8.プレゼント
「クレア、お待たせ」
馬車から降りてきたリオは、いつもの服装より少し畏まっていた。カジュアルではあるが、デートということでお洒落をしてきたのだろう。いつもよりカッコよく見えた。
そういう私も可愛らしく着飾ってきた。普段の感じで行こうとしたら、侍女たちに全力で止められたからだ。着替えさせられたときは、気合入れ過ぎて笑われない? と思っていたが、今となっては彼女たちの言うことを聞いていてよかったと心の底から感謝する。
「さぁ、どうぞ」
リオにエスコートされて馬車に乗り込む。私たちが乗ったのを確認すると、すぐに走りだした。もう行く場所は決まっているのだろう。
「どこに行くの?」
「今日は外国から船が戻って来る日だから、港で市が開かれてるんだ」
この国で手に入らないものは外国から輸入してくることがある。我が家の薬草園に届く珍しい品も輸入船に頼んでいる物が多い。今日、船が戻って来る日というのは知っていたが、普段、港で市が開かれているということは知らなかった。
「珍しいものもあるから、クレアも楽しめると思うよ」
彼はよく知っているような口ぶりだった。何度も足を運んでいるのだろう。
初めて行く場所に私の心が弾んだ。
「すごい……!」
港にはこの度帰国した大きな船が泊まっていて、そのそばでは大々的な市が開かれていた。
その規模に伴うように人の数も多く、圧倒されてしまう。
油断すると迷子になりそうだな、なんて考えていたら不意に手を握られた。
「じゃあ行こっか」
当たり前のようにリオが手を繋いで歩き出す。
手を繋ぐぐらい普段からしているのに、今日はデートだということを強く意識させられて、自分の顔が赤くなるのを感じた。
市に並んでいる品は目当てにしていた植物だけではなく、食品や衣類、鉱石や雑貨など多岐に渡っていた。並んでいる植物は見たことあるものばかりだったが、場所が変われば見え方も違い、普段より新鮮に思えた。
あれもこれもと目移りし、立ち止まってばかりいる。私ばかりがはしゃいでいるんじゃないかと、我に返ってリオの顔を見ると、彼はそんな私を嬉しそうに見つめていた。
そんな愛おしいものを見る目なんかしないでほしい。ついつい甘えてしまいたくなるから!
無自覚な彼の行動に一矢報いたくなった私は、繋いでいた手を力いっぱい握りしめた。
彼は少しだけ痛がると、なぜそんなことをされたのか分からなかったようで、不思議そうに首を傾げていた。
「どこかで休憩でもしようか」
慣れないヒールではしゃいだせいで足が疲れてきた。それに気づいたのかリオがそう提案してくれる。私が頷くと「この近くに美味しいケーキのお店があるんだ」とエスコートした。
手を引かれるまま着いて行った時、私の目に気になるものが飛び込んだ。
「ちょっと待って!」
思わず立ち止まり、リオを引き止める。
私が気になったのは市の隅に出されていたお店で、精巧な技術で作られたアクセサリーの店だった。
「クレアもこういうのに興味あったんだね」
物珍しそうな顔で私を見るリオの気持ちも分かる。アクセサリーに注目するなんて、私だって珍しい行動だと自覚している。口を開けば植物か薬学の話。女の子が興味のありそうな話も好きそうな物とも無縁だったし、現に興味も無い。
でもこれ例外。
「やっぱり花なんだね」
私が手に取ったネックレスを見てリオが笑った。そう言いたくなる気持ちも分かるけど、心を引かれたのはそこではない。
「お嬢さん、お目が高いね。それはこの国では咲かない花のアクセサリーなんだよ」
店主が教えてくれて確信した。やっぱりそうだった。
「これ、リオと初めて会ったときに咲いた花だよ」
あの日、初めて我が家に来たリオに薬草園で見せた黒い花。私にとっては大切な思い出の忘れられない花。
一輪だけでも目を引く凛とした佇まいがよく再現されていて、すぐに気づいた。
「さすがに覚えてないかな?」
リオが唖然とした表情だったので、流石に忘れてるか、と苦笑いすると「そんなことない!」とすぐ否定した。
「ちゃんと覚えてるよ」
忘れる訳ないじゃないか。と懐かしそうにネックレスを見つめる。
あの花は繁殖が難しく、この国では我が家と王宮でしか手に入らない貴重なものとなった。
我が家の薬草園でも奥まったところで大事に育てられている。普段目にすることがないのに覚えていてくれたことがとても嬉しかった。
今日の思い出に買って帰ろうかな、と値段を見ると思っていたより倍の値段がした。さすがに予算オーバーだ。
そっと戻そうとすると、横からリオに取り上げられた。
「これをくれるか」
店主にそう言う彼の急な行動に困惑していると、私を見て優しく微笑んだ。
「今日の思い出に受け取って欲しい」
値段を見てしまっているので心苦しいが、ここで断ったら彼の面子が潰れるので有り難く受け取ることにした。
こんな恋人らしいプレゼントをもらうのは初めてだ。誕生日だって私が欲しがっていた本などで、色っぽいものは一度ももらったことが無い。
支払いを終えて商品を受け取ると「着けてあげるよ」とリオが首に手を回す。近づいてくる顔に心臓が高鳴った。
ちょっと待って、こんな良い匂いしたっけ。
私は一体何を考えているんだ!と慌てて頭を冷やす。着ける動作は一瞬なのに、その時間がとても長く感じた。
「良く似合ってるよ」
「ありがとう……」
満足そうに頷きながら褒めてくれる彼に、私は照れながらしかお礼が言えなかった。
こんな恋人らしいこと初めてだ。もう顔が赤いことは気づかれてるだろうな。
「さぁ行こうか」
彼は再び私の手を取りケーキ屋へと歩み出した。
あぁ、今日は心臓がいくつあっても足りなさそうだ。