40.失念
「ここからなら見えるでしょ?」
ポスト先生に連れられてこられたのは、会場の中にある一室だった。実況席に使われそうなぐらい大きな窓が付いていて、そこから試合がよく見える。先ほどの席よりもずっと近い。
どうやらポスト先生が運営に頼んで借りたらしい。道具と材料も運び込んでいる。
「先生……!」
嬉しさのあまり、尊敬の念を送ると「よせやい」と照れたポーズをしていた。
「良かったね」
ロニー様も当たり前のようにいて、いつもの薬学室のように落ち着ける空間と化していた。
足りない分を数え、薬を調合する。調合に向き合っているとつい集中してしまい、試合を見るのを忘れていた。
「あ、終わったみたい」
せっかくの絶好スポットなのに、先生の言葉で我に返った。窓の外を確認すると、アラン殿下が勝利を収めていた。
イェンス様が倒れており、身体のあちこちにやけど傷がある。救護班が担架を運んできた。
その様子を見たロニー様が勢いよく椅子から立ち上がった。
「回復薬は足りているのか!?」
「もう少し在庫があるから大丈夫」
突然声を荒げたロニー様とは反対に、先生は楽観的な声で返事をした。
こんな慌てるロニー様を初めて見た。この人も生徒のことを心配したりするんだなぁ、なんて考えながら、入る隙もない私は手を動かし続けた。
リオとブレント様の因縁の対決。会場はこの二人の対決に大盛り上がりである。
ブレント様は不敵な笑みを浮かべていて、待ちに待った試合とでも思っているのだろう。何か喋っているように見える。その言葉を聞いたリオはものすごく大きなため息をついていた。
「どっちが勝つかな?」
わくわくした様子の先生の手は、すっかり止まっていた。
試合開始の合図が出されると、魔法も出さずに間合いを詰めて剣を交えた。力の差は互角といったところだろうか。荒々しい戦いに固唾を飲んだ。
これが実力者同士の戦いか、と言わんばかりの剣術。次いで魔法による攻撃。
リオは負けないはずだし、負傷しても薬ですぐに治せるけど、どうか傷ひとつなく決着してほしい。
「あっ!」
そう願っていたのに、リオの左腕が切りつけられた。隙が出来てしまったが、素早く魔法でカバーして身を守る。
ヒヤヒヤするし目が離せない。しかしこうしてずっと見守っている訳にもいかない。残っていた回復薬はイェンス様にすべて使ったはずだ。私が回復薬を作る手を止めてしまったら、リオを治療する分が無くなってしまう。
「先生!手、動かしてください!」
私は試合を楽しんでいる先生をけしかけた。
長丁場の戦いはリオの攻撃で決着がついた。ブラント様がダウンしてしまい、会場がどよめく。勝利を収めたリオも立っているのがやっとの状態だ。
決勝戦を前に、二十分の休憩をはさむアナウンスが流れた。
「これ、届けてきますね!」
完成した回復薬の入った箱を持ち、私は急いで控室に向かった。
「――リオ!」
「クレア……」
救護班に支えられながら、控室に戻ってきたリオに声をかけると、苦しそうな顔をしていた。間近で見ると酷い傷なのがよく分かる。
「大丈夫?」
「あぁ、ただ回復薬が無いらしくてな……」
「これ、使って!」
私は持っていた箱から回復薬を取り出し、リオに渡した。
無くなってしまったということは、ブラント様の分も無いということか。
「これ、ポスト先生からです! 使ってください!」
私は慌てて近くにいた救護班に持ってきた回復薬を渡した。
「リオ、大丈夫?」
「あぁ」
酷かった怪我もだいぶ回復してきた。本当はもっと一緒に居たいけど、そういう訳にもいかない。もうすぐ決勝戦が始まる時間だ。
私が心配していることが顔に出ていただろう。彼は微笑むと、私の頭を撫でた。
「大丈夫だ。絶対に負けない」
そういうことじゃないんだけどな、なんて思いながらも、私は大きく頷いた。
「すみません、回復薬ってまだありますか?」
ふいに救護班の人に話しかけられた。
「足りませんでした?」
「はい、あと何本か作っていただければ……」
「分かりました」
「クレア、行ってくれ」
離れがたいが仕方ない。私の気持ちを察したリオが背中を押してくれた。
「ごめんね、リオ……応援してるからね!」
「あぁ」
両手を力いっぱい握って応援すると、彼は笑って応えてくれた。
私がこの場を立ち去ろうとした瞬間、ある人物とすれちがった。
慌ただしくてすっかり忘れていた、彼女の存在を。




