69.醒める
リオ視点。
目が覚めると、薬学の講師が熱心に何かを読んでいる姿が目に入った。
そういえばこの人に呼び出されたんだったと思い出す。
いつの間にか眠ってしまったようだ。確か話の途中だったはず。別に寝不足では無かったし、ここに来るまで眠気なんて一切なかった。なぜ寝てしまったのか思い当たる節が無い。
「あ、起きた?」
顔を上げた俺に気が付いた先生は、なぜか楽しそうに声をかけてきた。
「話の途中で寝ちゃったみたいだね。体調はどう?」
「なんか、前より意識がハッキリしてるような……?」
「なるほど、なるほど」
俺の返事を聞くと、すぐにメモを取り出した。一体何だというのか。
この人は全く読めない。
大体の人間は表情や行動から感情が読み取れる。俺に下心で寄って来る連中は分かりやすく表情や声色に出ている。学園に入学してからもよくそういう同級生が近寄ってきた。同世代の奴に露骨な態度を取られるのは仕方ないと諦めていたが、年上である講師も闇属性だというだけで抑え込もうとする者や怯える者が大半だった。
しかし、この人は全く違った。いつも飄々とした態度なくせに、たまに何かを悟ったような目を見せる。戦闘力が高いというより頭がきれる人物だ。ハッキリ言って俺の苦手なタイプである。こういうやつは出来るだけ関わらない方が良いと警戒していた。
それなのに急に呼び出しを食らった。その理由に心当たりがなく、この人の態度で察しようと思ったが、やはり読めなかった。
クレアはよくこの人の元で助手のような真似をしているな、と思う。
……そうだ、クレア!
急に彼女のことを思い出した。そしてここ数か月の俺の態度も。
自分の記憶は現実なのかと疑いたくなる。出来れば夢であってほしかった。なぜあんな女になびいたのか。なぜ婚約破棄をするなどと言ってしまったのか。
思い出しただけで嫌な汗が出た。
「寝起きで悪いけど、もう一度聞くね。この論文、学会に発表してもいいかな?」
焦る俺を引き止めた先生は、二冊の論文を見せてきた。そういえばそんな話をされた気がする。興味が無いから聞き流していた。なぜ彼女の成果に興味が無いなんて思ったのだろうか。
「――いや、止めてください!」
俺は奪うように論文を取り上げた。こんなもの、発表されたら困る。
「さっきは良いって言ったのに?」
「撤回します! もしそれを出されたら、俺はクレアに何も返せなくなる……!」
幼い頃の約束。クレアの夢を俺が叶えること。
昔から彼女に迷惑をかけてばかりだ。嫉妬しても甘えても彼女は寛大な心で受け止めてくれる。
幼い頃、俺をかばって怪我をさせてしまった。専門学校を諦めさせてしまった。学園で俺が築くべき交友関係を押し付けてしまった。
それでも俺のために文句を言わず、別れずに婚約者でいてくれた。
与えてくれた愛情は俺なんかより彼女の方がずっと多い。
真面目で努力家で自分に厳しい彼女に俺は何が出来るか。ほとんどの願望を自分の手で叶えてしまいそうな彼女に唯一返せるとしたら、彼女との約束だと思っていた。
しかし彼女が王宮の薬学者になってしまったら、俺は彼女に何をしてあげられるのだろう。
彼女の愛は嘘では無いと知っているが、彼女がそばにいてくれるなら利用されているだけでも良いとすら思えていた。
「俺はクレアになんて真似を……」
婚約破棄を申し出たのは俺だ。この口ではっきりと伝えた。
なぜクレアよりあの女の方が魅力的だと思っていたのか分からない。なぜかあの女の方に惹かれてしまったのだ。自分の行動が理解できなかった。
「ちなみにクレアなら中庭の方に向かって行ったよ」
「クレア……!」
先生の言葉を聞いて、すぐさま俺は中庭へと走った。




