66.道半ば
花を手に入れた嬉しさは、先生に報告してからやっと実感がわいた。喜んでいる先生の顔を見ていると、何だか私も底知れぬ喜びを感じ、二人で小躍りした。
しかしあんなに時間がかかっていた研究がこれで終わってしまうと思うと、ちょっとだけ虚無感もあった。
そして今日は完成した薬を試す日。
魅了魔法をかけたロニー様は、いつもより静かな声で口を開いた。
「完璧――ではなさそうだ」
その言葉に絶句する。ここまできてそんな仕打ちがあるか。もう手は尽くした。
泣きそうな顔をしている私を見て、ロニー様は慌てて言葉を足した。
「大丈夫。これは僕のレベルが高いからだと思うから」
「レベル、ですか……?」
「そう。解除薬や抗体薬は魔法をかけた人物のレベルによって効き目が変わるからね。今回、完全な抗体はつかなかったけど、それらしい反応は見られただろう?」
確かに、いつもならすぐにかかった魅了魔法がかかりづらかった。
酷い怪我に対して上級の回復薬を使うように、レベルが高い人物の魔法を解除するには上級薬で対処する。ロニー様は国を代表する光属性だから、かなりのレベルだろう。つまり私が完成させたこの薬は、下級もしくは中級レベルの魅了魔法に効く抗体薬ということか。
「シーア嬢のレベルだったら十分だと思うよ」
「彼女のレベルを知ってるんですか?」
「あぁ、一度鑑定してもらったことがあってね。あ、もちろん卒業後に面倒を見るから事前に情報として知っておこうと思ってね」
私の問いに答えたロニー様は、すぐに理由も付け加えた。
本人の許可なく勝手に鑑定するのはマナー違反だ。ロニー様もそれを分かっているから足したのだろう。別に私としては、シーアに失礼なことしようとどうでもいいんだけど。
「でもそれってあくまで予想ですよね?」
「うん、そうだね」
「本当に効くかどうかは、実際使ってみないと分からないってことですか?」
「まぁ、そうなるね」
その言葉にガックリと肩を落とす。
リオにこの薬を飲ませて魅了魔法を解除し、更にシーアにもう一度魅了魔法をかけさせなければいけないという訳か。もしこれが失敗作だったら、シーアに魅了魔法は薬で解けることがバレてしまい、二度とリオと接触する機会すら得られなくなるだろう。
不安な顔でロニー様を見ると、「大丈夫だよ」と良い笑顔で親指を立てていた。
「これ、今度の学会で発表しなよ」
続いてポスト先生の実験をするために準備をしていると、ロニー様は思いついたようにそんなことを言い出した。
「学会、ですか?」
「そう。来月あったよね?」
「あるよー」
ロニー様に訊かれたポスト先生は、汚い机から一枚の紙を取り出した。その紙には薬学学会の概要が記されていた。
薬学だけでなく、ありとあらゆる分野の研究発表は学会にて行われる。そこで公表し、初めて自分の研究を認知してもらえるのだ。
お父様もよく学会に参加してたっけ、と思い出した。
「突然そんなことを言われても……」
「大丈夫、口利きならポストがやってくれるから」
困惑する私に、ロニー様がウィンクをしながら返事をする。誰も参加できるかどうかの話をしていない。まだ完成していないのに学会までに間に合うのか、そもそも私なんかが登壇して良いのか、などそういう心配である。
「いいんじゃない? 僕の研究と一緒に発表すれば」
ポスト先生は軽い口調で提案した。どうやら先生の研究は成功する自信があるらしい。
あんなに公表したら危険だ、とか脅しておいてこの手のひら返しようである。本当に呆れた人たちだ。
「それに夢も叶っちゃうかもね」
こっそり耳打ちをしてくる先生。話がややこしくなるからロニー様には言わないでほしい。
ニコニコと笑っている二人に挟まれた私は、もう観念するしかないようだった。
「……成功したら、ですよ?」
「もちろん」
笑顔で頷くロニー様。気が付いたら外堀を埋められているこの現状に頭を抱えてしまう。
悪い大人に捕まってしまったと改めて思ったのだった。




