表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/55

一話・半人前の半妖




 トントントン。


 戸を叩く乾いた音が朝のお寺に鳴り響きました。


 ガタガタ。ガコン。


 しばらくして扉が開き、住職さんが出てきます。


 「はいはい、どなたかな?」

 「端町の与作です、おしょうさん。寺の前に捨て子ですよ」

 「捨て子とな。…………本当だ。なんとまあ可哀想に。寺で育てるべきですかの」

 


 これが一人の男の物語の始まりでした。

 

 





 むかしむかし、それは大御所様の時代のこと、ある町ある寺の門前に、子どもが捨てられておりました。

 一歳に満たない赤子です、少しだけ生えてきた黒い髪に黒い目、それと捨て子が持つにしては珍しい価値の高い物、半分に割れた丸い琥珀の小さな首飾りを手に握っておりました。


 赤子が風邪をひかないよう丁重に()()()()に包んでいるあたり親も疎んで捨てたのではないでしょう、住職も寺坊主たちも大切に育てました。


 健やかに成長し、あっという間に少年へと姿かたちを変える赤子。小生意気ながら賢く、正しい道を外れることなく寺で生活を続けておりました。

 

 ………が、少年が七つの時でした。

 寺をとりまとめる宗派の上人しょうにんが神仏からお告げを賜りました。

 この内容が曲者で、曰く、「どこそこの寺で育てられている琥珀を持った子は妖の子である。よって直ぐに放逐するように」。


 こうなってしまうと宗派の寺は上へ下への大騒ぎ。

 住職達の反対も届かず、わずか数日で少年の追放が決定されました。

 

 一派の坊主が見守る中、わんわんと泣きながら少年に謝り倒す住職と寺坊主。ここまでされると少年の方は泣くに泣けません、苦笑いを浮かべながら手を振り、努めて明るく街を出ました。


 行くあてはなく、山の中で静かに隠遁生活でも送りたいな、などと考えた少年は山に入ることを決めました。普通に自殺行為ではありますが、村や人里に近いと今度は夜盗や追い剥ぎに出くわしますのであながち間違いとは言えません。


 ただ、七つの少年に山はやはり早すぎました。一刻も経たずして道を失ったのです。


 「…………ここどこ?」

 

 疲れもあってか、太い桜に背中を預けて座り込む少年。しんしんと鳴き声を立てる虫の声がなぜか不気味に聞こえて、背筋に悪寒を走らせておりました。


 「おやおや、妙な気配がすると思ったら。ずいぶん小さいのう」


 どこからかそんな高い声が。

 見れば、青い髪に一本下駄の女が山の上から歩いてくるではありませんか。


 賢い少年は女のその異様な雰囲気から、彼女が人間ではないことを瞬時に悟りました。

 じりじりと後退りをして距離をとる少年。しかし女が指を一振りすると、たちまち身体が金縛りのように硬直して動けなくなってしまいました。


 「ぬし、捨て子かの?」


 女が近寄り、そう問い掛けました。

 逃げ出したくともこうなってしまったら、もうどうしようもありません。少年は素直に頷きました。


 「そうか。ならついて来るがよい」


 聞き返す暇すら与えず、くるりと身を翻して山を登っていく女。少年はその場に立ちすくみました。


 考えます、明らかに怪しい女についていくべきか。

 先程までなら間違いなく逃げていたでしょう。けれど、そもそも人を金縛りさせることができるような存在から逃げるなんて現実的ではありません。女にその意思があるのなら一瞬で捕まるでしょう。


 まあどうせこのままなら死ぬのだ、ついて行こう。

 

 七歳とは思えない達観した無常観を持った少年は、結局そう決めました。


 木々の隙間を縫い、下生えを踏み分けて女を追います。

 長く歩き続けてどれだけ経ったか、女はやっと山頂にある山小屋の前で足を止めました。

 疲労困憊、少年は死にかけの魚の如く荒い息を吐きながら、女に続いて中に入ります。


 「さて、早速で悪いがの、ぬしに二択ぞ。なに簡単なこと、修行をここで積んで儂の仕事を手伝うか、今すぐ山を下りるか。簡単であろう?まあ儂の領域を出た途端、半妖のぬしでは喰い殺されるのが目に見えているがの」


 かかか、と笑う女。

 色々と言いたい少年でしたが、とりあえず気になったことを尋ねてみました。


 「半妖ってなんですか?」

 「なに、半妖を知らない?」

 「初耳です」

 「なるほど、道理で不用心な訳だの。そういうことなら説明してやろう───」



 このあとは長くなったので、割愛。


 短くまとめると女は高位の妖怪、少年は人と妖怪の子、半妖。

 女の仕事が慢性的な人手不足で困っているから、修行をして強くなり、その人員となれ。

 こんな感じでありました。


 「さ、今決めよ。修行か、山を下りるか」

 「あ、じゃあ修行で」

 「即決だのう、仕事がなにか話してすらいないのだが………」


 そういう訳で、修行が始まりました。


 …………え?

 仕事の内容が知りたい?

 るむ、確かにそうですね。少年もそのあとそれを尋ねたのですから、皆様が知っていて損はないでしょう。

 ではどうぞ。


 「儂の仕事は『人妖衆』と呼ばれておる。妖怪、人間問わず、この世の脅威になる者を排除する役割であるな」

 「…………裏世界のお掃除屋さん?」

 「そうとも言えるの。……ああこら、逃げるでない。ふふ、心配はいらん。儂に匹敵するような強者に育ててやるぞえ」

 「い、嫌だあぁああーーー!!俺は寺みたいな平和な所で一生静かに暮らしたいんだああぁあーーー!!」

 

 ………そういう訳で、修行が始まりました。

 少年の寺の子らしい将来への展望は虚しく砕け散ったのです。


 「『(じょう)』?」

 「違うと言うておろうに!『()』じゃ!周りの霊力を味方につけて敵の土俵で戦わずに済む妖きっての異能、これを使えねばまともな戦闘にならんぞ!」

 「ぐえーー」


 詳しくは、またも割愛。

 平和な生活への憧憬消えず、途中までは渋々と修行をしていた少年でしたが、ある時片親が妖怪なら再会も可能ではないかという事に気づきます。


 「なんじゃい、今さらかの」

 「分かってたのなら先に言ってくれよ!」

 「なに、それもまた人生。せらゔぃ、せらゔぃ。じゃ」

 「またどっかの瓦版に影響されやがったな!?まともなこと書いてないから読むなって言ったろ!」


 なんだかんだいってもお年頃、自分の出自や両親は気になるものなのです。

 そこからの上達は成長の遅い傾向にある半妖とは思えないほど、早いものでした。少年は女の指導の下、諸々の武器の扱いに加えて妖術と退魔術まで覚え、素晴らしき、稀有な才能を現します。


 「儂がお前に教えることはもうない。後は自らの道を知ることだけがお前に課された試練ぞ」

 「だから変な言い回しやめろって。ここから強くなるには他の妖と同様、悟りを開け、だろ?」

 「なんじゃなんじゃ。その通りではあるがの、そう邪険にせずともいいではないか。儂は師ぞ?」

 「はいはい、今までありがとう。これからも宜しく」


 こうして、修行を修了。


 この時少年は齢十五でした。

 彼は僅か八年で、そこらの妖怪にも劣らない力を持った半妖として女に認められたのです。

なんという才能、なんという努力。ああ、羨ましい。


 その年、彼は『人妖衆』として初陣を飾りました。

 その後の戦いも時として苦戦し、時として負けることはあれ、決して身体を壊さず、死ぬこともなく、彼は戦い続けました。



 そんなこんなで、五年経ちました。


 「我が父母はいずこ?」


 残念ながら、彼の両親の捜索に進展はありませんでした。


 もう死んでしまっているのか、まったく手掛かりはありません。

 人妖衆という仲間殺しの嫌われ者の肩書きが妖怪達に敵愾心(てきがいしん)を抱かせてしまったのも理由の一つでしょう、聞き込みも遅々として進みませんでした。


 彼はそんな中、随分と修羅場をくぐり抜け、戦功をたてました。『人妖衆』の中でも一目置かれる存在になり、命じられる難しい任務も増えました。


 そしてその頃です。

 死霊と鬼を操る、青白い女の妖が巷で囁かれるようになったのは。

 人死にこそ出ていませんでしたが、ことごとく出向いた人妖衆を負かし、妖怪すらも近付けないその強さは管轄のはるか外側にいる彼の下へすら届きました。


 「ぬしが行ってこい。この調子ではいつ死人が出るか分からぬ。儂も一つ任務を済ませたら後ろから追おう」


 こうして、彼は行動をよく共にする友人達と女を倒しに出立することとなりました。後から師も来るのだ、そう負けはしないだろうと思いながら。


 しかし、敵の強さは誤算を通り越して異様なものでした。


 彼とどこか戦闘スタイルが似ているその女は式神ではなく怨霊たちを巧みに使い、数的不利を簡単に覆してしまいました。

 戦ったのは良いものの、気づけば彼の仲間は息こそすれ、みな倒れて動きません。

 立っているのは彼と女だけとなっていました。

 

 「ちょっと引いてくれないかなぁ……」

 「虫の良いことを。どうせ援軍待ちであろう」

 「はっ、全部バレてら!」


 『場』を開き、二人の激闘が始まりました。彼は倒れた仲間たちから距離をとり、式神を撃ち込みます。女もまた怨霊を自在に操り、彼を攻め立てます。

 長い激闘の末、先に音を上げたのは彼の方でした。

 一歩先を行く自分と戦うような掴み所のない戦いにとうとう女の繰り出した袈裟懸けの一閃を喰らい、膝をついてしまったのです。

 立ち上がろうとするも逃げる間もなく脚を切り裂かれ、それも叶いません。とどめを刺すように刀を振り上げた女に、彼は自分の運命を悟りました。


 「………両親も解らず仕舞いか」


 女の刀は足に怪我を負いながら避けられるほど甘いものではありません。彼は霞む視界の中、ささやかな反抗として女を小さく睨みつけました。


 しかし、その時でした。

 女の刀を振り下ろす手が止まったのです。

 女は彼の胸元をみつめながら目を見張っていました。その手は微かに震えているようにも見えます。


 彼は一瞬戸惑いました。しかしこれは女を倒す千載一遇の機会。これを逃せば後はない、と、(さき)の闘いで折れた刀を、無防備な女へと心臓に突き立てました。


 「…………」


 突き立った刀を伝って黒い血が流れ、女は無言でどさりと地面に倒れました。動くそぶりはなく、じんわりと血が地面に染み込んで広がります。


 「やったか?」


 ふとその時、彼は倒れた女の首もとに、光るなにかを見つけました。


 「………?」



 嫌な予感がしながらも彼は這って近づき、女の首からかかっているそれを手に取ります。


 「嘘だろ………?」


 息も絶え絶えに、その一言が精一杯でした。その首飾りは半分に割れた琥珀。彼の持っているものの半身でした。

 そこで彼は全てを悟ったのです。


 「ああ………」


 ぽたぽたと彼の目から涙が溢れます。気づけば、空はすっかり雨雲で覆われておりました。しとしと雨が降り始め、彼をまるで責めたてるかのように濡らします。


 頬をつたって血と混ざりあう水滴。彼にはそれが一体涙なのか雨なのか、わかるだけの思考力はもうありませんでした。

 

 自らの死期を感じた彼は、まだ温もりのある妖の手を握りしめました。


 ふと見れば、遠くから仲間達が走ってくるのが見えます。きっと目が覚めて彼がいないのに気づいたのでしょう。なにかを叫びながら必死にこちらへと向かってくるのが分かりました。

 しかし彼にその声は届きません。


 「……また、来世で」


 誰に言うでもなく、彼がぽつりと呟きました。

 答えを求めたわけでもないのです。誰もいないのですから。


 ──ああ。けどまた会える。


 しかしそんな声が、聞こえた気がしました。

 幻聴のように聞こえたそれがなんなのか、彼には分かりません。


 言葉通りになれば良い。


 そうささやかに願いながら、彼の意識は暗い闇へと(いざな)われていきました。


 そして彼の魂は解脱(げだつ)せずに輪廻の渦へと戻り、また新たな生命として誕生する───


 

 ───はずだったのです。







内葉です。皆さまお久しぶり(初めまして?)でございます。


十二万文字ほどストックがありますので、それが底をつくまでは毎日投稿の予定です。(改稿さえ間に合えば)

 気長に楽しんで頂ければ幸いであります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ