61.再会
「ここが訓練場ですねー。たまーに、殿下とかが稽古してるのを見かけますよ。で、この廊下を進むと――」
ネイト様に手を引かれながら、私は王宮内を案内されていた。
王宮の薬学研究所を堪能した私は、そろそろ帰るのだと思っていた。
しかしお父様から帰宅する雰囲気が全くない。むしろ次々に部下から質問されている。部下に頼られるお父様を見るのは誇らしかったし、ずっと眺めていても良かった。しかし私の視線に気づいたお父様は、暇をしているのだと勘違いしたらしい。お父様の思い付きで、ネイト様による王宮案内ツアーが決行される羽目になった。
この人は仕事をしなくていいのか。
私の心配を余所に、ネイト様はどんどん歩みを進めていく。
やはり王宮は広い。王宮には何度か足を運んでいるが、初めて訪れたところもあった。中には関係者以外は立ち入れない場所や、説明すらされなかった扉、引き返した道もある。そういう場所を見ると、やはりここは王宮なのだと感じた。
リオはこの敷地内の住居に住んでいる。幼い頃、彼の家に遊びに来たときは一緒に探索したこともあった。
でも全然回り切れなかったんだっけ。なんだか懐かしく感じた。
「あっちが王宮に勤めている人の家があるところですね」
指をさした先には大きな建物が建っていた。私にとって、この王宮内で唯一見慣れた建物だ。リオの家だけではない。普段はお父様も暮らしている。
「ネイト様もあちらにお住まいですか?」
「そうですよー。遊びに来ます?」
「遠慮しておきます」
雑談として振った話題なのに、そんな返しをされた。ネイト様は「連れないですねー」なんて言っていたが、年頃の娘に言うことではない。
「次はこちらですよー」
ネイト様に手を引かれていくと、先の曲がり角で予想外の人物が現れたので身構えてしまった。
鉢合わせても何らおかしくない。しかし絶対に会いたくなかった人物。
「……やぁ、久しぶりだな」
「リ……レナード、ごきげんよう」
癖でリオと呼んでしまいそうになるのをぐっと堪える。なぜかレナードと呼ばれた方が傷ついた顔をしていた。長年の付き合いで、そういうちょっとした感情が分かってしまう自分が嫌になる。もう察しなくてもいいのに。
「どうしてここに?」
「お父様に連れられて。今は王宮内を散歩してたところですわ」
私の言葉を聞いて、彼はネイト様と私が繋いでいる手を凝視していた。いつもなら慌てて手を離すのだが、そうしてやらない。ただの当てつけだ。
「クレア嬢、この方は?」
ネイト様は不思議そうな顔をしながら、私に訊ねる。
「あぁ、ごめんなさい。デクスター大臣の御子息で、私の元婚約者です」
「あーなるほどー」
何が「なるほど」なのか分からないが、ネイト様はニコニコと笑いながら私を見下ろす。……何か良くないことを考えているな、これは。
「そっかー。だったらクレア嬢、僕と結婚します?」
「なんでそうなるんですか!」
本当に脈略のない発言は控えてほしい。そうでなくても、ややこしい状況なのに。
「だって昔、『大きくなったらネイルと結婚するー!』って――」
「言ったんですか!?」
「言ってませんけど」
本当にこの人は……危うく手が出るところだった。
悪びれる様子のないネイト様に対して大きくため息をついていると、リオが口を開いた。
「久しぶりに二人で話がしたいんだが……」
まさかの発言に驚いてしまう。
「……私は話すことなんてありません」
「頼む」
出来れば関わりたくない。しかし別れたとはいえリオの頼みは断れない。この目にはいつまでも勝てないのだろう。
「――わかりました。……ごめんなさい、ネイト様。ちょっと二人にしてもらえませんか?」
「えー?」
ネイト様は私とリオを何度か見比べてから、唇を尖らせた。
「ちょっとだけですよ? 少ししたらまた戻ってきますからね!」
一瞬だけ強く握りしめてから、私の手を離す。ニコニコと笑顔でその手を振りながら去って行った。
「……行くか」
ネイト様が立ち去ったのを見届けると、リオはそう声をかけてきた。
私は先ほどまで握られていたその手の感触を確かめてから、覚悟を決めてリオの後ろを歩いた。
適当なベンチに腰掛けると、リオの方から口を開いた。
「ずいぶんと仲が良いんだな」
第一声がそれか、と呆れてしまう。付き合っていた時から聞き慣れた台詞。
「貴方とシーア様ほどではありませんわ」
あえて冷たい言葉で返した。私が警戒しているのを感じ取ってはいるらしく、リオは難しい顔になった。
「……その、元気にしてるか?」
「えぇ、変わりなく」
貴方がいなくても大丈夫ですよ。というのも含ませたが伝わっているかは分からない。
でも、これは嘘だ。相変わらず不眠症のままだし、食事も最低限しか摂っていない。それでも本当のことを言わないのは弱みを見せたくないからだ。見せたところで何も変わらない。
「レナードも元気そうで良かったですわ」
「あぁ……」
「……」
そう返事をしたきり、お互い無言になってしまった。今まで二人きりでいて、こんな雰囲気になったことはない。まさかこんな日が来るとは。
あまりにも喋らないので、耐えられなくなった私から切り出す。
「――用が無いなら、私は戻りますけど」
「いや、待ってくれ」
立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれた。この手に触れられるのは久しぶりだ。
「……すまなかった」
「何がですか?」
謝られたが、何の話かさっぱり見えない。リオは気まずそうに喋りはじめた。
「この前、言われて初めて気づいた。俺の社交性の無さを補ってくれていたのはクレアだったと」
この前というのは、リオに本を返してもらった時か。ずいぶんと前の話だ。
しかし、やっと気が付いたのか。と呆れてしまう。でも、もう遅い。失って初めて知るなんて、今時流行らない展開だ。
「もう昔のようには戻れないのか?」
何を言い出すのか。昔のようにとは、幼馴染としてか、それとも恋人としてか。どちらにしても、そう易々と受け入れられる話では無い。
「それは復縁したいってことですか?」
「……」
彼は肯定も否定もしなかった。いくら私でも、今、彼が何を考えているか分からない。
どういう心境の変化だろうか。もしかして魅了魔法の効果が切れたのか。いや、そんなはずはない。と考え直す。
「シーア様と付き合うより、私の方が利用価値があるからですか?」
「いや、そういう訳ではない……!」
彼はすぐに否定する。そして、掴まれている手に少し力が入った。
「……クレアと他人になりたくない」
絞り出すような声は、私の耳に届くか届かないかの声量だった。
なんでそんな弱い面を見せてくるかな。
本当は今すぐに解除薬を飲ませて抱きしめてあげたい。でも今回のことは、一時の快楽に身を委ねたところで解決しない。もしシーアが永遠に魅了魔法が解けない力を発揮したら、それこそ対処出来なくなる。そんな魔法は存在しないが、彼女だったら有り得るかもしれない。それが一番怖い。
「復縁したいのであれば、シーア様と別れてから来てください」
私は心を鬼にして彼に告げる。引き止めるリオの声にも振り向かず、私は足早にその場を去った。
なんだ、あのリオの態度は。
魅了魔法が解けてきているのか。そんなことがあるのかと頭を悩ませる。今度、ポスト先生かロニー様に訊いてみよう。
来た道を戻っていると、ちょうどネイト様と鉢合わせた。
「クレア嬢! 用事は終わりましたか?」
「えぇ、ありがとう……もうお父様の仕事も終わってる頃だろうし、戻りましょうか」
「えー? もう少しゆっくりしましょうよー」
ネイト様は自然に私の手を繋ぐ。
仕事しなくていいのか。そう考えていると、ネイト様が私の顔をジッと見ていることに気が付いた。
「どうかしました?」
「クレア嬢」
「な、なんですか?」
真剣な顔で名前を呼ぶので動揺してしまった。すると、すぐさまいつもの顔に戻る。
「胸なら貸しますよ?」
「……遠慮しておくわ」
何を言っているんだ。私が人肌に飢えているようにでも見えるのか、失礼なやつだ。
そう思っていると、目の前にハンカチが差し出された。
「じゃあこれ使ってください」
それを見て、ハッとする。自分が涙をこらえていることにようやく気が付いた。
そのハンカチを受け取ると、ネイト様は嬉しそうに笑いながら繋いだ手を勢いよく振った。
「彼のこと、まだ好きなんですねー」
茶化しているくせに、私の顔は見ようとしない。泣き顔を見ないようにしてくれているのだろう。
「遠回りして戻りましょうかー」
そう言うと、先ほどの案内のときよりもゆっくりと歩いてくれた。
こんな人でも、今は寄り添ってくれる人がいるだけで心強い。心の中で感謝しながら、ハンカチで涙を拭いた。




