよな?」
「当たり前ですわ。うぅ……場を和ませるジョークだったんですのに………」
「もうちょっとそれっぽいのにしてくれます?」
あんな自然な笑顔で言われたら、どうやったって間に受けるだろ。
今一瞬、これからずっと名を隠しながら生きるの覚悟した。
「あー、痛いですわ。…それでわたくしが考えた名ですけど、言ってもよろしいですの?」
俺に殴られた頭頂部をさすりながらぶつくさそう言うヘレン。
あ、もう考えてはいるのか。冗談だけで完結するのかと思ってた。
変な名前だったら嫌だけど、ちょっと楽しみだな。
「どーぞお願いします」
「ふふ、お願いされたら言うしかありませんわね!」
俺よりヘレンの方が楽しそうだ。
「わたくしが考えたのは、エレクっていう名前ですわ」
「へえ」
聞いた名前を頭の中で何度も反芻してみる。
エレク、エレク。案外悪くない。
酷いの名前を想像していただけに、結構違和感が無くてしっくりくる。
どう?と少し不安げな表情で俺を見るヘレン。
ちょっと意外だけど、もらった側の反応が気になるくらいには真剣に考えてくれたのだろう。少し嬉しい。
「ヘレン、新しい名前気に入ったよ。俺はこれからエレクでいく。良い名をありがとう、ヘレン」
「! 良かったですわ!」
ぴょんと飛び跳ね、無邪気に喜ぶヘレン。
こういうところも元気でいいなぁ。
この元気をそのまま、戦闘にまで持っていてくれたら万事解決なのに。
「ふふ、いい仕事しましたわ!」
そんな俺の無粋な考えなど露知らず、余程嬉しかったのかヘレンはそう言ってスキップまではじめた。
「そんなに嬉しい?」
「当たり前ですわ!これから一緒に冒険する相方に、気に入ってもらえる名前をつけられたんですもの!ね、エレク様!」
「それは良かった」
俺に反応求めたってどうしようもないだろうに。
それにしてもこの調子でヘレンと一緒にいたら、俺はいつ国許に帰れるんだろうか。
あんまりにも帰りが遅かったら怒られるよな……まあ誰の顔も名前も、覚えてないけど。
ともあれ今は考えるのも面倒だし、ヘレンが楽しそうだから良しとしよう。
この子が嬉しそうだとこっちも心が軽くなるんだから不思議だ。
「エレク様、遅いですわよ!」
「はいはい」
そう俺は声を掛けられて、スキップで先に進んで行ったヘレンを追った。