54.偉い人
少し前まで校内を歩くだけで噂をされているのが分かったが、最近はそんな雰囲気は見かけなくなった。毎日見慣れていると馴染むのも早いようで、リオとシーアの関係性は学園の日常となっていた。
ちなみに私の研究も、少しずつだが先に進んでいる。
今日は初めて私の作った魅了魔法の薬を実験する日だ。まだ自信は無いが、それなりのものは完成させた。ついでにポスト先生の呪い魔法の薬の実験も行う。
この国の光属性の人に会うのは初めてなので、今から緊張していた。
薬学室に入ると、ポスト先生の研究書を読んでいるロニー様が居た。
「やぁ、クレア」
「どうも」
軽く会釈をしてから、白衣を手に取る。
ロニー様に会うのは久しぶりだ。大会の日以来会っていない気がする。ロニー様も暇ではないようで、ずっと忙しくしていたようだ。
「ちょっと痩せたね。体調は大丈夫?」
私がリオにフラれたことも、彼が魅了魔法にかかっていることも全て知っているのだろう。
「大丈夫ですよ」
そう笑ってみせると、ロニー様は少し曇った顔をしたが「そうか」と頷いてくれた。
ロニー様は、まだ私が本調子ではないと見抜いているようだ。
自分ではいつもの自分に戻ったつもりでいたのだが、どうやら私は思っていた以上にショックを引きずっているらしい。
まず、食欲がない。そのせいで一度減ってしまった体重はなかなか戻らなかった。制服のスカートも緩くなったので新調した。
それに眠ろうにも嫌なことばかり考えてしまい、あまり寝つけない。その代わり研究書を読み漁ったりしている。
見かねた侍女が、毎日化粧をしてくれるので顔には出ていないが、普段関わっている人からしたら露出している手や足で分かるようだ。
あまり心配かけないようにしないとな、なんて思いながら私は棚から薬の入った箱を取り出した。
「クレア、来た?」
そのタイミングで、ちょうどポスト先生が薬学室に戻ってきた。
「先生待ちですよ」
「ごめんごめん、ちょっと呼び出されてて」
先生は謝っているようには見えない態度で謝罪した。
部外者であるロニー様を置いて教室から離れるなんて、と思ったがいつものことなので注意する気力もない。
「さっそく実験しようか!」
ポスト先生は研究資料と試作品を取り出した。
そこであることに気づく。ちょっと待って。
「呪い魔法の実験をするのは知ってますけど、今日は私の方の実験も進めるんじゃなかったんですか?」
「そうだよ? クレアの方からやるから大丈夫だよ」
「だって――」
ここには私とポスト先生とロニー様しかいない。
私の実験は魅了魔法の抗体薬だ。光属性の人がいないと実験にならない。
「言ってなかったっけ? 彼、光属性だよ」
先生はロニー様を指差し、当たり前のように言った。指された方も全く動じていない。
唯一困惑している私は、頭を抱えた。
「え、だって、呪い魔法……」
「呪い魔法は習得すれば、どの属性も使えるんだよ」
「てことは、この国のもう一人の光属性ってロニー様だったんですか!?」
私は思わず絶叫した。
呪い魔法が使えるから闇属性だと、ずっと勘違いしていた。そういえばロニー様の口から直接、自身の属性については聞いたことない。
ということは、私はずっとそんな偉い人に対して無礼な態度をとっていたのか。今日会った時の第一声だって「どうも」の一言だ。こんなのがお父様にバレたら怒られる……。
ひとりで百面相する私を二人は面白そうに笑っていた。
「あっ、だったら、シーアが卒業後に厳しく鍛えさせられる先って……」
ふと、先生が以前言っていた言葉を思い出す。あの時の印象で、光属性の人って怖い人なんだと勝手に思っていた。ロニー様とは真逆の印象だ。
「僕のところだね」
ロニー様はそんな言われ方をされたのに、すぐに肯定した。自覚があるということか。
それどころか、続けた言葉に驚いてしまった。
「今回のクレアの件で、殊更厳しくしようと思っているよ」
「それはなぜ……?」
彼女の授業へのやる気の無さや無礼な態度が理由なのは分かる。しかし私とは関係ないのではないか。
不思議に思っているとロニー様は、得意気に話し出した。
「魅了魔法は自分の私情で使っていい範囲の魔法じゃないから、ってのと……」
そこで言葉を止めると、私を見てニヤリと笑った。
「せっかく世紀の発明をしようとしている若き薬学者を潰そうとしてるなんて、許せないよな」
「えぇ……?」
ロニー様の満面の笑みに、思わず引いてしまう。
この人、こんなこと言う人だったっけ。
世紀の発明って何だ、先生の助手しかしてないのに。それに、潰されそうになんかなってない。と言いたいところだが、やせ細った私の腕を見れば、潰されそうと解釈されてもしかたないのかと思ってしまった。
でもそれって、ロニー様の私情じゃないですか! と言いそうになったが、何となく笑顔が怖かったので止めておいた。




