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短編アラカルト

君と迎える夏。~巧妙なラヴストーリー~

掲載日:2020/05/31

夏と言えば「恋」。夏と言えば「海」。夏と言えば...

二人の愛に亀裂が入る瞬間。修復したい!でもできない!

どうしても離れざるを得ない理由があったとしても、諦めずに成就させます。

どうか僕と愛する人の行く末を、温かく見守ってくれませんか?

「僕は君を愛している」

「そんなこと信じられないわ。私あなたのことが分からない。知っているのよ、あなたが職場の彼女とバーに通っていることを」

 真っ赤な顔をいっそう火照らせてT子は俯いた。僕は責められるのを恐れて口火を切った。

「彼女は悩み事の相談があるというから、それに帰り道も途中まで同じだしさ」

 丸い顔を下に向けたままT子は黙っている。僕はイボをかきながら続けた。

「仕方ないじゃないか。僕だって相談に乗ることだってある」

 最近イボが鋭く、大きくなってきた。ふいにT子は僕の飲みかけのグラスに目を投げかけた。

「あなたは以前飲まなかったじゃない。あの女にそそのかされたんでしょう」

 焦った僕はグラスをテーブルの隅っこに押しやる。顔が青くなっているのがばれないだろうか。元々青い方だから大丈夫だろう。

「ビネガーは好きだったさ、ただ匂うだろう。君が嫌がると思ったのさ」

「またそうやって私のせいにするのね。分かったわ、もうお仕舞いよ」

 泣きそうな顔で立ち上がるT子を僕は追いかけようとはしなかった。店を出る前にT子は大声で叫んだ。

「そんなにあのぺらぺら女がいいんだったら、とっとと海に沈んでしまえ!」

 そう言い残したきりT子は一度も振り返ることはなかった。元を辿ればあのポンコツ医者が変なことを言わなければ良かったんだ。僕は冷たいビネガーをそっと飲み込んだ。


 一週間前に僕はT子に誘われて、由緒あるクリニックを訪問した。ガラスの器具や、光のセンサーを備えた測定器が壮観だった。

「T子さん、あなた最近髪の毛が茶色くなってきましたね。それに水分がなくなって細い」

「そうなんです、もうすぐ夏ですから」

「素晴らしいですよ、順調ですね。早速光で見てみましょう」

 嬉しそうなT子は機械の前で待っている。

「少しチクリとしますが、我慢してくださいね」

「先生ご冗談を、もう慣れっこですよ」

 計測した値は医者の予想を越えていたようで、平均を大幅に上回っていた。喜びを隠せないT子は丸々とはち切れそうな笑顔を僕に送っている。

「さて、次は旦那さんですね。どうですかお体の調子は」

「そうですね、変わったことと言えばやはりイボでしょうか」

「ほう、イボとな」

「ええ、イボが体のあちこちにできました。いいえ元々それらしい気配はありましたが、堅くて大きくなってきました」

 医者は全身のイボをくまなくチェックした後に微笑んだ。

「何と見事なイボだ、顔色も青過ぎるに越したことはない。何の問題もないでしょう」

 安心した僕は吐息した。ところが医者はすぐさまとんでもないことを言い出した。

「ただし伴侶のT子さんには悪い影響があるでしょうな」

「悪い影響ですか。もしかしてイボが原因で」

 検査のために切開した部分を押さえながらT子が戻ってきた。

「どうしたのよ、そんなに青い顔をして」

 青いのはいつものことだと冗談めかしたものの、穏やかな顔つきのT子は医者の説明を聞くなり、押さえていた患部を離してしまった。薄緑色の粒が零れる。

「イボは悪くありませんよ。寧ろ全く関係ありませんので安心してください」

「では何がいけないのです」

 僕とT子の台詞が重なった。

「実はT子さんと旦那さんの体液を検査したのです。その結果お二人の相性が良くないことが判明しました」

 医者曰く、T子の体質は生来僕の持っている体内酵素によって攻撃されてしまう。もしも体液同士が接触することになれば、最悪の事態になりかねない。

 T子は相変わらず赤い顔をしているが、きっと心の内はかき乱されているに違いない。僕とT子は複雑な気持ちを抱いたまま帰路についた。


 アパートで交わす言葉が減ってしまって以降、僕は会社が終わると頻繁に飲みに行くようになった。その日も仲の良い同僚であるK津とサウナを共にした。

「なあK津よ。僕はT子との間を引き裂かれようとしている」

「まさか。あんなに仲睦まじいカップルはいないと思っていたが、世の中分からないものだ」

 K津は医者の説明を聞くと何かを探るように天井を見つめて口を開いた。

「実はその酵素は俺も持っているんだ」

「何だって、それは本当か」

「ああ、だから誰かと付き合う前には必ず相手に体液を検査してもらうことにしている。ほらR夢ちゃんと俺が上手くいかなかったことを覚えているか」

 確かにK津とR夢は出会ったときから気の置けない存在だとお互いをみとめていた。K津はR夢のぶつぶつの肌と緑色の体に心を奪われていた。

「R夢ちゃんと別れた原因が酵素だったなんて」

「だから俺は最近海にはまっているんだよ」

「海だって?」

(おか)は駄目なことが多いが、海の女は悪くないぜ」

 サウナを出て萎びた体に水分を補給する。K津は冷たい水を飲みながら、僕に合コンの話を持ちかけた。

「なあにただの遊びさ、別にT子を忘れろと言うのじゃない。息抜きも必要だってことさ」

 ぼうっとする頭の中でT子の真っ赤なはち切れそうな顔を思い浮かべる。一度だけならと僕はK津の誘いを受けた。


 数日後紹介されたバーに赴いた。慣れない雰囲気と酸っぱい香りにどぎまぎしながらもK津を探す。薄暗がりのカウンターの照明の下でK津が手を振っている。その隣にはウェーブしたロングヘアーの僕らより若そうな女の子と、白く光沢のある身なりをした同年代の女が座っている。

「すみません、遅れてしまって」

 イボをかきながら適当に挨拶を済ませると、僕はウェーブしたロングヘアーの女の子の脇に滑り込んだ。

「初めまして、ワタシはW芽と言います。実はK津さんたちのことは存じておりました」

 W芽は僕らの働くビルの下のフロアーでオフィスを構えている会社の事務員だった。エレベーターですれ違うこともあるらしい。気さくなK津がランチ時に店でたまたま話しかける機会があって今日(こんにち)に至るということである。

 白い身なりの艶やかなI香さんは、W芽の先輩に当たる。二人は海洋関連事業に携わっている。

「素敵なイボですね」

 僕は一目見たときからW芽のロングヘアーに魅了されていた。彼女は白湯を飲むと透き通るような美しい肌になるところも好印象だった。

 ビネガーの入った僕のグラスをおもむろにW芽は手に取る。

「綺麗ですね。ワタシも飲んで構いませんか」

 どうぞと僕が答えるよりも早く彼女は透き通る喉を括れさせて一息に飲み干した。

「まあ、何て美味しいのかしら」

「僕はビネガーをたくさん飲むと変な気分になるけれど、適度に嗜むよ。気に入ってくれたのなら良かった」

 K津によればI香さんとW芽はどちらも酵素に対して神経質になる必要はないらしい。情報はI香との夜を過ごして手に入れた確かなものだ。

 結局T子にばれてしまうまでは、度々W芽とはバーで待ち合わせ、一線を越えないギリギリの関係はずるずると続いていた。


 ネオンの煌めくホテルに足を運んだのは僕のT子への想いが中途半端なものだったと糾弾されても当然と言えよう。ライトの下で暗緑色に光るW芽の妖しさに僕は溺れてしまった。

 ビネガーの湯船は温かく、僕らを惑わせた。ベッドのW芽は控えめにも素晴らしかった。滑りのある体液が僕の硬い表皮を余すことなく包み込んだ。

 熱を帯びると彼女の体は薄く透き通り始める。ライトの明かりが透けて僕に反射する。僕はイボだらけの体をW芽の全身に擦り付ける。

「凄いわ。あなたのイボでワタシどうにかなりそう」

「君だって溢れる潤滑剤はどこから出てくるのか。きりがないよ」

「ほろ苦くって、大人の男のヒトね」

 傷ついた僕の体から滲む混じりけのない液をW芽は上目遣いで啜っている。T子は僕の尖ったイボには肌が負けてしまうから、激しいことは控えていたのに、まさか僕の体がダメージを受けるなんて初めての経験だった。

「随分表皮がふやけてしまったからな。僕の体液が苦いなんて教えてくれたのはW芽、君が初めてさ」

 悪戯っ子の眼差しで濡れた肌を顕にするW芽に僕は改めて果敢に挑んだ。何度繰り返されたか分からない長いようであっという間の夜だった。


 (おか)は海よりも熱しやすく冷めやすい。世の中の定石通りに僕とW芽の関係は呆気なく崩壊した。海洋関連事業のエリート社員であるM黒の噂は聞いていた。

 端整なルックスと、誰かが止めに入りたくなるほどの仕事熱心で、常に猛スピードで駆け回っている男だ。会社の入っているビルでは有名な話で、まだ若いW芽はイボだらけの痩せた男よりも長身で屈強な男に靡くのは時間の問題だった。

 ビルの外の公園でM黒とW芽が並んで歩いていたところに、弁当を買って戻ってきた僕はばったり出会した。丸く大きな瞳で揶揄するようなおちょぼ口には心底参った。M黒はW芽を引き連れて堂々と僕の前を横切っていった。まるでそれが彼の性であるかのように、他を寄せ付けない圧倒的な存在感を払っていた。

 久しぶりにT子を食事に誘ってみれば先のように逃げられる始末だ。僕は堅くなったイボを煩わしく思った。こんなイボが一体何の役にたつと言うのだろう。

 生まれたときから細かったこの体は、大人になってもひょろ長いままだった。僕は自分の遺伝子を呪った。

 そもそも酵素だか何だか知らないが、僕は欲しいと言った覚えなどない。自棄になった僕はバーへと駆けた。

 それからというもの毎日バーでビネガーを浴びるほど飲んだ。出社すると誰もが鼻を摘まんで僕から退いた。

 懲りずに僕は家の浴槽でもビネガーを浴びた。全身がぶよぶよになって柔らかくなった。変な気分になったし、自慢のイボも最早ゴムのような有り様だ。

 いつものように会社から帰ると家に明かりが点いていた。玄関には見馴れた靴が置いてあった。緊張の糸が切れた僕はその場に蹲って動けなくなってしまった。

「ちょっとあなた、どうしたの。大変、お医者を呼ばなきゃ」

 赤くて丸くてはち切れそうな体が、朦朧とする意識の中で揺れた。T子が帰ってきてくれた、僕は頭が真っ白になった。


 目を覚ますと僕はベットに横たわっていて、医者の隣で涙ぐむT子の姿があった。

「T子ごめんよ、全部僕が悪いのさ」

「いいのよ、私がどうかしていたわ」

 T子が僕の体に触れると、ぶよぶよとした皮膚はT子の形に窪んだ。

「あなたったら、こんな体になってしまって可哀想に。私がついていれば」

「君が戻ってきてくれた。それだけで十分さ」

 部屋がノックされて医者が慌てた様子で入ってきた。

「取り込み中すまない、しかし不思議なことが起こりました。お二人に是非聞いていただきたい」

 神妙な顔つきで医者は続ける。

「旦那さんが気絶したとT子さんがまくしたてるものだから、救急搬送して全身を検査したんです。そうしたら驚かないで欲しいのですが、なんと旦那さんの体に廻っていた酵素が失活していたんです」

「それはつまり僕の体はT子にとって無害だと」

「その通り、あなたたちは或いはベストパートナーかも知れません」

 僕はT子の真っ赤な顔を覗く。T子は笑みを湛えながらも涙を止めることができない。

「仮説ですが、旦那さんが毎日のようにビネガーを摂取していましたね。ビネガーには我々の知らない働きが眠っているのでしょう」


 医者の宣告から数ヵ月後に僕らは晴れて結婚式を執り行った。白く両手を広げても足りないほどの円盤に、僕らを夫婦の生きた証を遺した。柔らかく酸っぱくなってしまったけれど、僕は自分の人生を決して後悔はしていない。それはT子も同じだろう。

 また次の世で巡り会うときには、T子と式を挙げるに違いない。僕はT子を愛している。僕たちの夏はこうして幕を閉じた。

一度読んだら違和感だらけで気を悪くするかたもいらっしゃると思います。

登場人物の名前に注目して頂ければ、お初で解き明かした方も、そうでない方もすっきりされると思います。

解釈によってはバッドエンド?

もしもタネ明かしが終わったなら、相性について是非調べてみてください。

そしてこの夏を元気に乗り切りましょう

ではまた! Written byシュルレアリスム

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