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39.懐かしい人

 準決勝の最初の試合は、アラン殿下とイェンス様だった。

 生徒会長と副会長であり、親友同士のこの二人の戦いに、会場は大盛り上がりだ。


「どちらが勝たれるかしら?」

「やっぱり殿下ではありません?」

「でも、イェンス様お強いわよね」

 本人たちに聞こえないことを良い事に、結構言いたい放題な客席である。本来、この国の王子に対してこんな吟味したようなことを言っていたら、怒られるだけじゃ済まないだろう。

 お祭り気分だから仕方ないのか。なんて考えていたら、試合開始の合図が鳴った。


 水属性のイェンス様の方が強いと思われていたが、殿下も万全の対策をしてきていたようだ。

 遠くからなので分かりづらいが、お二人の顔はどこか楽しそうに見える。

 幼馴染とはいえ、剣を交えるなんて頻繁にあることではない。心置きなくお互いの実力をぶつけ合えることに喜んでいるようにも見えた。


 試合を見ていると、急に隣の席に人が座った。

 荒々しい座り方私の席まで揺れたので何事かと思ったら、そこにいたのは先ほどまで試合に出ていたフィリップ様だった。

 試合で出来た怪我は治っているが、息が上がっている。荒い呼吸で苦しそうな彼に声を掛けずにはいられなかった。


「フィリップ様、大丈夫ですか?」

「――あ?」

 苦しさなのか性格からなのか分からないが、睨みつけられて思わず怯んでしまう。

 そういえば地味で卑屈だけどヤンキーキャラだった。以前パーティで会った時からものすごく変わってしまったな、と頭の片隅で考える。


「えっと、お久しぶりです。ノースドロップ家のクレアと申します。以前お会いしたんですけど、覚えていらっしゃいませんよね……」

 あんな一晩の出来事なんて覚えているはずがない。自分で名乗りながら苦笑いをしてしまった。

「いや、覚えてるぜ」

「えっ」

「それで思い出した」

 指をさしたのは私の首元、肩身離さず着けているリオから貰った大切なネックレスだ。

 フィリップ様にとってとても印象に残ることだったのか、と意外に思えた。

 いや、今はそんな事、どうでもいい。


「大丈夫ですか? 体調がよろしくないのでは……」

「いや、これは、さっきの試合で魔力を使い切ったせいだ。そのうち治るから気にすんな」

 そのうちって……回復するのにものすごく時間がかかるはずだ。

 魔力を使い切ってしまうと、どんどん体力を奪われる。それほど魔法を使う我々にとって無くてはならない力だ。

 怪我は治療してもらえたが、持参した魔力回復薬はそれまでの試合で使い切ってしまったのだろう。格好つけているが、苦しそうだ。


 作った分は全部リオに渡しちゃったし……と考えたところで、私は自分のポケットに入っているのを思い出した。


「これ、使ってください」

 私は先ほど渡し損ねた魔力用回復薬を差し出した。いざという時のために取っておこうと思ったが、どうせ足りなくなったら、薬学室へ作りに行けばいい。それに今が、いざという時だろう。

「……いいのか?」

 断られるかと思ったが、素直に受け取ってくれた。


「私が作ったので信用できなかったら止めてくださいね」

「いや、アンタが作ったなら大丈夫だろ」

 そう言うとすぐに蓋を開けて飲み干した。ノースドロップ家の肩書きを知っている口ぶりからすると、やはりこんなヤンキーっぽく振る舞っていても伯爵家なんだと感じる。

「悪いな。ありがとよ」

「いえ、お役にたてて何よりです」

 お礼を言うフィリップ様は、先ほどの苦しそうな顔から一転して、呼吸が落ち着いてきたように見える。足りなかったら薬学室まで走るところだった。


 ちょうどその時、会場から大きな歓声が上がった。

 どうやら、アラン殿下が強い攻撃をしたようだ。イェンス様は苦しそうに右肩を押さえている。

試合はアラン殿下の方が優勢だ。


 次の展開に期待して手に汗握っていると、フィリップ様が話しかけてきた。

「お前はレナードを応援してんのか?」

「え? あ、はい」

「俺は、さっき負けちまったから、ブラントに勝ってほしいんだけどな」

 いたずらっ子っぽく笑って見せた彼は、やはり笑顔が可愛らしい。多分、からかってきているんだろう。


「先ほどの試合、素晴らしかったですよ」

お世辞でも嫌味でも無い。本当にそう思った。


 弱いとされている土属性の彼が、優勝候補のブラント様に物怖じせず向かい、魔法を駆使して張り合っていた。土魔法にあんな使い方が出来るのか、ともっと評価していいぐらいだ。

 しかしフィリップ様は、釈然としない顔で頭を掻いた。

「そうか?ボロ負けだったと思うが。まぁ、俺みたいなのが勝てる訳ねぇけど、腕試しにはなったぜ」


 彼のゲームでのキャラクター設定は、地味で卑屈。しかし目の前にいる彼のどこが地味で、どこが卑屈だろうか。熱い気持ちのある彼は、十分かっこいい。


 私がフォローの言葉をかけようとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。

「クレア、ちょっといい?」

 振り向くと、そこにはポスト先生が立っていた。

「回復薬、無くなりそうだから手伝ってくれる?」

「――分かりました」

 もう少しでこの試合に決着がつきそうだ。次のリオとブラント様の試合が控えていて、とても見たかったが仕方ない。

 私は立ち上がってから、フィリップ様に一礼した。


「それでは失礼いたしますね」

「お、おう」

 見て行かないのか、と言いたいのだろう。

 私だってそう思う。でも任せられた仕事を放棄出来ないのは性分だ。内心リオに謝りながら、私はポスト先生の後を着いて客席を離れた。


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